見出し画像

データ分析とビジネス。さらに、経済学の活用等による「戦略の科学化」などについて

1. 経済学とデータ分析

経済学と聞くと、数学や数式を用いて何か難しいものだと考える人も多いだろう。しかし、マクロ経済学の重要性は、私たちが普段見るニュースからも明らかだろう。たとえば、「所得の増加」、「日本銀行がデフレ脱却へ動く」、「日経平均株価が3日連続の上昇」といった身近なことは、マクロ経済的な出来事だ。一方、ミクロ経済学と聞くと、どう役に立つのか分からないという印象を持つ人もいるだろう。そもそも、ミクロ経済学が研究とするものが知られていないこともあるだろう。ミクロ経済学は、家計や企業がどのように意思決定を行い、これらの意思決定が市場で互いにどのように影響を及ぼしあうかを研究する学問である。ミクロ経済モデルでは、家計は自らの満足度(経済学者はこれを"効用"と呼ぶ)を最大にするように買う物を選び、企業は利潤を最大にするように生産を決定する。

それでは、ミクロ経済学者はビジネスの現場でどのような仕事をしているのか。実証ミクロ経済学を応用したデータ分析と、オークション設計など制度設計の仕事(「グーグルを世界一にした経済学者ハル・ヴァリアン 【特別対談】ハル・ヴァリアン氏×安田洋祐・大阪大学経済学部准教授」)に大別し、当記事では前者のデータ分析について取り上げている。

2. 実証ミクロ経済学の価値

実証ミクロ経済学者にはどのような価値があるのか。値段を下げれば一般的に需要量が増えることは、ミクロ経済学者に言われなくても分かる(値段を下げることは実質的に所得の増加と同じ。しかし経済学では「下級財」、「上級財」、「ギッフェン財」などの分類も。さらに、赤鉛筆と青鉛筆のような「代替財」、コーヒーと砂糖のような「補完財」などの分類も)。私たちが知りたいのは、具体的に何%値段を下げると何%売り上げが増えるかということだろう。このような問いに対して、「A/Bテスト」や「ランダム化比較実験(RCT)」と呼ばれる手法などを活用し、ビジネスの現場における推論と意思決定をより良くする道具となるものが、実証ミクロ経済学である。

たとえば、ポイント10倍キャンペーンを考えてみる。

ポイント10倍キャンペーンで売り上げが30%増えた場合、キャンペーンに自発的に参加する顧客は、そもそもその商品に興味があるから購入するのであり、ポイント10倍の効果ではないかもしれない。30%の売り上げ増のどれだけがポイント10倍キャンペーンの効果なのか。このような場合、顧客の属性や過去の購買履歴などを利用して、キャンペーン参加者一人ひとりと似通った属性や履歴を持つキャンペーン非参加者を見つけ出し、それぞれの売り上げを比較することで、キャンペーンの効果を測ることができる。さらに、どのような属性・購買履歴の顧客により効果が大きいのかを知ることができ、次のプロモーションではより効果的な設計をつくることができる。

3. 実証ミクロ経済学による事例(「時間・混雑プレッシャーがかかる中で商品オススメに効果はあるのか?」)

スマートフォンのメッセージサービスやSNSを利用して、メーカーや小売りが顧客に対しダイレクトかつリアルタイムに行う広告表示や販促活動が、最近では一般的になっている。たとえば、寒い日には温かい飲料の広告が届いたり、雨の日には出前サービスからメッセージが届いたりするものだ。このような、顧客が置かれている状況を考慮してマーケティングを仕掛ける試みを、「コンテクスト・ベースのマーケティング」と呼ぶ。

「時間・混雑プレッシャーがかかる中で消費オススメに効果はあるのか?」では、エキナカの「次世代自動販売機」を用いた商品の「オススメ」(レコメンデーション)の効果と周囲の状況をデータで捉え検証している。そして、駅のホームで電車を待っている間の購買という状況下で、(1)ラッシュアワーの電車が次々来て急かされていることによる影響や、(2)周囲の混雑からの影響までも販促効果から識別して、オススメ機能のメカニズムを詳細に分析しようとしている。

そして、主な分析結果を、以下の3つに区別して検討している。

(1)売上効果(sales effect)  :自販機全体で見た場合の売上アップ効果
(2)選択効果(choice effcet)  :商品ごとに見た場合にオススメ商品の売上をアップさせる直接的な効果
(3)漏出効果(spilover effect):自販機の中でオススメ表示を付けたものとは異なる商品の売上をアップさせる間接的な効果

