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クトゥルフ神話TRPGのシナリオの文章を書くときに気をつけていること① 読者の想定

初めまして、因幡脩と申します。
自分は普段、『新クトゥルフ神話TRPG』をキーパー中心に遊んでいるのですが、最近はオリジナルシナリオなるものを書いてみたり、ほかの方のシナリオの文章校正なんぞをやらせていただいたりすることが増えました。
そこで、文章を書くときに気をつけていることを少しでもシェアできたらいいなと思って今回noteを書いてみました。
といっても、プロの文筆家ではありませんので、ご参考になりそうなところだけつまみ食いしていただければと思います。


今回の結論

ものの本によると、仕事ができる人はまず結論から言うらしいですね。
それに倣って、まずは今回の記事の要点を示したいと思います。

シナリオを公開するとき、奴隷商人痴皇になってはいないか?

今回言いたいことはこれだけです。
うん、必要十分にして端的な示し方ですね。以降の長文はすべて蛇足です。

プロレス実況に見るターゲットの違い

いきなり関係なさそうな話をしますが、因幡はプロレスが好きです。
特に「新日本プロレス」という団体の試合が好きなんです。
昔は深夜のテレビ中継でしか試合が見られなかったものですが、今の時代、専用サイトで新旧の試合が見放題なんですね。いわゆるサブスクというやつです。
また、大きな試合などは、たまにAbema TV(インターネット放送)で広く無料放映をやっていて、本当にいい時代になったものだと感じます。

さて、この専用サイトの試合と、Abema TVの無料放映試合。
同じプロレスの実況でも結構スタンスが違うんです。
たとえばこんなふうに。

専用サイトの例
「さあ、棚橋弘至がコーナーに登って、マットに大の字の高橋裕二郎に対してハイフライフローの体勢に入る! 決まるか!? ああっと裕二郎がギリギリで避ける! ここで裕二郎が棚橋を場外へ投げ出す! レフェリーのカウントが進む中……」

創作です。実際に行われた実況ではありません。

無料放映試合の例
「さあ、棚橋弘至選手がコーナーに登ります。棚橋選手はコーナーの上から体重を浴びせるボディプレス、通称『ハイフライフロー』という必殺技を持っています。大の字の裕二郎選手に対してそのハイフライフローの体勢に入るんですが、裕二郎がギリギリで避ける! これでは膝を傷めている棚橋選手は逆に大きなダメージを負ってしまいます! そして裕二郎が棚橋を場外へ投げ出す! レフェリーのカウントが進みます。新日本プロレスでは20カウント以内に戻らないとリングアウト負けになってしまうのですが……」

創作です。実際に行われた実況ではありません。

実況の内容が違う理由

どうでしょうか。
同じプロレスなのに、実況に対するスタンスが全然違うことがわかります。
専用サイトよりも無料放映試合の方が、アナウンサーの伝える情報量が多いですよね。なぜこのような違いが生じるのでしょうか?

それは、想定している視聴者層が違うからです。

専用サイトで見ている人というのは、月額料金を払って新日本プロレスの試合を追いかけているファンなわけです。
つまり、どの選手がチャンピオンで、どんな必殺技を得意にしているのかについては、ある程度知っている人たちなんですね。
したがって、そういったファンが求めているのは、基本的な用語やルールの解説ではありません。その試合を盛り上げるような実況や、ファンでもなかなか知らないような情報(たとえば試合当日の様子など)なわけです。

いっぽうで、Abema TVの無料放送では、普段新日本プロレスを見ていない人を想定しています。
もちろん格闘技のチャンネルなので、それなりに興味・関心がある人が多いのだとは思いますが、普段はほかのプロレス団体や格闘技を見ている人、あるいはほかのチャンネルを見ている人が「無料ならちょっと見てみようか」と手を伸ばしやすい機会なわけです。
要は、この機会に新規のファンを獲得したいんですよね。
では、初めて新日本プロレスを目にする人たちに、専門用語や固有名詞を解説なしに使って実況してしまったらどうでしょう。
「いい機会だと思って見てみたけど、なにがなんだかわからなかった」とそっぽを向かれてしまいますよね。
したがって、無料放送の場合、アナウンサーは既存のファンのみならず初めて見る人のことも頭に入れて実況する必要があるわけです。

それは誰が読む文章なの?

さて、本題に戻ります。
文章というものは必ず「誰かに宛てて」書くものです。
したがって、自分しか目にしないのか、友人の田中くんだけが読むのか、不特定多数に発信するものなのか……誰が読むのかによって、おのずと書きぶりは変わってくるはずです。
そうなると、まず自分が伝えようとしている事柄について、「相手がどれだけのことを知っているのか」という前提を想定しないと、適切な文章は書けないはずです。
そして、「自分の知っていることは当然相手も知っているはずだ」「自分にとっての常識は当然相手にとっても常識のはずだ」という前提に立って物事を伝えようとすると、意図がまったく伝わらなかったり、誤解して受け取られたりしてしまうのです。
(相手の理解力の問題については、ここでは割愛しています)

