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元図書館員が語るストーリーテリングの魅力

皆さん図書館でストーリーテリングを聴いたことはありますか?
「ストーリーテリングって何? ビジネスで使うアレ?」「図書館のイベントなんて子どもと一緒に絵本の読み聞かせをしてもらったぐらい」「そもそも図書館自体何年も行ってない」という人も多いかと思います。

ストーリーテリングとは - コトバンク 
https://kotobank.jp/word/ストーリーテリング-802216

今回おはなしするのはビジネスで用いられる手法ではなく、「物語を覚えて語って聴かせる」ほうのストーリーテリングです。

A.僕について

というのも僕は数ヶ月前まで図書館員として働いていまして、とくに子ども向けのサービス、とりわけストーリーテリングに熱を入れていました。

勤め先が児童サービスに力を入れている公共図書館だったというのもあるのですが、それにも増して地域ボランティアの方々が熱心だったんですよ。

およそ90人ほどの規模があるボランティア団体で、在職中は大変お世話になりました。

何十年も地域の学校や施設で読み聞かせ活動をしている方々。
物語や絵本の知識、技術、子どもたちへの柔軟な対応に至るまで、図書館員を上回る豊富な経験を持つ方も多く、たくさんのことを教えて頂きました。

僕はボランティアの方々と季節ごとのストーリーテリング会を協力して開催するメンバーでした。といっても最初は業務命令だったわけではなく、別チームで働いている時に立候補したんです。

子どもたちへの読み聞かせをやりたがる男性職員って少ないんですよね(というか若手の男性図書館員がそもそも圧倒的に少ない)。

僕は以前の図書館でバイトをしていた時にお世話になったリーダーさんが児童書担当で、読み聞かせやその他様々なイベントを開催しているのを見て「いいなあ」と思ってたんです。
だからチャンスがあるならやりたいとずっと思っていました。
立候補したとき歓迎してもらえて嬉しかったですね。

前々からストーリーテリングは面白いと思っていたのですが、やってみるとさらにその魅力にはまり込みました。
年に4つほどのお話を覚え、子どもたちに語っていました。

これは自分の持ってる仕事に+αなので、当然業務外でおはなしを探して検討して覚えて練習しないといけないんですが、向いていたのか、好きだからなのか、自然と慣れました。

数年経つと、ひと月にイベントが重なったら2つのおはなしを用意したりということも普通にできるようになってました。

現在は退職して別の道を歩いていますが、ストーリーテリングの楽しさ、うまくいったときの子どもたちが前のめりに夢中になってくれてる時の幸福感は忘れていません。機会があったらまたやりたいと思っています。

B.ストーリーテリングのいいところ

ストーリーテリングはお話を覚えて語る、という性質上、当たり前ですが絵がありません。絵本のようにめくるページもなければ、紙芝居のような舞台もありません。

用意するものは、椅子と語り手、あとはもし使えるならろうそくがあれば使うといったところ。

ちゃんと頭に入っていれば、いつでもどこでも体ひとつでできます
(もちろん、よほどの熟練でなければ実施前に再度練習します。僕もいきなり長いお話をやるのは難しいです)。

身振りや手振りを使うことはほとんどありません。
イメージとしては、炉端や暖炉のそばで、おじいちゃんおばあちゃんが手元で作業をしたり火の加減を見たりしながら、ぽつぽつと語って聴かせるような空気感を想像してもらえたらと思います。
「語り」というものが元々そういうものですからね。

絵もアクションもないので、聞き手は声色や目線から情景を想像します。
そうなってくると当然、語るテキストは絵があること前提のものではいけません。
言葉だけで人物、景色、進行が理解できるテキストである必要があります。

といっても初めてでも使いやすいテキストはちゃんとありますので、ご安心を。後ほどご紹介します。

ストーリーテリングを実践するメリットとしては、

①聞き手との距離が絵本よりも更に近くなる。
②しっかり身につけると、急な催し物にも体ひとつで対応できる。
③おはなし会などでプログラムのバリエーションが増え、奥行きができる。
④語り手自体が少ないので、図書館やイベントに来てくれた子どもや保護者に、特別なライブ感を提供できる。

などですね。

特に図書館員としてはが重要です。
電子書籍や配信が隆盛するこれからの時代、本を借りて読む図書館はますます苦しい立場となります。
カフェを作る、複合施設化する、コミュニティスペースにする、というのはよくある方法ではありますが、いち現場の職員ができることのひとつとして、「ちょっと特別な体験を提供できるスキルを身につける」というのはアリだと僕は考えています。

