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【ネタバレ有】「ナイスバルク!」について② マスタリングサポート


はじめに

 この記事は「新クトゥルフ神話TRPG シナリオコンテスト 2022」にて大賞をいただきました、「ナイスバルク!」について作者がつれづれなるままに筆を滑らせるだけのものです。記事の特性上、「ナイスバルク!」(以下、本記事では「このシナリオ」という表現をします)のネタバレを含みますので、そのあたりあらかじめご承知おきください。
 前回の記事では、執筆中に考えていたことや意図していたことを中心に書きましたので、今回はキーパーをされる際に何かしら参考になるような内容になればと思っています。ただし、この記事は決して「こうしなければいけない」という類のものではありません。セッションの目的は「楽しい時間を過ごすこと」ですので、キーパーの方はそれをいちばんに考えて適宜アレンジしていただければと思います。
 なお、このシナリオはキーパーの方が『新クトゥルフ神話TRPG マレウス・モンストロルム Vol.1 クリーチャー編』を所持していることを前提にしています。その点にあらかじめご留意ください。

探索者作成について

 このシナリオでは、特に推奨する職業や技能などは提示されていません。「休日に誘い合わせて温泉旅行に出かける」という導入ですので、どのような職業であっても支障が生じることはないでしょう。しいて言えば、慣れていないキーパーの場合、ボディビルダーは避けてもらったほうがいいかもしれません。探索者側に事前知識がありすぎると「ボディビルダーなら判定の必要もなく知っているよね」という処理が多くなります。ボディビルダー探索者だけが活躍することのないよう、ほかのプレイヤーさんのことも考えてマスタリングの方向性を調整する必要があるでしょう。
 また、序盤で居酒屋に行くシーンがあるため(そして酔っ払った帰り道で事件に遭遇するほうが、展開がスムーズであるため)、未成年でないほうが望ましいと思います。
 以下に、作者がこのシナリオのキーパーをする際にプレイヤーさんへ提示する文章の一部を掲載しておきます。参考になりましたら幸いです。

現代日本を舞台にした、オーソドックスな小規模シティシナリオです。
2022年10月、新型コロナウイルスの感染状況が小康状態を保っている中、探索者は大分県の別府へ久々の温泉旅行へ出かけることになりました。
探索者は全員、誘い合わせて旅行へ出かける程度の親しい間柄であり、またNPCの青木とも共通の友人関係にあります。大分県は「いいちこ」「二階堂」をはじめとした焼酎の名産地であり、青木は地元の美味しい居酒屋さんを予約してくれているようです。その前提から考えると、探索者は少なくとも20歳以上で、久々の旅行を楽しみにしていることでしょう。

作者がキーパーをするときにプレイヤーさんに伝えること(一部)

導入

青木との再会

 このシナリオは、NPCの青木と別府駅で久々に再会するシーンから始まります。探索者の居住地にもよりますが、空路で訪れた場合、国東市にある大分空港を経由して別府駅を訪れることになるでしょう。お昼は名物の別府冷麺でしょうか。弾力のある麺の喉ごしもさることながら、ほどよい辛みと酸味のあるスープはさっぱりとしていて飲み干せてしまうほど。シャキシャキのキムチキャベツと牛チャーシューも嬉しいですね。残念ながら作者は食べたことがないのですが。

別府冷麺/写真AC(https://www.photo-ac.com/)

地獄めぐりと青木の不運

 さて、探索者は青木とともに地獄めぐりに出かけることになります。定番となる観光名所を回りながら、青木が「地獄」と呼ばれる所以を話してくれるわけですね。この「地獄」に関する由来と、青木の感じている不運は後の伏線になりますので、必ず提示するようにしてください。鳥のふんや車の故障の話以外にも、何もないところでつまづいて転ぶ、間欠泉の熱いしぶきが青木に降りかかる(ありえないことです)など、青木の不運を多少オーバーに描写してもよいでしょう。
 ちなみに「熱泥が沸騰してボコンボコンと泡立つ」という描写で想定しているのは「鬼石坊主地獄」です。ここは広々とした足湯があるほか、温泉施設も併設されているので、旅の疲れを癒すのにぴったりでしょう。また、地獄を生かしたグルメも充実しています。地獄のお湯に直接浸けて茹でる温泉たまごはもちろん、柔らかな大分地鶏を使用したほかほかジューシーな「冠地どりまんじゅう」や、モチモチした生地からジュワッと肉汁が溢れてくる「地獄蒸し小籠包」、素材の新鮮さを生かした口あたりなめらかな「地獄蒸しプリン」など、ちょっとした腹ごしらえにはぴったりですね。残念ながら作者は訪れたことがないのですが。