この読者の想定は、対象が多ければ多いほど難しくなります。特定の人だけに伝えようとするのと、不特定多数の人に伝えるのとでは後者のほうが圧倒的に難しいわけです。
たとえば『幽⭐︎遊⭐︎白書』が大好きな田中くんだけに話すのであれば、「おいおい、奴隷商人痴皇にそっくりだな!」と言っても通じるでしょう。
しかし、不特定多数の人に伝えようとするときには、そうはいきません。

「おいおい、『HUNTER×HUNTER』でおなじみの冨樫義博先生が、1990年から1994年にかけて『週刊少年ジャンプ』で連載していた『幽⭐︎遊⭐︎白書』の魔界編に登場する、ぶよぶよに太ったゲスい禿げオヤジ、奴隷商人痴皇(ちこう)にそっくりだな!」

こう表現するか、画像を見せて視覚的に伝えるか、そもそも奴隷商人痴皇にたとえるべきではないんです。
もちろん、このnoteを読んでいる方は奴隷商人痴皇のことをよくよくご存じだとは思うのですが、広い世の中には「知らない……」なんて方もいらっしゃるんですね。

なんでもかんでも説明すればいいの?

よし、わかった。
どんな人にも通じるように、とにかくこと細かに説明すればいいんだな!

……本当にそうでしょうか?

では、スポーツ雑誌『Number』の野球についての記事で、こんな文章が書かれていたらどうでしょう。

「無情にも審判がプレイボールを告げた。つまり今から試合が始まるということだ。葛藤を抱えたまま打席に入った山田の前に、ピッチャーの菅野が立ちはだかる。ピッチャーとは、直径およそ23センチ、重量が140グラムあまりのボールを投げる人のことだ。山田は迷いを振り払うかのようにバットを構える。バットというのはでっけえすりこぎみてえな木の棒のことであり、今から山田はそれを使って、ピッチャーの菅野が投げたボールをひっぱたいて前に飛ばそうとしているのだ。菅野の一球目はカーブ。カーブというのは変化球の一つで……」

もちろん創作です。

くどいですよね。
そしてこの調子だと、残念ながら記事の内容は非常に薄いものになると思われます。これでは文字数を水増しして原稿料をかすめ取ろうとしていると思われてもしかたがありません。このライターに次の仕事が回ってくることはないでしょう。

『Number』(正式には『Sports Graphic Number』)はコラムやインタビュー記事などを多く掲載している総合スポーツ雑誌です。
たとえばテレビで高校野球を見て興奮した人が、「あの試合の舞台裏ではどんなドラマがあったんだろう? あ、特集記事が載ってる!」といって買う雑誌なわけです。
したがって、野球のルールなどは読者にとってはいわば共通認識なんです。
文章量が限られている中、いつまでも前段をくどくど書いていたのでは、「早く本題に入れよ」とそっぽを向かれてしまうのです。

TRPGシナリオで想定すべき読者とは

言葉を尽くさないと伝わらない。
でも、共通認識の部分は省略しないとくどくなる。
まったく文章とは、難儀なものです。
では、『(新)クトゥルフ神話TRPG』のシナリオを書く際に、どんな読者を想定して、どんな事項を共通認識とすればよいのでしょうか。
そう、そのシナリオを読む人に共通しているのは……

ルールブックを読んでいる(持っている)ことです!

あたりまえですね。
そんな当然のことを示すのに、くどくどとフリック入力してやがったのかこの野郎!金返せ!むしろよこせ!消費税下げろ!宝くじ当たれ!と思われた方もいることでしょう。

でも、それが唯一の共通認識なんです。
裏を返せば、「ルールブックに無い語彙を用いるときには注意が必要」ということでもあるんです。

『(新)クトゥルフ神話TRPG』の同人シナリオにおいては、ここ数年で多様な遊び方が普及するようになりました。
それは独自のカルチャーともいうべき大きなうねりとなり、コミュニティを育み、その中で数々の略語や造語が生まれました。
KP、PL、KPC、HO、秘匿HO、うちよそ、エモシ、SANチェック(SANC)、推奨技能、三大探索(御三家)……などなど、枚挙に暇がありません。
ここでは多様な遊び方についてあれこれ言及することはしませんが、いずれにせよ、これらの略語や造語は必ずしも万人に伝わるものでないことは意識しなければなりません。
これらの言葉は伝わる人には伝わるという身内ネタで、言ってみれば『幽⭐︎遊⭐︎白書』ファンの間で語られる「奴隷商人痴皇」や「強い妖戦士田中」のようなものなんです。
※「NPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)」という略語はルールブックに記載があります。

「みんなリプレイ動画くらい見たことあるだろうから伝わるでしょ」
「Twitterでみんな使ってる言葉だからわかるでしょ」
「『SANチェック』は海外公式シナリオでも使われてる言葉だからいいでしょ」

そうではないんです。
これまで読者層を想定することと、共通認識は何かを考えることが大事だよって話をしてきました。
自分がいつも遊んでいるメンバーだけに公開するのであれば、「三大探索」でも「SANC」でも、「んにゅるちゅ」でも「ずんどこべろんちょ」でも、(それで意図が正しく伝わる限り)好きな言葉を使えばよいのです。