ストーリーテリングはお金もかかりませんし、子どもだけでなく保護者も目に見えて「おおっ?」と思ってくれる催しですので、うちではやってない…という図書館員の方には是非おためしください。こわくないですよ。


親御さんや子どもと接する職業の方にとっては、が気になりますよね。

絵本の読み聞かせはもちろん楽しいのですが、語り手と聞き手の間に絵本が挟まってますので、黒子としての役割も強いんです。
その点、ストーリーテリングは間に何もありませんので、子どもたちは語っている人の顔をじっと見て、物語に入り込んでいくのです。
慣れていないお子さんはじっと聴くのは難しいかもしれませんが、ご安心を。おはなし中ずっと走り回ってるようなやんちゃな子でも、耳ではしっかり声を聞いていたりするんですよ。

以前少し怖い話を語ったとき、ずっとあるきまわっていた男の子がいたんです。
だんだんおはなしが怖いシーンになってきて部屋の空気が出来上がってくると、そろりそろりとお母さんの膝に近寄って、最後はしっかりとお膝の上で聴いてくれていました。
そういう子が1年おはなし会に通ってくれて、いつのまにか30分のイベント時間ずっと静かにおはなしを聞いて、感想を伝えてくれたりするようになるんですよ。

教育的な意味でおはなしを勧めるのはあまり好きではないのですが、やっぱりそういう変化があると感動します。

どうです? ちょっと興味出てきませんか? もしご近所にストーリーテリングを取り入れたおはなし会を実施する図書館があれば、是非覗いてみてくださいね。

C.ストーリーテリングを準備しよう

ここからは自分でストーリーテリングをやってみたいという方向けの内容です。まずはストーリーテリングについての解説本を読んで……といきたいところですが、それだと面白くないですし、とっつきにくいですよね。

もちろん本格的にやりたい、仕事の中でやりたいという方は勉強が必要だと思いますので、そういった方は以下のリンクなどをご参考に。

山梨県立図書館 ストーリーテリング 実践のコツ
https://www.lib.pref.yamanashi.jp/storytelling.pdf
実践的なやり方がわかりやすくまとめられており、参考文献リストに勉強する上でおさえておきたい書籍もまとめられています。

特に東京子ども図書館が出版しているレクチャーブックは、基本を抑える上で役立ちます。

レクチャーブックス | 出版物・グッズ | 東京子ども図書館 http://www.tcl.or.jp/出版物・グッズ/レクチャーブックス/


著者の松岡享子さんの書いた本のお世話になっていない語り手はいないだろうというぐらい有名なレクチャーブックです。
たいてい図書館に置いてありますので、各図書館の検索システムで探してみてください。
マーガレット・リード・マクドナルド著作などの翻訳本も良い本ですが、とりあえずは日本の読み物の方が分かりやすいと思います。

さて、「まずはストーリーテリングやってみたい!」と思われた方、プログラムに取り入れてみたいと思われた方は、とにかく一度実演を見てみるか、やってみるのをオススメしています。

ストーリーテリングに限らずあるあるなのですが、事前の勉強で敷居の高さを感じてしまってやらずじまいという方は多いです。
はじめて人前で語るまでたどり着くのってエネルギー使いますしね。
図書館員でも、自館でやりたいと思いつつ結局忙しくてやらずに数年経ってしまったという方も多いんじゃないでしょうか。

そうなってしまうとずっとやらないですよ。仮に数年後に実施できたとしても、悶々としていた間に図書館に来ていた子どもたちは成長して図書館に滅多に来なくなるわけです。

とにかくやってみましょう。

定例おはなし会のプログラムに突っ込んでみましょう。

ストーリーテリングは短いお話にしておいて、他の絵本を子どもたちの鉄板絵本にしておけば大丈夫です。

手遊びか体遊びも入れておきましょう。

プログラムにちゃんとメリハリがあれば一個ぐらい失敗する演目があっても何とかなります。

まずお話を選びます。最初のおはなしは覚えやすく語りやすい、すでに語り用に整えられたテキストがオススメです。

おはなしのろうそく | 出版物・グッズ | 東京子ども図書館 http://www.tcl.or.jp/出版物・グッズ/おはなしのろうそく/


こちらの「おはなしのろうそく」は頻繁に語りに用いられるテキストです。
覚えやすく、語りやすいおはなしが揃っており、語るときの覚え書きも掲載されています。
短いおはなしも長いおはなしも揃っていて、一番おすすめです。

