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君たちはどう生きるかのことをずっと考えているのですけれ僕は?

感情論で語る、「君たちはどう生きるか」|しくり #note https://note.com/taratatta/n/n07ef9653908b

公開当時の記事です。

雑語りです。注意!

そこを踏まえた上で話すんですけど、公開してからかなり経ちますが、ずーっと考えていたわけです。自分は気に入った作品を咀嚼し続けて意味を考えるタイプのオタクなので、それは間違ってるしダメなことなんですけれども、そこに自分の出した結論があるので結構満足していたりします。

そこで思う、君たちはどう生きるかという作品は、ものすごく消極的な創作宣言なのだな。死に向かう男の創作宣言なのだなという解釈をしました。

創作宣言というのはクリエイターが時折出す、俺はこうやって行くぞ!だとか、俺はこの時の気持ちを抱えているぞ!とか意思表明やルーツ開示のようなもので、それが作品に現れてると解釈できるものです。例えば、押井守の紅い眼鏡とか(あれは微妙か?)、ハイロウズの14歳とか、神聖かまってちゃんのロックンロールは鳴り止まないっとか。そういうものです。

凄いよね。神聖かまってちゃんのロックンロールは鳴り止まないって。あれファーストアルバムの1曲目なの構成ヤバいって

で、消極的なって言うのはなんですか?という話なんですけども、それはこう、死に向かう男が人生というものに対して、こう生きるよという部分なんですよね。エネルギッシュでない、少し諦観があるような雰囲気。

「俺はこれで生きる!!」

ではなく

「俺はこうやって生きてきたし、死ぬまでこうしていくよ」

という感じ。初めは何生前葬やってんだ!!とキレ散らかしていた僕なんですが(もちろん、それは作中示された衆愚の鳥である事実を自認した上で)、あー、そういうことねー。とすとんと納得した感覚があるんですよね。

俺は死ぬし、周りの奴らも死んでいくし、上手くいかないことも多々あったけど、机をギィギィ揺らしながら、俺はこう生きていくしかないんだよ。俺はこうなんだよ。そういう、創作宣言。

作る気満々な監督のニュースの影響もこの感想には強くあって、じゃあこれは、ある意味消極的ながらも、振り切ってるのかな?という感覚も得られるわけですよ。俺これしかないわ、仕方ないね。そういう人間なんだもん。そういう感じ。

なんかすとんと落ちたな。二度と見ないので、あとは買った画集をみながらニコニコすることにします。うふふ。

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