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僕の彼女は寄せ箸系 牛丼屋編

彼女が牛丼屋に行きたいと言い出した。牛丼を食べたことがないという。牛丼は寄せ箸の心配がない。きっと大丈夫だ。

二人で仲良く牛丼の並盛。本当はつゆ抜きを頼みたかったのだけれど、「つゆ抜きって何?」と聞かれたときに説明するのが面倒くさかった。

さて、あっという間に牛丼はやってきた。僕が紅ショウガを牛丼の上に乗せていると、

「あっ、私紅ショウガ好きなんだよね」

と彼女も紅ショウガを牛丼の上に乗せ始めた。量が尋常じゃない。もはや紅ショウガ丼とも言うべき代物だ。かく言う僕も、カレー屋で尋常じゃない量の福神漬を食べる。だから気持ちはわかる。

「いただきまーす」

彼女は手を合わせてから割り箸を割ると、勢いよくどんぶりの中身をかき混ぜ出した。白いご飯と牛肉と紅ショウガが見事に混ざり、よくわからない色になった。そして、彼女はそれを頬張る。文字通り頬張る。口の中いっぱいに入れてリスみたいだ。

「おいひー! 牛丼って美味しいね」

それは「牛丼」とは言わないよ、紅ショウガ牛飯だよと思ったが、ともかくも彼女は牛丼をお気に召したようだ。連れてきてよかった。食べ方は汚いが、美味しそうに食べる様子は見ていて可愛い。許せる。と思ったそのとき、

「あっ、髪の毛だ」

紅ショウガ牛飯のなかから髪の毛が出てきた。長さからして、彼女のものではなく、おそらく店員のものだ。おのれ店員、どうしてくれよう!

僕が店員に文句を言おうとすると、彼女が、

「髪の毛ぐらい仕方ないよ。ここは牛丼屋だよ。店員はみんな低賃金で働いてるんだよ。髪の毛で文句言うの可哀想だよ。髪の毛を完全に防ごうと思ったら、みんなスキンヘッドにしないといけないよ。500円もしないのにこれだけの美味しいものを作ってくれるんだから感謝しないと。髪の毛が嫌だったら、安いお店に来たらダメだよ」

と僕を笑顔でたしなめた。確かに彼女の言う通りだ。髪の毛ごときで騒ぐのはダメだ。僕たちは楽しい食事を再開した。

彼女は一粒のご飯も残さず綺麗に食べる。ご飯粒をどんぶりの中に残す奴はダメだ。農家への愛が足りない。彼女がご飯粒を残す人じゃなくてよかった。寄せ箸はするけど。

牛丼屋を出たところで、彼女は言った。

「今度から私が牛丼を作ってあげる。なんとなく味がわかったし」

「おっ! それは楽しみだね!」

と僕は言いながら、彼女の作る牛丼は、紅ショウガ牛飯かもしれないという一抹の不安を感じたのであった。


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