世界の民話ですと、



こちらも鉄板ですね。私も持っています。語りやすく、面白いおはなしが揃っているので、最初の1冊に向いていると思います。

日本の民話が良いという方は、


などもオススメです。ただ、こちらは幼い子どもには難しいお話が多く、小学生に向けての語り用といったところでしょう。

創作絵本などからテキストをとるのはやめておきましょう。テキストが絵を前提としていることが多いですし、権利的な問題もありますので。民話や昔話などを語り用に整えたものを使うのが一番です。

とりあえず迷ったら図書館で「おはなしのろうそく」シリーズを何冊か貸してもらいましょう。愛蔵版というハードカバータイプもありますし、サイズも小さく持ち帰りも楽なのでオススメです。

これらのテキストの中から、自分の好みのおはなしを探しましょう。
最初は自分が面白いと感じたおはなしで問題ありません。
ただ最低限、対象年齢にあわせて長さは考えましょう。
テキストによっては対象年齢が記載されてますので、参考にしましょう。
語る相手が誰であれ、最初は3分~5分のおはなしをオススメします。

おはなしのろうそく7「ついでにペロリ」
おはなしのろうそく9「だめといわれてひっこむな」
おはなしのろうそく18「ねずみのすもう」
イギリスとアイルランドの昔話「ちいちゃいちいちゃい」
イギリスとアイルランドの昔話「ミアッカどん」
子どもに語る日本の昔話2「鳥呑みじい」

あたりは語りやすいです。

もちろん語り手との相性で、自分の声が低くて力強いなら日本民話のしっかりした語り口の話を選んだり、高くて澄んだ声ならかわいらしい話や情感がある話、などはあるのですが、まだそこまで考えなくても大丈夫です。
楽しく練習できそうなものを選びましょう。

D.ストーリーテリングを練習しよう

つぎにテキストを覚えます。
まずおはなし全体をざっと読んで、流れを掴みましょう。
できればメモを用意して、登場人物や起承転結を書き出すといいでしょう。

誰が、どうして、なにがおきて、こうなりました、めでたしめでたし(めでたいはなしばかりではないのですが)という一連の流れです。

物語というのは不思議なもので、最初に全体をみたとき「こんなもの覚えられるのか……?」と思ってしまうのですが、「流れ」があるとそれらが変わるポイントを起点にして覚えてしまえるのです。

いきなり最初から一行ずつ覚えようとしてはいけません。まず全体を見渡して、一連の流れが頭の中で展開するように想像して読みましょう。

つぎに声に出して読みましょう。
音読です。ちょっと照れくさいかもしれませんが、これができなければ人前で語ることはできません。
しっかり声に出して、全体を読みましょう。
きちんと最初に流れを掴んでいると、この時点で頭の中で登場人物が動き出し、なんだかやれそうな気がしてくるはずです。

してきません? してきたらいいな……。

音読は問題なく声に出せるようなら数回で大丈夫です。では、本格的に頭に叩き込んでいきましょう。

ここからの覚え方は人によって手法が違うと思います。
ご自身がテスト前や受験勉強で使った一番良いやり方を使って下さい。
ちなみに僕の場合ですが、テキストを細かくブロック分けし、1ブロック繰り返してテキストを見ずに出てくるようになったら次のブロック、といったやり方で覚えています。

数ブロック覚えて、お話の1場面が作れるようになったら、通しでまた復習します。ある程度スムーズに出てくるようになったら次の細かいブロックを覚えていく、という繰り返しです。

これで全部を頭に入れた、と思っても、実際最初から語ってみるとうまくいかないはずです。
そうしたらもう一度、テキストを見ながら全体を音読しましょう。
僕はここで何度も音読を繰り返して、一晩寝て、頭に定着させます。

次の日にまた、大きなブロックごとに語れるか試してみましょう。
前の日よりちょっとなめらかになってませんか? 
実感できたら次の段階へ。できなかったらもう一度細かいブロックに分けて覚えていきましょう。