地獄蒸しプリン/写真AC(https://www.photo-ac.com/)

青木の嘘

 楽しい観光の最中、青木は仕事の話になると露骨に顔を曇らせます。自然な会話の流れで仕事の話題に発展しなさそうな場合、「実は夜に取材が入ったので、居酒屋には行けなくなってしまった」という話題を後にとっておき、ロールプレイが温まったところで切り出すと、探索者の反応を引き出しやすいかもしれません。
 もっとも、青木の嘘については無理に提示する必要はありません。ここでの判定の成否で生じる差異は、探索者が村上鉄人の存在を認識するタイミングのみであり、必要となる情報は後で入手できるからです。
 なお、青木と別れる際、彼の後を追うことはできません。彼は自家用車で探索者を案内してくれているからです。おそらく彼は、旅館の前まで探索者を送ってくれることでしょう。その後、自宅へと戻っていそいそと張り込みの準備を始めるのです。

鬼石坊主地獄/写真AC(https://www.photo-ac.com/)

別府の夜

居酒屋にて

 探索者は青木と別れた後、彼イチオシの居酒屋へと出かけることになります。旅館に荷物を置くついでに、ひとっ風呂浴びているかもしれませんね。ひょっとしたら浴衣姿に下駄を履いて、カランコロンと小気味よい音を響かせているかもしれません。
 別府の観光情報に詳しい青木が薦めるだけあって、探索者の向かう居酒屋は観光客のみならず地元の人々にも愛されている名店です。大分名物の「とり天」はその名のとおり鶏肉の天ぷらです。薄いサクサクとした衣をかじると、中からはふわっとしたジューシーな鶏肉の旨味が口の中に広がります。爽やかなカボスポン酢の漬けダレがよいアクセントになりますね。また、「だんご汁(だご汁)」も同じく大分名物です。小麦粉をこねて作っただんごと季節の野菜が入った味噌仕立てのスープは、濃厚ながらもホッとする素朴さで、探索者の心と体を温めてくれることでしょう。残念ながら作者は定食チェーン「やよい軒」(期間限定メニュー)でしか食べたことがありません。いつか本場の味をいただいてみたいものですね。
 ちなみに農林水産省ウェブサイト内のコンテンツ「うちの郷土料理」では郷土料理のさまざまな画像をダウンロードできます。著作権に留意しながら、セッションで活用してみてはいかがでしょうか。

出典:農林水産省Webサイト「うちの郷土料理
出典:農林水産省Webサイト「うちの郷土料理

青木の死

 探索者はいい心持ちで居酒屋を後にするわけですが、旅館までの帰り道で悲鳴を耳にします。「助けてくれ!」という声を聞いて、まさか素通りする探索者はいないでしょう。現場に駆け付けると、怪異に遭遇するわけです。
 お気づきの方も多いかもしれませんが、ここの怪異の描写は、ボディビルの特徴的な掛け声をもとにしています。それぞれ「大胸筋が歩いてる!」「取れたて新鮮肩メロン!」「腹筋6LDKかい!」ですね。
 異形を見せつけた怪物は、探索者に《不浄なる呪詛》を放ったのち、青木の死体とともに川へと姿を消していきます。「川を泳いで怪異の後を追う!」という豪胆な探索者もいるかもしれませんが、たとえ〈水泳〉技能に成功したとしても、液状化した怪異に追いつくことはできません。
 ただ、「そんなの追いつけないよ」と無下に提案を却下してしまうのではなく、「追いつくことはできなかったけど、探索者が川に飛び込んだおかげで、青木のトートバッグが川岸に引っ掛かっているのを見つけることができたよ。ギリギリ引きずり込まれずに済んだみたいだ」と言ってあげるのも一つの手でしょう。実際は川に飛び込むかどうかにかかわらず見つかるものではあるのですが、やはり「探索者の行動が報われた」と表現されたほうが、プレイヤーにとっては嬉しいものだからです。
 その後は、探索者が酔っ払っていたことも手伝って、たとえ「知り合いが川に引きずり込まれた」と訴えたとしても、通行人や警察官は真に受けようとしません。人間が溺れていたら、当然バシャバシャと水音がするはずだからです。仮に探索者が酔っ払っていなかったとしても、その川は水位が低く、とうてい溺れるような場所ではないことなどを理由にすればよいでしょう。探索者が警察官等に対してどうしてもと粘った場合、明け方までかけて、川をさらっての大捜索が行われるかもしれませんが、当然青木の姿は見つかることはありません。以後、警察にとって探索者の立場はあまりよろしくないものになるでしょう。もっとも、このシナリオではそもそも警察と深く関わることを想定していないため、その分の時間を無駄にすることを除けば、展開に大した影響はありません。

