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デザイン思考の検討の試みについて

エモい。感情が高まっていることを表す言葉であるエモいが、2016年の今年の新語に選出された。

エモ・い(形)[emotionを形容詞化したものか][音楽などで]接する人の心に、強く訴えかける働きを備えている様子だ。「彼女の新曲は何度聴いても-ね」
(三省堂 辞書を編む人が選ぶ「今年の新語2016」より引用)

エモいという言葉を知らなくとも、エモいの意味はなんとなく分かりそうだ(このことを、マジ卍と言うのだろうか)。

ちょっと話題が逸れたので、本題に入るとしよう。

昨今、デザイン思考に続くものとしてアート思考が話題となっている。2019年2月から3月にかけて、COMEMOでもアート思考に関する意見募集があったようだ。

また先日から、名古屋商科大学ビジネススクール教授の牧田幸裕氏もデザインシンキングおよびアートシンキングの再考をしているようである。

そこで、私もデザイン思考の検討を試みることとする。

1. デザイン思考とは

デザイン思考は、デザインコンサルティングファームIDEOのティム・ブラウン氏による著書『デザイン思考が世界を変える』などで有名な思考法である。

デザイン思考について、Wikipediaではデザインを科学における思考方法として捉える見方は、古くはハーバート・サイモンの1969年の著書『システムの科学(The Science of the Artificial)』に見られるとある。また、デザイン思考は実践的かつ創造的な問題解決もしくは解決の創造についての形式的方法であり、将来に得られる結果をより良くすることを目的としているとされている。

余談ではあるが、ハーバート・サイモンはホモ・エコノミクスという経済的合理性のみに基づく個人主義的なそれまでの人間像から、人間の判断力の限界という非合理的な人間の側面を「限定合理性」で説明したことでも有名である。

一般にデザインという単語によりイメージされるものは「美しい見た目や形」などである。しかし実践的かつ創造的な問題解決もしくは解決の創造についての形式的方法であり、将来に得られる結果をより良くすることを目的としているとあるとおり、デザイン思考のデザインが意味するものは、「美しい見た目や形」という狭義ではなく、将来に得られる結果をより良くすること(What、Why)、実践的かつ創造的な問題解決もしくは解決の創造についての形式的方法(How)のためのフレームワークである広義を意味すると解する。牧田幸裕氏の一連の記事にあるとおり、デザインとは「スマートに問題を解決する=デザインする」ということだろう。

たとえば、米国のスタンフォード大学で行われているデザイン思考では、(1)共感(Empathize、共感を通して重要な課題を理解する)、(2)定義(Define、価値ある課題を特定する)、(3)概念化(Ideate、課題を解決するアイデアを探す)、(4)プロトタイプ(Prototype、アイデアを具現化する)、(5)テスト(Test、プロトタイプからフィードバックを得てアイデアを改良する)の5つのプロセスをアイデアが収束するまで回すというアプローチを取っている。

このようにデザイン思考を捉えると、課題を解決するためのアイデアの発見や改良等のHowのプロセスも重要であるが、共感により課題を理解し、特定するWhatやWhyがより重要である。すなわち、デザイン思考においても「問い」の設定が重要であるということである。押し付けるようなプッシュ型のアイデアではなく、プル型の新市場を創造するようなアイデアがHowの有効性を高めると考えることもできる。

経済産業省が2018年5月に取りまとめた「デザイン経営宣言」では、デザインを企業が大切にしている価値や、それを実現しようとする意志を表現する営みであり、他の企業では代替できないと顧客が思うブランド価値とイノベーションを実現する力としており、このようなデザインを活用した経営手法を「デザイン経営」と呼んでいる。また、イノベーションを技術革新だけでなく、社会のニーズを利用者視点で見極め、新しい価値に結び付けることができて実現するとしている。すなわち、デザイン経営のデザインは、「美しい見た目や形」だけを意味するのではなく、広義のデザインを含むと考えることができる。そして、デザイン経営により企業の競争力を高めるためには、印象・ブランドといったコンテクスト、ストーリーといったコンテンツ、知覚・行為・身体性といったインターフェイスなどの体験、すなわちUIだけでなくUXの設計も重要になる。そしてデザインにおいては、人間の認知的側面である心理的要素も考慮する必要がある。

2. デザイン思考類似の仕掛学とは

下にある動画は、フォルクスワーゲン社が行ったファン・セオリー・コンテストの入賞作品「世界一深いゴミ箱(The World's Deepest Bin)」である。

このゴミ箱は、ゴミを捨てると落下音が聞こえ始め、それが8秒ほど続いた後に衝突音が聞こえるというものである。

ゴミを捨てた人はもう一度音を聞きたくなってまたゴミを捨てたくなる。この仕掛けを施したゴミ箱を公園に設置したところ、普通のゴミ箱より41キログラム多い72キログラムのゴミが集まったそうである(このように書くと、この動画を再度視聴してみようと思うかもしれない。これも仕掛けだろうか。いや違うだろう)。