つまりながらもなんとか終わりまでテキストを見ずにたどり着けるようになったら、おすすめしたいのが録音による確認練習です。
スマホでもPCでも何でもかまいません。
最初はテキストを見ながら語ったものと、テキストを見ずに語ったもの、2種類録音してみるといいでしょう。
「思ったより出来ていない」「自分の声ってこんな声なのか」など、様々な恥ずかしさや驚きがあることでしょう。
自分の声が録音されたときのギャップ感を理解している方は、テキストを見ながら語ったものは必要ないかもしれません。

最初は辛いでしょうが、3回ほど聞いてみてください。慣れます。こんなもんなんだな、と知ることができます。
そうしたら、自分ができていないことはどんな所なのか、整理してみましょう。

「なめらかに語ることができてない」ならテキストを見ながら反復練習が必要です。

「人に聞こえる声で語ることができてない」なら慣れと発声の練習が必要です。
音読を繰り返したり、できることなら家族や同僚に聞いてもらいましょう。

「面白い話なのに全然面白くない」なら、最初に書き出した起承転結のメモを見返しましょう。
どこでおはなしが盛り上がるのでしょう。
このお話の登場人物たちはどんな性格で、どんな声で話しているのでしょう。そういったイメージに考えを巡らせてみましょう。

ずっと同じスピードで語っていませんか? 
場面の転換には一呼吸おきましょう。「自分が登場人物なら、ここはどんな言い方になるか」を想像して、溜めや速度の変化をつけてみましょう。

頭のなかにテキストを思い浮かべて、それを目で追ってしまっていませんか? 
頭の中に浮かべるのは登場人物たちが動いている姿です。
頭のテキストを追っているということは、まだお話が入りきっていないのです。
覚える作業に戻って反復練習しましょう。

過剰に感情を込めすぎていませんか? 
おはなしが大好きな方にありがちなのが、「おかあさんといっしょ」のお姉さんのようなテンションで演技を盛りすぎてしまうパターンです。
もちろん感情を込めたりテンポや演出を気にするのは大事ですが、やりすぎると冷めます。
あくまでおはなしの世界に子どもたちに入り込んでもらうことが目的ですので、肩の力を抜きましょう。

あとは録音して、確認して、整理して、練習しての繰り返しです。
慣れるとこのサイクルが短くなったり省略できるようになってきます。

E.ストーリーテリング実施

当日は落ち着いて本番に臨めるよう、準備をしっかりしておきましょう。
お仕事でされる方は、仲間にも共有しておき、助けてもらえるようにしておきましょう。これはストーリーテリングに限りませんね。

子どもたちの人数にもよりますが、できるだけ語り手の顔が見やすいよう、扇形に座ってもらうのをオススメします。
ろうそくを使うのか、部屋の照明は落とすのか、打ち合わせをしっかりしておきましょう。

いきなりストーリーテリングを始めるのはやめておきましょう。
初めてなら特にそうです。
慣れない子たちがいきなり絵本なしの物語がはじまって、何が何やらわからないまま終わってしまうからです。
子どもたちの年齢によりますが、手遊びや短い絵本などで軽くジャブを打って掴みをバッチリしてから始めるのがベターです。

簡単に説明を入れるのもいいでしょう。
「次のおはなしは、絵本は、ありません。みんな耳をすましてよくきいていてね。さあ、おはなしのろうそくはまだまだ燃えています。これからおはなしするのは遠くイギリスに昔から伝わる、ちょっと怖いおはなし……」
なんて言ったこともあります。これはもう語り手のキャラクターによりますね。
すっと始まった方が雰囲気が出る方もいらっしゃいますので、実際にやってみて反応を見て詰めていってくださいね。


おつかれさまでした。これであなたはもうストーリーテリング経験者です。
練習している時は大変だと思いますが、一度やってみると案外できてしまうと思うことでしょう。

うまくいったでしょうか? こどもたちの反応を引き出せたなら成功です。

そこまでいけた方はストーリーテリングがとても楽しいものだと分かってくださるはず。

ただ不特定多数の子どもたち相手の場合は、楽しいだけでは済まないということもあります。
お話の内容や、語り方に関してデリケートな部分もあるかと思います。
このあたりは答えのない問題も多いですので、職場や団体ごとによくご相談いただければと思います。

ともあれ、まずはやってみて、ストーリーテリングがおはなし会や物語の習慣をもっと楽しくしてくれるものであることを知ってもらいたい。
そんな想いでこの記事を書きました。

若輩者の拙い記事ではありますが、迷っておられる方は是非一歩を踏み出して挑戦してみてください。


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