時間帯や曜日の影響を取り除いて分析したオススメ表示による効果は、次のとおりである。

(1)売上効果(sales effect)  :4.5%程度アップさせる
(2)選択効果(choice effcet)  :3.8%程度アップさせる
(3)漏出効果(spilover effect):3.6%程度アップさせる

ある商品にオススメ表示が出た場合に、その商品自体の売上への効果だけでなく、同じ自販機の中の別の商品にも効果が波及していることが確認されている。さらに、同研究では、時間プレッシャーや混雑プレッシャーの影響についても述べられている。

IDC(Internatinal Data Corporation)によれば、世界のデジタル量は2017年の23ZBから2025年までに175ZBに増えると予測されている。デジタルトランスフォーメーション(DX)とともに、経済学の知見等をビジネスに活用する動きが増加することも予想される。たとえば、AbemaTVの運営などで知られるサイバーエージェントが、新たな広告クリエイティブ選択アルゴリズムの研究開発を進めていることも話題となった。

4. EBPMと経済学等

たとえば、国においては「統計改革推進会議 最終取りまとめ」(平成29年5月19日統計改革推進会議決定)等を踏まえて、EBPM(evidence-based policy making)を推進している。

EBPM、すなわち「証拠に基づく政策立案」を推進するためには、「データ分析の力」なども重要とされている。伊藤公一朗シカゴ大学公共政策大学院助教授の著書『データ分析の力:因果関係に迫る思考法』では、データ分析で大切になる心得を寿司職人の仕事に例えている。すなわち、(1)素晴らしいネタを仕入れること、(2)そのネタの旨味を生かせる包丁さばきができること。どんなに素晴らしいネタを仕入れることができても、ネタをどのような角度で切るかという技能が身についていないと、口にしたときの旨味は出ない、(3)目の前にお客さんが求めている味や料理を提供できているのかということ、である。つまり、EBPMの課題として、(1)統計等データの利活用、(2)データ分析を理解する力、(3)費用対効果が高い政策の推進、などが挙げられるだろう。『「エビデンスに基づく政策形成」に関するエビデンス』では、政策実務者の調査・分析スキルの向上というインフラ整備や、政策実務者と学者の交流拡大なども挙げられている。

さらに、EBPMを推進するためには、英国のブレア政権における白書『Modernising Government』等も示唆を与えてくれるだろう(「エビデンスに基づく政策立案を推進するために(議事概要)」2017年12月19日)。

5. まとめ(経済学の活用等による「戦略の科学化」について)

今後、企業、国および自治体等にとって経済学の知見やデータの活用等はより重要な課題になっていくだろう。たとえば、『統計学が最強の学問である』の著者等で知られる西内啓氏が、以前このようなツイートをしていた。

(私は最近、計量経済学や計量社会科学等を独学しているため間違っているかもしれませんが)西内氏のツイートは、差分の差分法(Difference-in-Differences:DID)によるリサーチデザインにより、啓発効果を測定できるのではないだろうか。当事例だけでなく、たとえば「保育園落ちた日本死ね」というブログの書き込みで注目を集めた待機児童の問題などでも経済学の知見等は活用できる。日本国内でも経済学の知見等を活用した制度設計や、多くの事例を学ぶことは大切だろう。

オンラインの小売業などを行っている米国のアマゾンは、応用ミクロ経済理論、応用マクロ経済理論、実証産業組織論、理論経済学などのバックグラウンドを活用して、リテール、クラウドコンピューティング、サーチ、Kindle、ビデオストリーミングやオペレーションのキービジネスに取り組んでいる。

1900年代初頭に米国のエンジニアであるフレデリック・テイラーが科学的管理法(テイラー・システム)と呼ばれるマネジメント手法を導入したことにより、成り行きの管理から管理の科学化が進んだ。これからのビジネスの分野や社会的課題などにおいては、その成長および克服等のために「トライ・アンド・ラーン」や「Fail Fast, Learn Faster」、さらに「戦略の科学化」が進むことも予想されるだろう。


(私は最近、今井耕介著『社会科学のためのデータ分析入門』等を読みながら、計量経済学やRStudioなどを独学しています。)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?