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汗が顎からしたたり落ちて、胸元を濡らす。
肩でゼエゼエと息をし、鼓動を耳元で感じる。
顔を上げれば、そこには横たわる怪物と、飛び散った瓦礫が、死闘の凄まじさを物語っていた。

勇者は乱れた息を整え、汗を拭った。
徐々に洞窟の静謐さが勇者を包み込み、死闘が終焉を迎えた事を彼に告げた。

剣にこびりついた怪物の血を丁寧に拭い、鞘におさめ、彼はひとつ深い息を吐いた。
怪物を倒したという事は、彼に達成感も高揚感も与えなかったようで、彼は笑顔ひとつ見せず剣を担ぎ、怪物に背を向けて洞窟の出口へと向かった。

洞窟から出ると、彼をここまで案内してきた村の者が、一瞬のうちに表情を様々に変えて彼を見つめた。
最初は心配そうなそわそわした表情だったのが、彼の姿を見て驚きと安堵の表情に変わり、そして次の瞬間には顔中をくしゃくしゃに歪めて涙を流しはじめた。

「勇者様、よくぞご無事で・・・!」

それからひとしきり涙を流してから絞り出すように

「ありがとうございます」

と何度も繰り返した。

勇者は、しかし、村の者に僅かに微笑みかけただけで、大仰に怪物を倒した事を語る事も、にこやかな表情を浮かべて村の者を安心させる事もしなかった。

「ここまで、案内していただき、感謝します。それでは私はこれで」

勇者はそう言うと、村の者に軽く頭を下げて踵を返した。

「もう行ってしまわれるのですか?村へ、せめて村長のところへ一緒に参りましょう。あなたにはお礼を・・・」

「お気持ちだけ。私は先を急ぎますので」

彼は村の者の言葉をさえぎり、独り山道へと姿を消した。


勇者は孤独な身だった。
いつの間にか笑顔というものを忘れてしまった。
人と馴れ合う事も、そもそも人と触れ合う事さえも、彼は恐れていた。

幼い頃、生まれ故郷を怪物に滅ぼされ、大切な人の命を奪われた事が、今も彼の心の中に刻印のように焼き付き、彼を苦しめていた。
その呪縛から解き放たれるために、故郷の皆の仇を打つために、彼は勇者になる道を選んだのだ。

怪物を倒すたびに、その怪物に苦しめられていた人々に感謝され、賞賛されてきた勇者だったが、自分が勇者になったのは、彼らを救うためでもなければ、正義の道を進むためでもない。ただの仇討なのだ。

彼は、だから、道中で出会う人々に心を開く事ができずにいた。
大切な人を作り、そしてまた失うくらいならば、孤独と共に生き、復讐心と共に旅を続ける事を選んだ。

孤独な勇者は、ひとり山道を進みながら口ずさむ。
幼い頃、母親が歌ってくれた子守唄を。
強く哀しい勇者の口から零れる歌は、風に乗り山々を駆け、またひとつ「子守歌の勇者」という伝説を近隣の村々に届けるのだった。

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