不浄なる呪詛

 怪異は去り際に探索者たちに対して《不浄なる呪詛》を放っていきます。この効果はメタ的にプレイヤーに伝えることを意図しています。ココフォリア等を使用したオンラインセッションでは、〈幸運〉の値を変動させる(端数は切り上げにしてかまいません)とともに、今後の処理について伝えればよいでしょう。「犬のふんを踏んでしまう」「朝食の焼魚に醤油と間違えてソースをかけてしまう」「壁の釘にひっかけて服が破れてしまう」など、探索に影響のない程度のささいな不運を演出して、プレイヤーのほうからノリノリで不運ロールプレイが飛び出すようになれば理想的ですね。
 それと同時に、探索者が置かれた状況をキーパーから整理してあげてもよいかもしれません。すなわち、探索者の不幸体質は明らかに逃げ去った怪異の手によるものであること、同じように不運の話をしていた青木は非業の死を遂げてしまったこと、降りかかる不運は少なくともシナリオ中の探索行動を妨げるものではないものの、このまま放置すると冗談ではすまされないこと(青木はあわや自動車事故を起こすところでした)といった点です。要するに事件解決に乗り出すだけの動機を、プレイヤーおよび探索者が実感できればよいのです。
 この日常から非日常へ転換するシーンには、現代日本におけるシティシナリオの重要な要素を詰め込んでいるつもりです。それは、以下の3点を「探索者目線で」提示することです。

 ①遭遇した事件が人知を超えた神話的事象であること
 ②事件の解決を警察やほかの人の手に委ねることができないこと
 ③途中で事件を放り出して逃げだすことができないこと
(④としてつけ加えるなら、悠長にしてはいられないこと)

 よく言われることではありますが、現代日本のシティシナリオにおけるいちばんの障害は、警察の存在です。警察が優秀なのはもちろんなのですが、それ以上に障害となるのが「事件が起きたときには警察に通報しなければならない」「通報した後は警察に任せて素人が余計なことをしてはならない」という社会常識です。したがって、現実の延長線上である現代日本を舞台にする場合、その社会常識を超えるだけの納得感のある動機を提示することが必要になってきます。このシーンでは、探索者に怪異の姿を直接目撃させ(①)、警察に話してもまともに取り合われないことを示し(②)、呪詛によって探索者自身の問題になったことを提示(③)しているつもりです。

青木の遺した証拠

 青木はトートバッグとカメラ、そして自宅に数々の証拠を遺してくれています。彼の名刺入れから自宅兼仕事場の住所がわかるわけですが、そこには村上鉄人の名刺は入っていません。そのことをほのめかしてあげれば、探索者は青木の言動に不審を感じて彼の自宅へ向かってくれることでしょう。ちなみに、特に描写してはいませんが、青木の自宅の駐車場には彼の自家用車も停まっています。
 青木の自宅はこのシナリオにおいて最重要となる探索箇所です。というのも、物語を進展させるには、青木の自宅かムラカミジムのどちらかで国東市の住所を入手する必要があるからです。そのうち、青木の自宅では技能判定なしに手帳を見つけられることにし、友人の家への侵入を頑なに拒まない限り、詰んでしまうことがない構成にしています(その場合でもSNSなどをチェックすれば「くにさきボディビル大会」に村上鉄人が出場することはわかりますし、国東市で丹念に聞き込みを行えば住所も判明するでしょう)。
 前回の記事で書いたとおり、当初青木は友人ではなく「週刊DRAW」の記者という設定だったので、ビジネスホテルである「ホテルイノウエ」の一室を探索箇所としていました。ただ、いくら鍵があるとはいえ、赤の他人の部屋に侵入するのは少し心理的なハードルがあるようでした。友人という設定にすることで、最重要探索箇所に侵入しやすくなったのも、テストプレイの収穫だったと思います。
 余談ですが、張り込みをしていたことをほのめかすため、もともとトートバッグの内容物には「軽食」の類も入れていたのですが、行数制限の関係で削らざるを得ませんでした。行数の節約は、まさに数文字単位の戦いであったことがおわかりいただけると思います。
 余談を続けると、「ホテルイノウエ」の由来は、ニョグタが「ありえべからざるもの」と称されることから、「ありえない」を英語にして「no way」→「のーうぇい」→「いのーうぇい」です。これは誰かに伝えるためのネタというより、ネーミングで悩むのを面倒がった作者が適当につけた結果です。同じように、NPCの苗字・名前はすべて東京ヤクルトスワローズの野球選手の名前を元にしていますが、これも何か意図があったわけではなく、本筋ではないネーミングのことで悩みたくなかったからです。

