とあるレズビアンの夜

二丁目の夜は、長い。

「私?ビアンですよ!もう、バリビアン」

笑いながらそう答えている女は、後に自分が「ビアンである」と公言したことを後悔することとなる。

「あんたほんと可愛い~何?ビアンなの?バイ?」

親しげに話しかけてきたのは、あるゲイバーの店員。
見上げるほど背が高く、両腕にはいくつかのタトゥーが目立つ。薄めの色のサングラスをかけており、その威圧的な見た目とは裏腹に優しそうな声だ。

私はニコニコと微笑みながら、彼に大きな声で返した。

「ビアンですよー!!ガッチガチのビアン!男は無理~」
自分が、同性愛者だと言うことに安心感を覚えていた。
ここ二丁目では、女である自分の恋愛対象が女性だと公言することが私にとって誇りだった。

「あはは!あんた最高!これからよろしくねぇ。二丁目楽しむのよ」
そう、彼は高らかに笑った。

ゲイバーを後にし、女性だけが集まるいわゆる「ビアンバー」に足を運ぶ。
暖簾をくぐると、多くの人で店内が賑やかだった。

「あっ、岡田~~~!!いらっしゃーい」
そこのバーの店長さんが、明るい声で出迎えてくれる。嬉しくなった私は、パッと顔を輝かせた。
「何飲む?」
メニュー表を指差し、注文を取った後カウンター席に座った。

先ほど注文したジャスミンハイを待つ間、私はぐるっと店内を見回した。自分の好みの女性がいないか確かめているのだ。

店内には、様々な女性がいた。
カップルらしき女性二人組、友達らしき二人組、集団で騒いでいる女性たち、1人で飲んでいる女性がちらほら。
カウンターでカクテルを1人で嗜んでいる、20代くらいに見える女性に話しかけることにした。

「こんばんは。今日は1人で飲んでるんですか?」
隣のカウンター席にスッと座り、さりげなく話しかける。
するとその女性はこちらを見て、にこりと微笑んだ。
「ふふ。1人だよ~」
柔らかな口調だった。
少し酔っているのだろうか。ほんのりと頬が赤く染まっており、潤んだ瞳が扇情的であった。
肌は白く、艶やかな黒髪が鎖骨あたりまでの長さでカールしている。
唇は赤いティントを塗ってあるようだが、時間が経っているらしく少し落ちている。

「私も1人で飲みに来ているんです。よかったら少しお話ししませんか?」
目の前に置かれたジャスミンハイを口にする。冷たい。

「いいよ。話そ~」
その女性も、カクテルを口にした。あと少しでグラスが空になりそうだった。
「それ、何飲んでるんですか?カクテル。」
白濁色のそれは、きっとカルーアミルクかなと予想がついたが尋ねてみる。
「これ?これねぇ、なんだっけなぁ。ねぇ!リカちゃん!このお酒なんだっけ」
自分が何を注文したかも覚えてないのか、これは相当飲んだな。そんなことを考えながら、またジャスミンハイを口にした。

「それ、カルーアミルクだよ。忘れたの?ミクさん~飲み過ぎじゃない?大丈夫?」
リカちゃんが、そう答えた。
リカちゃんとは、ここのバーの店長の名前だ。
「えへへ、大丈夫大丈夫!...ね、これカルーアミルクだってぇ。美味しいよ?」
ミク、と呼ばれた女性はそう私に言った。
「カルーアミルクか。美味しいですよね。私もよく飲むんです。」
「貴方は何飲んでるの?」
「これはジャスミンハイです。」
「えぇ、お茶割りか~美味しいの?」
「美味しいですよ、さっぱりしてて。飲んでみます?」
はい、と自分のグラスを渡す。すると、彼女は少し躊躇った後一口飲んだ。
「ん、なるほどね、ただのジャスミン茶じゃん。」
その一言に、私は笑って返した。確かに、酔っている人からするとこれはただのお茶に感じるくらいお酒が薄いのかもしれない。

「ね、貴方、名前は?」
ずいっと顔を近づけてきてミクはそう尋ねてきた。
私は、二丁目では本名を言わないようにしているので岡田です、とだけ答えた。

「岡田ぁ~?下の名前は?」
胡散臭そうに彼女は顔をしかめる。
「ふふ、内緒です。」
楽しそうに私はそう答えた。即興で下の名前が思いつかなかったのだ。
「…何それ。あんた可愛いね。」
小さい声でそう呟くと、私の太ももに手を置いてきた。
「下の名前、教えてくれるまで帰してあげないから。」

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