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デンスブレスト(高濃度乳房)と乳がん検診(後編)

・ラジエーションハウスというテレビドラマで話題になった、デンスブレスト(高濃度乳房)に関するあらすじ
・造影MRIと非造影MRI(拡散強調画像)
・女優アンジェリーナ・ジョリーさんが両側乳房・卵巣切除術を受けた理由(遺伝性乳がん卵巣がん症候群; HBOC)を詳しく解説

月曜9時のフジテレビで、「ラジエーションハウス」という、放射線科が舞台の異色ドラマを放映しています。主人公の、有能な放射線技師(=五十嵐君)を演じるのは、窪田正孝さん

ヒロイン役で放射線科医(=あまかす(甘春)先生)の本田翼さんには、最初無視され、煙たがられ、反発されながらも、その真摯な画像撮影と患者想いの行動により、だんだんと好かれていきます。こちらのロマンスも目が話せないのですが、、

第4話(2019/4/22)は、注目の「デンスブレスト(高濃度乳房)」が話題に取り上げられました。

ものがたり

ゲストの内山理名さんが演じるのは、30代後半の雑誌編集者(=葉山さん)。彼女には、7歳年下でまだ20代の優しい婚約者が現れ、雪国の教会での挙式を夢見ています。

ところが葉山さんは、43歳で母親を乳がんで亡くした過去があります。また祖母は51歳で卵巣がんになりました(これには、女優アンジェリーナ・ジョリーさんにも関係する医学的な意味があり、後述します)。

このため毎年マンモグラフィーを受けてきましたが、実は彼女は「デンスブレスト(高濃度乳房)」でした。そのため、ルールに従い、「異常なし」と伝えられます。

しかし、主人公の五十嵐くんは、「デンスブレストなので、がんが見つからないことがある。超音波検査を受けてください」と葉山さんに訴えます*。とくに、乳がん・卵巣がんの家族歴があることから、ぜひ受けなくてはならないと彼は考えました。

五十嵐くんは甘春(あまかす)先生にもこれを訴えて、なんとか超音波検査が実現します。ところがその結果は・・・一見異常がないものでした。

乳腺外科医は、追加の超音波検査が行われたことに関しては問題だと考えていて、「ほらみたことか」という態度を示しますが**、この重い空気の中で、五十嵐くんは果敢に、「微かに超音波検査に異常があるので、造影剤を使ったMRI検査を受けてください」と訴えます。

* ドラマでの演出であり、実際にはこのような行為はありません。
** ドラマでの演出であり、実際には乳腺外科医ははるかに親切に考えてくれます。

甘春先生の応援もあり、なんとか造影剤を使ったMRI検査(造影MRI検査)を行うことができました。MRIにパチパチと命令文を打ち込み*、サブトラクションという処理をして分かったのは・・・

造影剤により染まる、乳癌があることでした。幸いに、非浸潤性乳管癌**(ひ・しんじゅんせい・にゅうかんがん)でした。マンモグラフィで分からず、超音波でも微かにしか映らなかったがんを、造影MRIが検出できたことになります。

*ドラマでの演出であり、プログラムしなくても、瞬時に表示されます。
** 非浸潤性乳管癌*(ひ・しんじゅんせい・にゅうかんがん):がんは、「乳管」という管の内側に発生します。大きくなって管を食い破り、管の外に出てきたものを「浸潤癌」と呼びます。まだ管の外に出てこない状態、管の中を這って広がっている状態を、「非浸潤癌」と呼びます。浸潤癌に比べると非浸潤癌は進行度が低い状態と考えられますが、治療上はサブタイプと呼ばれる分類がより重要です。

造影MRI

ドラマででてきた、造影MRIは、最も信頼されている方法です。マンモグラフィや超音波でがんが疑わるか診断されると、精密検査として行われます。主な役割として以下のようなものがあります。

・疑われた腫瘤が本当にがんなのかどうか(ダイナミックカーブ、Time Intensity Curveによる解析)
・がんの広がりはどの程度か(乳房を切り取るべき範囲の診断)
・反対側の乳房にもがんが存在しないか(乳房を切り取るべき範囲の診断)
・MRIだけでわかる病変の生検(針を指して、一部を取り、顕微鏡で見る)