神宮球場にはたまに足を運びます。

ムラカミジム

 この探索箇所の役割は、村上鉄人の妻である泰子の口を借りて、事件の背景を探索者に提示することです。NPC紹介の記載のとおり、泰子は溌剌としたスポーティーな女性ですが、夫の身を案じて気弱になっています。インストラクターとして気を張りつつも、憔悴した様子が垣間見えることを描写すると、探索者も泰子との会話に本腰を入れてくれることでしょう。
 ただ、ここでは見ず知らずの人間に対して立ち入った話をさせるということで、探索者には適切な技能ロールの成功を課しています。必須情報である国東市の住所は青木の自宅で判定なしに手に入るため、泰子との会話は必ずしも必要なわけではないからです。とはいえ、背景をわかったうえで探索したほうが楽しいのは確かであるため、「カメラに遺されている村上鉄人の写真を見せる」という救済措置も用意しています。
 ダイス・ロールは失敗がつきものです。したがって、シナリオ内に何らかの判定を盛り込む場合は、失敗したときのことも想定しておいたほうがよいと思います。入手してもしなくても影響がない背景情報、入手できなくても詰まないが入手できると有利になる情報、入手できないと後々不利になる情報、失敗しても何らかの不利益と引き換えに手に入る情報など、いろいろなバリエーションが考えられるでしょう。たとえば、〈目星〉で判明するオクラホマの写真は、入手してもしなくても影響のない背景情報ですね。
 なお、郵便受けの中の封筒をなんとかして引っ張り出そうとする方もいらっしゃるのですが、封筒はポストに挟まっているわけではなく完全に投函されてしまっているため、取り出すのは至難の業でしょう。ひょっとしたら、不法侵入のリスクを冒そうとする方もいらっしゃるかもしれません。その場合、発覚したとしてもこの探索箇所から締め出す程度で済ませてあげてください。こんなところで逮捕云々を持ち出すのはつまらないですし、前述のとおり、ここで得られる情報は必ずしも必要なわけではないのですから。

こんな郵便受けを想定しています/写真AC(https://www.photo-ac.com/)

村上の別居先

国東市に到着

 村上鉄人の別居先を突き止めた探索者は、(道中不運に見舞われながらも)国東市へ向かうことでしょう。囲み記事にしているコラムの情報は、「国東市(または仁王)について図書館で調べたい」といった探索者のリクエストに対して提示するなど、柔軟に使っていただければと思います。
 国東市に到着した探索者は、のど自慢大会や図書館での読み聞かせ会などの告知に交じって、ボディビル大会のポスターを目にします。この「のど自慢大会」「図書館での読み聞かせ会」は、いずれも図書館併設の公共施設、くにさき文化会館で行われます。お読みいただいた方はわかると思うのですが、「のど自慢大会」は一応、終盤の探索の簡単な伏線になっています。
 それよりも重要なのは、実は「図書館での読み聞かせ会」のほうです。というのは、この後インターネットに頼らず地元の図書館で「くろこでら」を調べる必要が出てきます。ある程度シティシナリオに慣れているプレイヤーであれば「図書館で調べる」という発想はすぐに出てくるでしょうが、あまり慣れていない方の場合、なかなかその発想は出てこないかもしれません。そこで、ポスターを通じて「近くに図書館があるんだよ」ということをほのめかしているわけです。同時に、図書館で「くろこでら」を調べるということは、必然的にクライマックスの会場の下見にもなるという設計にしているのです(だからこそインターネットでは情報が出てこないことにしているのですが)。したがって、文化会館の見取り図は、探索者が図書館に立ち寄ったタイミングで示してあげるとよいでしょう。なお、大会前日時点では、出店・受付・立て看板は設置されていません。