でも、シナリオを世間一般に広く公開するのであれば、万人に伝わるような言葉を選択しなければなりません。
リプレイ動画を見たことのない人がそのシナリオを手に取るかもしれない。
Twitterをやっていない人がそのシナリオを手に取るかもしれない。
今日ルールブックを買ってきたばかりの人が、そのシナリオを手に取るかもしれない。
シナリオが独りよがりなものにならないようにするためには、どれだけ幅広い読者の姿を想像できるかにかかっています。

たとえば「KP」という略語を使いたいなら、「キーパー(以下"KP"と表記)」と書くか、最初に凡例を示してあげる必要があります。
ルールブックには記載のない「秘匿HO(ハンドアウト)」を配布して遊ぶシナリオを書きたいのであれば、「秘匿HO」という言葉だけに読者の理解を任せるのではなく、作者としてそのシナリオをどう遊んでほしいのか、意図や運用について言葉を尽くす必要があります。
シナリオはみんなが楽しく遊ぶためのものだからこそ、「暗黙の了解」で特定の人だけに伝わるものであってはならないのです。

反対に、ルールブックに書かれている事柄(ルール、呪文の効果やコスト、神話生物のステータスなど)については、わざわざ繰り返す必要はありませぬ。それは明確に読者全員の共通認識になっているべきものだからです。

"クトゥルフ神話TRPG"(以下"ルールブック")
"新クトゥルフ神話TRPG ルールブック"(以下"ルールブック")

正確な書名をもとに「ルールブック」とはこれのことを指しているよ、ということを冒頭で示してあげれば、以降は「"ルールブック"P.◯参照」と該当ページを参照すればよいのです。
ただし、『クトゥルフ2010』『クトゥルフ2015』『マレウス・モンストロルム』などのソースブック(通称サプリメント)に記載されていることは共通認識ではありません。ルールブックとは異なり、必ずしも全員が所持しているとは限らないからです。
したがって、ソースブックに記載されたルールを使用したいのであれば、そのソースブックの所持が必要である旨を冒頭(有料シナリオであれば購入前のページ)にきちんと示してあげる必要があります。

奴は隙あらばやってくる

よし、略語や造語は使わないようにすればいいんだな!
それで奴隷商人痴皇とおさらばできるんだな!

残念ながら、そうではありません。
シナリオを書いているとき、ヤツは隙あらば顔を覗かせます。
それだけ、自分とは異なる幅広い読者層を想定することは難しいのです。

キーパーは、呪いを受ける対象をchoiceで決定すること。

この文章は不特定多数に伝わるでしょうか?

たとえば、上のような指示をシナリオ中に書いたとします。
多くのオンラインセッションツールにはダイスボットという仕組みがあり、コマンドを入力することで様々なダイスロールの結果が表示されるようになっています。
「choice」とは、そのコマンドの中の一つで、複数の選択肢の中から一つをランダムで決定するというものです。

しかし、シナリオを世間一般に公開した場合、オンラインセッションを楽しんでいる層だけがそれを手に取るわけではありません。
対面でセッションを楽しむ人たちだって、そのシナリオを読む可能性は十二分にあるわけです。
オンラインセッションツールの存在を知らない人が、その文章を目にした場合、「choiceなんてルールあったか?」と困惑してしまうことでしょう。
しかし、作者が対面型のセッションの存在を知らず、「TRPGはオンラインセッションツールでやるものだ」と思い込んでいたらどうでしょうか。
作者にそのつもりがないにもかかわらず、知らず知らずのうちに「わかる人にはわかる」という奴隷商人痴皇状態になってしまいました。

そう、文章を書こうとするとき、奴隷商人痴皇の影は常に潜んでいます。
もしあなたが建築を学んでおり、その知識を活かしてシナリオの着想を得たという場合、当然それを形にするときには建築の知識のない人が読んでも理解できるようにしなければいけません。
もしあなたが大学生で、身近な大学生活を題材にシナリオを書こうとした場合、大学に行った経験のない人にも想像できるようなものにしなければいけません。

もちろん、作者の考えていることをすべて文章化することは不可能です。ある程度はキーパーの想像と裁量に任せる部分も出てくることでしょう。
どの部分の記載を省略し、どの部分の記載を手厚くするのか。それを見極めるためには、まっさらな人の目線になりきってシナリオを読み返してみるほかありません。
もし原稿に〆切が設定されており、その期日までに余裕があるのなら、テストプレイを繰り返して反応を確かめてみるか(このときプレイヤーに対してシナリオに記載した内容のみで伝わるのか、それとも補足が必要なのかという視点で反応を確かめるとよいでしょう)、せめて信頼できる人にシナリオを読んでもらうなどして、一度は他人の目を通した方が確実だと思います。

大丈夫です。
何かを表現するときに「独りよがりなものになってはいないか」という点を意識しさえすればよいのです。すべては「誰かにこれをちゃんと伝えたい」という気持ちしだいなのですから。
これでもう奴隷商人痴皇とはさよならです。

今日から本当の人生の始まり。
ハッピーバースデー。

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