非造影MRI(拡散強調画像; DWI)

これは、一般に造影MRIを補助する方法として、造影MRI検査の際に同時に撮影されます。画質は病院間で非常に大きな差があります。

筆者の高原はDWIの改良法であるDWIBS法(ドゥイブス法)*を考案しました。この方法による3つの論文*(いずれも3T装置ではなく、1.5T装置を使用**)では、DWIBS法と造影MRIの成績がほぼ同等であると示されています。

以下の画像は、良く調整した機械で撮影した、上と同じ患者さんの「造影剤を使わないMRI」で撮影されたものです。右乳房の病変が良く写っています。

ただし、検診として行うにはさらに精度と安定が必要で、DWIBS法のパラメータをコピーして行うだけでは不十分です。このため、撮影された画質を吟味し、製造企業と協力して画質の改良と「維持」を行うことで、検診をはじめました。成績は別ページの通りで、がん検出率は1.42%でマンモグラフィの平均的な検出率の5倍程度(400%増し)でした。

* DWIBS法:
 - Body DWI研究会
 - D to D コンシェルジュ
 - 高原太郎本人による記述

** DWIBS法≒造影MRIを示す3つの論文
-  Magn Res Imaging 2015年10月(リンク
- Radiology 2016年3月(リンク
- Jpn J Radiol 2018年1月(リンク
※いずれもPhilips社製のMRI装置で撮影されている。磁場強度は1.5テスラ。
注1)1.5テスラ装置でも、良い画像が得られないMRIがあります。
注2)1.5テスラ装置でも、画質が分かる者が事前調整を行い、かつ常に監視しないと、検診には使えません(半年も経つと装置に経時変化を生じます)。

** 3Tと1.5Tのどちらが良いのか。
- 医療関係者も含め、一般に3テスラ(3T)のほうが上等であるように信じられています。ところが、拡散強調画像(DWI)は、1.5Tのほうが良く撮影できることが多いのです。これはMRI専門家の間では知られています。
- 3Tでキレイに取るには相当な技術力が必要です(装置だけでなく、それを扱う者の技術と画像を見る目が必要)。

HBOCとアンジェリーナ・ジョリーさん

遺伝性乳がん卵巣がん症候群
(Hereditary Brest and Ovarian Cancer syndrome; HBOC)症候群

・HBOCは、「えいちぼっく」と発音する。
・遺伝子変異のため、高率に乳がんと卵巣がんを発症する。
・BRCAと呼ばれる遺伝子に変異 (ミューテーション; mutation)がある。
・BRCAは、「びーあーるしーえー」もしくは「ブラカ」と発音する。
・遺伝子の名称は「p53」など、記号のように見えるものが多いが、このBRCAは、乳がん(Breast Cancer)を意味しているので覚えやすい。BRCA1とBRCA2がある。
・1/300人〜1/800人に認められる(正確な頻度は不明)。
・乳がん患者の5〜10%を占める。
・→ 乳がんになる確率が、普通の人に比較して1500〜8000倍高いことになる。
・女優アンジェリーナ・ジョリーさんは、遺伝子検査を受け、BRCA遺伝子変異が発見されたため、高率に乳がん・卵巣がんを発症すると予測された。
・このため、予防的な両側乳房切除、卵巣切除をしたことで話題となった。

・遺伝子は、宇宙から毎日降り注ぐ宇宙線や、放射線被曝などによって切れてしまうことがある。
・そのような場合でも、遺伝子は修復する力を持っていて、ほとんどの場合はもとに戻る。
・BRCAは修復に重要な役目を担っている。変異があると遺伝子損傷を修復できない。
・修復できないと細胞は増殖できず死ぬが、運が悪いとがん化する。このため高頻度でがんを発生する。
・したがって、BRCA変異陽性者は、なるべく放射線を使用する検査(含マンモグラフィ)を受けないほうが良い(=超音波や、無痛MRI乳がん検診を受けるべき)。
・しかし遺伝子検査は現在20万円超するので、すべての人に行うことは無理。
・このため、マンモグラフィは、BRCA遺伝子変異の有り無しを調べずに施行している。潜在的にBRCA遺伝子変異陽性者には悪影響を与える可能性はあるが、現時点ではこれを回避することは難しい現状がある。

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