別居先の借家

 村上鉄人の別居先の玄関には、鍵がかかっていません。これも、現代日本における不法侵入の心理的ハードルを軽減するためです。鍵がかかっていないのはのどかな田舎ならではの習慣ゆえかもしれませんし、狂気に陥った村上の思考がそこまで及ばなくなっているからかもしれません。
 この探索箇所における重要情報は、「くろこでら」を示す村上の手記と、「照明のランプがすべて取り外されている」という点です。これらはダイス・ロールなしで無条件に提示してあげるとよいでしょう。特に、後者を描写してあげることで、「光を苦手としていること」「それは日光(自然光)のみならず人工の光も含まれること」が探索者目線でわかります。プレイヤー資料3「黒子寺の成り立ち」を読むとどうしても日光に注目してしまいがちなので、ここで先んじて情報を出しているわけですね。
 ちなみに村上鉄人は、別居しはじめのころは普通に出歩いていましたが、肉体の変質とともに光が苦手となり、耐え難い飢餓感に襲われ、「置き配」を頼りにして引き籠るようになります。近隣の住民に聞き込みをすれば、この新たな住人の異様な様子を聞かせてくれることでしょう。

黒子寺

技能の成否について

 村上の手記にあった「黒子寺」ですが、位置を突き止めるには地元の図書館で調べる必要があります。前に述べた技能の失敗による不利益のことを考えると、〈図書館〉ロールに成功すると日が沈まないうちにたどり着くことができる、失敗したら日が沈んでしまうという時間調整ができれば理想的ですね(もちろん探索者の行動によって大きく左右される部分ですが)。
 この探索箇所は重要な意味を持ってはいるものの、シナリオを展開させるのに必須というわけではありません。探索者がここを訪れる動機は、「村上の足取りを追うこと」になるわけですが、翌日のボディビル大会を待てば村上は訪れるわけですから、リスクを考えて向かわないことを選択するプレイヤーもいることでしょう(日が沈んでいるのならなおさらです)。したがって、勇気をもって積極的に探索した場合にはクライマックスを有利に運ぶことができる、というご褒美のような設計にしています。
 また、探索者が洞窟を発見するには〈目星〉もしくは〈追跡〉が必要になるのですが、プレイヤー資料3「黒子寺の成り立ち」をよく読めば、寺のそばには岩穴があるということがわかるため、技能判定が必要なくなるという救済措置を設けています。

悪臭

 この探索箇所で重要な情報の一つが「悪臭」です。技能判定の成否にもよりますが、以下の4点により、「クライマックス前に悪臭対策をしておいたほうがよいかもしれない」という発想に至ることを期待しています。

 ①古文書の記述によると、怪物は悪臭をまき散らすようだ
 ②洞窟に蔓延する悪臭により、マスク越しでもCON判定が発生した
 ③その悪臭は仁王像から発せられていた
 ④その仁王像は本来もう一体存在するらしい

 さらっと描写してしまうと難易度が上がってしまうため、キーパーは悪臭の存在をある程度強調して描写するとよいでしょう。

仁王像の破壊

 探索者はさまざまな工夫を凝らして岩穴の下へと降り立つでしょう。その工夫として最も採用される可能性が高いのは、引っ張る者の STR と下りる者のSIZ との対抗ロールです。「人間の物理的な限界」(「新クトゥルフ神話TRPGルールブック」P.83~84)を考慮すると、探索者一人だけであれば、多くの場合ロールなしで降りることができるでしょう。もっとも、「怪物は闇の中では絶大な力をもつ」という情報を意識すると、暗い洞穴に一人だけで降りていくことを躊躇するプレイヤーの方も多いかもしれませんね。
 暗闇・落下への恐怖と、悪臭に打ち勝って洞穴の奥に進むと、探索者はおぞましい仁王像を発見します。ここで賢明な探索者がライトを向けるなどするならば、表面の粘液がそれを避ける、ぶすぶすと煙をあげて焦げるなどと描写して、人工の光であっても効果があることを強調してあげるとよいでしょう。また、仁王像を物理的に破壊した探索者であれば、クライマックスの怪物(仁王像と融合したニョグタの落とし子)には物理的な攻撃も有効であることがわかることでしょう。