たとえば、ドラゴンボールのコミックス全42巻を持っているとする。本棚に1巻から順に並べていない人もいると思われるが、1巻から順に並べると背表紙が一枚絵になるため、1巻から順に並べるように行動の変化が生じる人もいるだろう(しかしドラゴンボールを7つ集めると願いが叶うが、コミックスを全巻集めても願いが叶うとは限らない)。

これらの「ついしたくなる」仕掛けは、仕掛学と呼ばれている。

2019年6月、六本木アートナイトで「エスカレーターミュージアム」というアート作品が展開された。

エスカレーターミュージアムの狙いは、エスカレーターの片側歩行を解決することにあった。リンゴをばらまくアート作品を置くことで、自然とエスカレーターに立ち止まる状況を作り、問題解決することに役立てた。

さらに仕掛学には、次のようなものもある。

衛生の口に手を入れると、消毒液が出るというものである。

仕掛学とデザイン思考は同じではないが、上にあげた事例もデザイン思考によるものと見做すことはできるだろう(仕掛学は行動経済学に含まれると個人的には思う)。

3. デザイン思考による改善例

私が2019年5月にある病院に行った時のことだ。この病院ではQRコードを登録すると、診察の前にメールでお知らせするシステムを導入していた。しかし、この病院の患者はこれまでどおり、自分が受診する部屋の階にある椅子に座って診察を待っていた。QRコードによるシステムを導入したが、利用率はおそらく低調に留まっていると考えられる。そこで、私がこの病院に初めて行った際に考えた、待ち時間における患者等のストレスの軽減、システムの利用率を改善するための案を述べる。

この病院の建物内には食堂やカフェ等はなかったようである。しかしコンビニはあった。そのため、患者等の待ち時間における行動に変化を生じさせるための導線の設計を考える。

食堂やカフェ等が建物内にあった場合、患者等は長い待ち時間の間に食堂等を利用することも考えられるが食堂等は無かった。そこで、たとえばスマートフォンの充電やコンビニで購入した飲食物の利用ができるスペースを設置することで、患者等の待ち時間における行動を変化させることができる可能性が考えられる。

このような導線の設計を行うことで、システムの利用率を改善するとともに、患者等の待ち時間におけるストレスを軽減することなどにつながると考えられる。

4. 経営におけるアート・サイエンス・クラフト

経営において美意識、すなわちアートが注目される契機となったひとつに、山口周氏による著書『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』が挙げられる。同書では、ミンツバーグ教授によるアート、サイエンス、クラフトの分類についての記述があるが、デザインやアートによる思考を考える上での参考になるだろう。

ミンツバーグによれば、経営というものは「アート」と「サイエンス」と「クラフト」の混ざり合ったものになります。
「アート」は、組織の創造性を後押しし、社会の展望を直感し、ステークホルダーをワクワクさせるようなビジョンを生み出します。「サイエンス」は、体系的な分析や評価を通じて、「アート」が生み出した予想やビジョンに、現実的な裏付けを与えます。そして「クラフト」は、地に足のついた経験や知識を元に、「アート」が生み出したビジョンを現実化するための実行力を生み出していきます。
(山口周(2017)『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』p.52、p.53より引用)

たとえば、データなどのエビデンスに基づく定量的な意思決定はサイエンスと見做すことができる。さらに、勘や経験に基づく意思決定は定性的なクラフトと見做すことができる。そしてアートによる意思決定は、思考をジャンプさせる。サイエンスやクラフトは推測の思考であるが、アートは発明の思考と考えることもできる。

現在のビジネスでは過度に「サイエンス」と「クラフト」が重視されており、なかでもビジネススクールは、基本的に「サイエンス」しか教えていない、というのがミンツバーグの主張なのですが、(中略)経営における意思決定のクオリティは「アート」「サイエンス」「クラフト」の三つの要素のバランスと組み合わせによって大きく変わるということです。
(山口周(2017)『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』p.54より引用)

ビジネスにおいても人間の認知的側面、すなわちエモさなどは重要であると考えられる。

5. まとめ

これまでデザイン思考の検討の試みについて述べてきた。しかし、デザイン思考について述べながら、まとまりのない文章となってしまっている。

デザイン思考はロジカルシンキングと同様に、あくまでフレームワークのひとつと考えることがよいと思われる。課題の特定やなぜ課題を解決するのかというWhatやWhy、さらにWhatやWhyを知ることで、課題を解決するアイデアであるHowの有効性を高めることができる。その際には、押し付けであるプッシュ型のアイデアではなく、共感などのプル型のアイデアの発見も重要であるということだろう。

人間の非合理的な側面を考慮しつつ、なんとなく訴えかけ、自然と良い行動に変化を生じさせること。デザイン思考のスマートに問題を解決することは、エモい要素なども含まれていると思う。



【参考文献】
松村真宏(2016)『仕掛学-人を動かすアイデアのつくり方』東洋経済新報社
クレイトン・M・クリステンセン(2019)『繁栄のパラドクス:絶望を希望に変えるイノベーションの経済学』依田光江訳、ハーパーコリンズ・ジャパン

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