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生と死のアピアランスケアについて聞いた話

クローズドな講座で湯灌のお仕事をしていた方に話を聞く機会があったのでその個人的振り返り。

湯灌師、という仕事は知っていてもその詳細はよく知らなかった。
映画のおくりびとのイメージが強いけれど、身近にはいない。
在宅医療の分野に長く携わっているはずなのに、なぜかお看取りのそのあとのことを深く知る機会って意外とないもので。

今回お話しを聞いた方は湯灌師としての仕事をしつつ、化粧療法の知見もある方(今は湯灌師ではなく在宅医療分野のお仕事をされているそう)

以下は、引っかかったフレーズの列挙。
振り返りだからね。

誰のため、なんのためのメイクなのか

湯灌は葬儀においてオプションなので、オプションとして湯灌を選んでもらうと自動的に死に化粧もついてきますよ、ということがほとんどだと思う

自分のもてる技術を使った「綺麗」の実現を目指せばいくらでも外観はお人形さんのような美には近づけることができる。けれど、それは本当にその方「らしい」メイクなのか、その方が望む「ありたい姿」なのか。

それはご本人に聞くしかない。ご本人がご逝去されている状態からスタートするから、家族に聞くしかない。

死化粧のアンバランスさ

ブライダルメイクのようにメイクを担当する人の情報があるわけではない。むしろ情報はほぼ何もない。
死に化粧の「正道」「あたりまえ」が何なのかが、家族にはわからない

けれど、コロナを経て、葬儀は『小さく、濃く。』のスタイルに変化しつつある。だからきっと、これはメイク(死化粧)に限らずだとは思うがサービス提供者が淘汰される時代が来る。

死化粧をほどこす時に大切にしていたこと

死化粧専門の化粧道具ではなく、ドラックストアでも買えるような市販のもの。
防腐剤(死者用)が入ってないもの。
死者用の化粧道具には防腐剤が含まれていることで、手荒れを起こす場合もある。けれど、ご家族自身が一緒に死化粧をほどこすことをご希望する場合もあるので、家族が使っても皮膚が荒れたりしないものを用意するようにしていた。
テクスチャーの違い(油分の違い)は気にかけるようにしていた。水分量の多いものを選ぶようにしていた。
照明の程度も、葬儀は日光や通常の写真撮影とはまったく違う。そこを意識したメイクを心がけていた。

亡くなられた方のご家族に、『化粧をしないこと』のリスクを説明すること。
単に顔色が悪くなるというだけではなく、死後、時間経過とともに遺体の状態は変化していく。

だから、これは話しを聞いていて私が思ったことだけれど、遺体にメイクをほどこすこと、死化粧すること、湯灌することは、ひいては『身だしなみを整えますか?』という整容保持に近いのかもしれない。

死化粧について思うこと

これは、死化粧に限らずだけれど、どんな業界でも道しるべになるためにはまず技術が必要。
技術は、ピラミッドの底辺、『業』としての最低限のこと。
エンゼルメイクは提供者も少ない領域だが、やっぱり勉強し続けることは大切。
湯灌師のメイク(死に化粧)は生者が対象ではないのでOK、髪のカットもOK。だが失敗した場合に取り返しがつかないこともあるので、そこを良しとするかどうかはそれぞれの葬儀会社次第だと思う。

生者に対しても、死者に対しても、化粧療法の観点から必要だと思うこと

お化粧しない、という選択を大切にすること。

人の美しさって、なんだろう

高齢者メイクをする機会を通じて、死化粧の領域へ移った。
でも、やっぱり生きている方を支えたうえで、その方の死化粧に施すまでのプロセスを大切にしたいと思うようになった。
それを実現できたらいいなと思う。


刺さる言葉がたくさんあった。
個人的に掘り下げたいな、と思ったのは、リスクの説明をどこまですれば誠実なサービス提供になるのか、ということ。
ただこれはアピアランスについてというよりも、誰かに選択肢を提示する上で考えつづけたほうがいいことな気がした。

今回聞いた話は、こちらの協会のクローズドな会で。
3月には死化粧についての公開講座があるそうなので、そちらも楽しみ。

だいたいそんな感じ。

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