さまざまな調査

週刊DRAW

 「週刊 DRAW」の編集部は東京都千代田区にあることにしています。これは千代田区が古くから出版社が多く集まっている地域だからですね。ちなみにKADOKAWAの本社ビルや株式会社アークライトも千代田区にあります。

懐中電灯の入手

 このシナリオでは、探索者が強力な懐中電灯を買い求める場合には〈グループ幸運〉に成功する必要があるとしています。光量の多い懐中電灯(単位は「ルーメン」で表されます)はインターネットショッピングなどを利用すれば安価かつ容易に入手できる類のものなのですが、ここでの判定は、たまたま地域の店に在庫があってすぐに購入できるかどうかです。ただ、《不浄なる呪詛》の効果で〈グループ幸運〉は著しく低下していることでしょう。探索者3名でプレイする場合や慈悲深いキーパーの場合、判定にある程度手心を加えるか、通常の懐中電灯のダメージを増やすなどの調整を加えてもかまいません。
 ちなみに現在の別府には深夜2時まで開いているドン・キホーテ別府店があるのですが、こちらの店舗の出店は2022年12月であるため、シナリオ時点では存在しません。

会場の下見

 大会の前日のくにさき文化会館は催し物がないため、ひっそりとしています。おそらく会場内の掲示板には翌日のボディビル大会と、翌々日ののど自慢大会の予定が記載されていることでしょう。また、照明・音楽調整室への侵入には〈鍵開け〉が必要としていますが、事務室を訪れて交渉することで、穏便に見学させてもらえるかもしれませんね。

大会開催前

機材の搬入

 探索者が会場を訪れた際、搬入口のトラックの存在は描写してあげてください。というのも、会場内に入ってしまうと、施錠されている大道具庫を調査する理由が薄くなるからです。ことさらに強調する必要はありませんが、「何を搬入しているんだろう」「機材ということは何か使えそうなものがあるかもしれない」という発想に至る可能性は見出したいところです。搬入口から中に入ってしまえば、内側から大道具庫の鍵を開けておくことは容易であり、作業員も気に留めないことでしょう。

大会の出場登録

 ボディビル大会の出場については、「誰でも参加可能」とうたっていながらも、係員に対する判定が必要になっています(端数は切り上げでかまいません)。クライマックスの解決策としていちばん有効なのは2階の照明・音楽調整室からのスポットライトであるため、多くの探索者が無条件に出場できてしまうとかえってプレイヤー不利になってしまうからです。反対に、もし出場する探索者がまったくいなかったとしても、それすなわちプレイヤー不利にはなりません。
 ステージ上の探索者が怪物の動きを止めて泰子の身の安全を確保し、その間に2階にいる探索者がスポットライトで打倒するというのが最も美しい形でしょう。

村上の楽屋

 このシナリオでは、大会開始前に探索者が村上鉄人と接触することは想定していません。開催直前まで彼は楽屋に引き籠っており、ステージ裏で並んで出番を待っているときなどは出場者間に十分な間隔を設け、ソーシャルディスタンスが確保されているからです。
 どうしても探索者が楽屋にいる彼を強襲したいと考えた場合、決してよい結果にはつながらないでしょう。その時点でおそらく探索者は分断されている状況であり、また、楽屋や廊下には強烈なスポットライトなど存在しないからです。彼に対して水をかけるなどして表面のコーティングを剥がした場合、ニョグタの落とし子を顕現させるかどうかはキーパーしだいです。もし顕現してしまった場合、ニョグタの落とし子はまず天井の蛍光灯を割るところから始めるでしょう。そして「包み込み」によって行動を制限されていないニョグタの落とし子は、かぎ爪と噛みつき(2回攻撃)で探索者に襲いかかるものと思われます。詳しくは『新クトゥルフ神話TRPG マレウス・モンストロルムvol.1 クリーチャー編』のP.116~117を参照してください。

