藤岡康太騎手のこと、そして印象に残っている騎乗。

今週は、なんとも痛ましいニュースが飛び込んできました。

藤岡康太騎手の件です。

正直、デリケートな話題でもあるし、なんとなくそのニュースを拡散したり、思いついた感情を書くのも少しためらいがあったのですが、週末を迎え、改めて感じたことを書き残しておこうかなと思います。

こういったニュースがあると、対象との距離感というのが、たぶん、その人の数だけある。人によって違いますよね。

家族や友人であれば、そのショックや衝撃、落胆は想像を超えたものでしょうし、長年の知人や同級生、あるいは一度会ったことあるとか、話したことがあるとか、取材で頻繁に話を聞いていたとか、あるいは話したことはないけど見たことがあるとか、ずっと応援していたとか、何となく週末は意識していたとか…そういったことでも湧き出す感情はそれぞれ違うのかなと思います。言うまでもなくそこに正解があるものでもないですし、すべてその距離感や感情というのは固有のもので、個々人が大切にするべきものでもあると思います。

という前提の上で、僕の場合は、競馬を仕事にしているとはいえ現場との接触自体は多くないので、ジョッキーと一人の競馬ファンという距離感。多少プラスαのものがあるとすれば、騎手の本やコラムなどを書いている立場なので、研究対象という面もあるでしょうか。

ちなみに、藤岡兄弟は昔からゆるく長く応援しておりました。

弟の康太騎手はインタビューなどを拝見する中でも、聞かれたことにまっすぐ前を見て、言葉を選びつつも淀みなく答えることができる、とても聡明なジョッキーという印象を持っていました。

そんな中で今回の第一報がみたときは、やはりとてもショックでした。

落馬の状況やその後の様々な情報などからあまりよくないのだろうなとは思ってはいたのですが、一方でこれまで数多くの落馬があった中でも、最悪の事態になることはほとんどなかった。なので、どこかでまた戻ってきてくれるんじゃないかなと、希望も持っていたのです。その矢先でした。

ただ、ショックと同時に、実感がないというのももう一方の気持ちでした。というのも、ちょうど3月の終わりでしたか、藤岡康太騎手が800勝を達成した際のインタビューを聴いていて、

「今年本当に兄弟揃って調子いいなぁ」

なんてことを思い、そこから数日後に、今度は桜花賞に出走するエトヴプレのインタビューをYouTubeで観ていたので、なんだかんだ直近で2度、藤岡康太騎手の姿を映像を通してとはいえ観ていたタイミングだったわけです。

今でいえば川田騎手のような毎週のようにG1で有力馬に騎乗する騎手ならまだしも、一人のファンの立場で、藤岡康太騎手のインタビューをこうも連続してみるタイミングというのはなかなかないことです。だからこそ、つい先週まで笑顔で感じの良い受け答えをしていたジョッキーが、1週間ほど経った今、既にこの世にいないということにイマイチ感情が追い付かないというのが正直なところです。

ただ、少し気持ちが落ち着いて、今年はよく勝っていたなとリーディングの表を見たときに、

「引退」

の文字が入っていて、何とも言えぬ寂しさを覚えました。もしかすると、今後様々なタイミングで、本当にいなくなってしまったことを実感するのかもしれません。

落馬自体は比較的頻繁に起こることですし、その度に恐る恐るパトロールを見返したりもするのですが、率直に言って今回の落馬はテレビ中継で観ていた感覚ではそこまで大きなことになるとは想像していなかった。比較するものでもないですが、2年前の新潟の直線で丹内騎手が落馬した時や、先日冬の東京で横山武騎手が落馬した時の映像からくる衝撃と比べると、パッと見た感じの印象では、そこまで心配をしていなかったんですよね。

なので、本当にタイミングというか、様々な不運が重なってしまったのだと思います。誰も悪くない。一生懸命戦った結果です。ただその結果は、あまりに悲しいものになってしまいました。

最も近くで長い時間を過ごしていたであろう、兄・藤岡佑介騎手がコラムで以下のようにお話しされていましたね。

「(前略)なので、競馬を応援してくださるファンの方々の記憶のなかに、悲しい出来事として残ってしまうことを康太は望んでいないと思います。難しいお願いになってしまうかもしれませんが、どうか騎手として輝いていた康太を忘れないでやってください。そして、輝いていたたくさんの瞬間を時々でも思い出していただけたら。そうやってみなさんの心のなかで生き続けてくれたら、兄としてこれ以上うれしいことはありません。」(netkeiba.comより抜粋)

全文 → https://news.netkeiba.com/?pid=column_view&cid=54617

悲しいかな、人の死の実感というのは時間の経過とともに薄れていくものですし、そうでなくては人間は生きていけません。ただ一方で、これは災害でも人の死でもそうですが、忘れないということが故人の遺志や生きた証を紡いでいくことにもなると思います。

とりとめもなく長くなってしまいましたが、個人的に藤岡康太騎手の騎乗で印象に残るものをいくつか挙げておこうと思います。

現地で観たもの、テレビで観たもの、また歓喜の瞬間も(個人的な意味での)痛恨の瞬間もありますが、これから時間が経って、またふとレースを見返した時、僕は藤岡康太騎手のことを思い出すのだと思います。

例えばマイルCSの予想のために過去のレースを見返すときか、あるいは何年か経って、ナミュールの名前を血統表の中に見つけたときか、はたまたジョーカプチーノ産駒が重賞を勝ったときか…。そう考えると、競馬を観続けている限り、忘れることはないのかもしれません。

以下は印象深い騎乗のいくつかをご紹介します。素晴らしい騎乗の数々を、時々思い出してみたいですね。

1、2009年NHKマイルカップ ジョーカプチーノ

これは初G1制覇の時ですね。ジョーカプチーノに騎乗。

なぜ印象に残っているかというと、この時は現地で観ていたからです。ちなみに、無印(汗)。

なので、歓喜というよりは悲劇なのですが、道中のジョーカプチーノと藤岡康太騎手の調和のとれたリズムの良い走りが印象に残っています。気分良く走らせることにおいては天下一品でしたよね。

2、2019年北九州記念 アンヴァル(3着)

これは、大勝負していたからよく覚えています。スタートで後手を踏むのですが、そこからのリカバリーが素晴らしい。差せる馬場で本当に頼りになるジョッキーでした。諦めないのも頼もしかった。いざとなれば馬群も割ってくれるんですよね。

3、2019年高松宮記念 ショウナンアンセム(3着)

大胆さ、藤岡康太騎手らしさが出た騎乗だったなと。3着とはいえ、馬の能力を120%引き出す騎乗でした。特にインの馬群でジタバタしないのが良いですよね。この肝の座り方、そして脚を溜める技術こそが、最大の持ち味だったと思います。

そして、付け加えるならやっぱり…昨年のマイルCSでしょうか。

ムーア騎手からの当日変更。でも、終わってみればこれは良かったなと思います。

出遅れて後方になっても、慌てず騒がず。初騎乗で待機できたのは経験もありますが、やはりあの脚のため方は天性の才能とセンスでしょう。

剛腕というタイプではなく、むしろ繊細さを感じさせる騎乗。世界的な名手と言われる外国人ジョッキーにすら引き出せないような隠れたスイッチを引き出せるジョッキーでした。

レース後のインタビューもとても感じが良かったですよね。藤岡康太騎手自身はもちろん、ナミュール自身もこのレースを契機に自信を取り戻したようで、一時期の低迷を完全に脱しています。

長い投稿を最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

ご冥福をお祈りします。

素晴らしい騎乗の数々、ありがとうございました。

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