クライマックス

ニョグタの落とし子の顕現

 大会が開催されると、出場者はステージ上に並んで一斉に同じポーズをとります。まったく同じポーズを取らせることで、審査員が筋肉のつき具合や脂肪の落とし具合を比較できるわけです。その間、観客からは特徴的な賞賛の言葉が飛ぶことでしょう。作者としては「筋肉は密でいいんだよ!」が、コロナ禍の時勢を反映していてお気に入りです。
 ニョグタの落とし子が姿を現した際、1階にいる探索者には悪臭による判定が入ります。これは『クトゥルフ神話TRPG クラシック版(6版)』P.277掲載の呪文《吐き気の魔法円 CIRCLE OF NAUSEA》から着想を得たものです。事前に対策をしていないとなかなかに厳しい判定となるため、プレイヤー3名で遊ぶ場合は難易度を1段階下げるなどして調整してください。

泰子の拘束

 戦闘が開始された際、1ラウンド目から泰子は「包み込み」によるダメージと、窒息判定を受けることになります。いわばNPCを人質にとったタイムリミットつきの戦闘となるわけです。
 ただし、同時にニョグタの落とし子にも行動の制限が加わります。キーパーは『新クトゥルフ神話TRPG マレウス・モンストロルムvol.1 クリーチャー編』のP.116~117、特に「包み込み」の項目を事前によく読んでおくことをお薦めします。
 探索者が〈近接戦闘〉のみならず懐中電灯で立ち向かおうとした場合であっても、ニョグタの落とし子は触手を伸ばして「包み込み」による応戦をしてきます(触手の届かない遠距離では光量の減衰のためダメージを与えられません)。前述のとおり、プレイヤーの人数や能力値、装備品などに応じて、懐中電灯のダメージを調整してもかまいません。キーパー裁量により、何らかの技能によって観客や出場者の助けを借りるなどのアイデアを認めてあげてもよいでしょう。
 戦闘中、拘束されている泰子を引っ張りだそうとする探索者がいるかもしれませんが、ニョグタの落とし子の「包み込み」から抜け出すためには犠牲者自身の抵抗が必要になります。泰子はそもそも抵抗していませんので、探索者が手助けをしたとしても引っ張り出すことはできません。ただ、「自慢の筋肉を見せつける」で動きを止めているときの判定については、キーパー裁量となります。

照明・音楽調整室

 1階のステージ上とは別に、2階にいる(向かった)探索者がいる場合、キーパーの処理はちょっとたいへんになります。1階の処理と2階の処理を同時並行で進めなければならないからです。会場の見取り図をもとに位置関係を整理し、悪臭や数的不利などのボーナス・ダイスやペナルティー・ダイスに気をつけて、落ち着いて進めていきましょう。

作者のココフォリアの盤面
(怪物のコマは「セッション素材神話生物イラスト」/クトゥルフ神話TRPG公式サイト)
(探索者・NPCのコマは「モブNPC100種立ち絵素材集シリーズ」/桃源郷社

結末

 探索者が力及ばず敗北してしまった場合、ニョグタの落とし子、あるいは召喚されたニョグタが暴れ回ることになります。前者の場合はボディビル大会会場の観客たちに、後者の場合は別府を中心とした大分全域に大きな被害が出ることになります。後味の良し悪しはともかく、それもまた一つの結末として、「地獄」の伝承と絡めるなどして被害の様子を描写し、セッションを締めくくってください。
 ニョグタの落とし子の打倒に成功した場合、探索者の活躍を賞賛するとよいでしょう。ボディビル大会はとんだ災厄に襲われてしまいましたが、青木と村上鉄人(と場合によっては泰子)以外に被害を出すこともなく、大分地方を怪異から守ることができたのは、ひとえに探索者の活躍あってこそなのです。最期の瞬間まで抱擁しあう村上夫妻の愛の形と、ボディビルダーとしての悲哀を描写するなどすれば、しんみりとした結末を演出することができるかもしれません。探索者が青木のことを気にしているようなら、塵になって消えた後、「ありがとう」という彼の声が聞こえたような気がする、としてもかまいません。果たしてそれが幻聴だったのかどうかは、神のみぞ知るといったところでしょう。

おわりに

 とりとめのない長文になってしまいましたが、いかがだったでしょうか。「ナイスバルク!」をもとに遊んでくださる方々の一助となりましたら幸いです。また、構成上の工夫点について、自分なりにかなり詳しく書いてみたつもりです。これからシナリオを執筆される方にとって、何かしら参考になる部分がありましたら嬉しく思います。

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