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ポケモンを知らない23歳女のミュウツーの逆襲 感想

ポケモン?
ゲームはした事ない。
アニメは見たことない。

ポケモンは両手の指の数ほどしか言えない。

ピカチュウ…ピチュウ…リザードン?プラスル?マイナン?ソーナンス…?……

正直全く名前があってる自信がない。間違っていたらごめんなさい。でもこれが、

生まれてこの方ポケモンに触れてこなかった23歳女の現実です。

そんな私が先日、

ミュウツーの逆襲 EVOLUTION

を見に行きました。


今回はネタバレ混み混みですので気をつけてください。
と言っても映画の内容自体、何年前の作品やねんって話なのでネタバレも何も無さそうですが。
(ほんまに知らんの私くらいじゃないか?とすら思うほど、周りの人間は全員既に見てる。)

予備知識として、

・ポケモン映画1作目の内容
・ポケモンのクローンが作られ、オリジナルと戦う
・ミュウツーは被害者
・人間のエゴ
・みつさんは大号泣すると思いますよ
・とにかくピカ様

複数の知人から聞いていたのが上記内容でした。

なるほど、とりあえず切なくて泣いちゃうぞ、という感じの映画なんやな。という認識で、ちゃんとハンカチ握りしめて見てきました。

案の定号泣…。

でも、オリジナルピカチュウがコピーピカチュウから攻撃を受けたところよりも、

ピカチュウが必死に階段を駆け上がり悪いモンスターボール?から逃げているところがかなりきました。

私は知らないけど、きっとサトシと長い間積み重ねてきた強い絆的なやつがあるはず。そんなサトシが逃げろピカチュウ!って言ってそれを振り切り、サトシ以外のものに捕まらぬよう懸命に懸命に逃げる姿は本当に…。

ちなみに出てきたポケモンはほぼ軒並み知らなかったのですが、印象深かったポケモンを書き出すと…

・チェッケェップリィィ!!!って本当に言ってた割れた卵
・めっちゃ昔の同級生に顔似ててちょっと嫌な気持ちになった(ポケモンに罪は皆無)顎外れてる水のヤツ
・コダック。名前覚えました。可愛かった!
・前の職場の先輩にそっくりな頭トゲトゲ目付き悪い子
・伝説とかなんとか言うホウオウちゃうん!?って思ったら違う鳥だった子(序盤にサトシ達を監視してた)
・ミュウめっちゃ可愛い。お茶目さん。強いと思えん。
・ミュウツーめっちゃ強そう。頭の後ろの管が邪魔そう。
・サトシのピカチュウ以外のポケモンたちも、みんな可愛かった


確かに、ポケモンは可愛い。

これ、めちゃくちゃ思いました。
ポケモンって、デザインだけ見てもめっちゃ可愛いなーって思うこと正直あんまり無かったんです。
でも動きや表情、言葉がわからなくても伝わる気持ちが感じられて凄く愛くるしい気持ちになりました。アニメって凄い。
この感情って何だろう?と思った時、ペットに近いな、と思ったんですが、
ポケモンをペットと言うのも何だか違う…。
でも感覚的にはペット…。

ペットって言いたくない気持ちってきっと私の中で、
ペットっていう言葉が「人間の所有物」というイメージが拭えないからかと思いました。
ポケモンは1匹1匹自分の意思で生きていて、自分の意思で仲間になってる…んですよね?多分。
であれば、ペットショップで選ばれたペットたちと同じものと分類するには違うというか。
そもそも私はペットショップ反対派ですし、ペットというより別の種の家族って言いたいタイプで、ペットという単語自体いいイメージがあんまり無いってのが大きいかもしれません。
でもこれはまた違う話ですね。

そんな可愛らしい愛くるしいポケモン達が、オリジナルとコピーで戦うことになるシーンはそりゃもちろん胸を打たれました。
見たくないよ〜とうるうるしながら見ていました。
それぞれが力尽きて、お互いに寄り添うように倒れ込むシーンはなんとも言えない気持ちになったり、
技使わなくてもオリジナルに勝てる!っていう理論はいまいち納得いかないですが、この演出の為だったのかなと考えたり。

オリジナルピカチュウはコピーピカチュウに対して反撃をしないという部分がぐっときましたね。
ピカチュウは最初から悲しい顔して戦うのを拒否してたし。
うーん、ピカチュウだけ、そんな風に拒否したのはどうしてなんでしょうか?
他のポケモンが反撃している姿は自然な事だと思いました。自分に攻撃してくる相手に対して例えそれが自分自身のコピーだとしても、防衛として攻撃を返すのは自然ですよね。
ピカチュウはどうしてそれをせずにいられたんだろう。
他のポケモン達とは一体何が違ったんだろう。
これって、ピカチュウとサトシだけの特別な関係があったりとか、ピカチュウだけポケモンの中で特別な何かだったりするんでしょうか?
演出に過ぎないのかな。ポケモンという作品を知らない私としては、ピカチュウと他のポケモン達の違いがわかりません。
何かあるならぜひ教えてポケモン好きな賢い人達!

なんにしろピカ様がとても優しくて暖かいポケモンなんだなという事はとても印象的でした。ピカ様と呼ばれるのも納得。

最後のとき、サトシが鋼になってたのはどういう力だったんだろう?と考えてたんですが、これについては何か考察のようなものがあるんでしょうか?
燃え尽きて死んだ訳では無さそうだし、ミュウとミュウツーの力がぶつかった結果、サトシという命が鋼鉄のような物体になった…という認識なのでしょうがこの辺はどうなんでしょう。
というか、あの時点でサトシは死んで、みんなの愛の力や優しさパワーで生き返ったのだと思ってるんですが…。
それとも死んだのではなく仮死だったのが、みんなの涙によって溶けた感じ?
感動したのでどういう経緯だったかは別に拘らないけどちょっと気になる。
ミュウとミュウツーはオリジナルとコピーだけど、能力には違いがあるはずだし、その違いは説明されてないけど対比として
ミュウは正(光)、ミュウツーは悪(闇)的な力の種類なのかな?とか思っています。

説明は……無かったよな…記憶力に自信が無いので何ともですが。


そういえば!
私、ポケモン達がみんな捕まってコピーにされる!ってなった時点で

「ああ、ポケモンを無くした人間達が素の力でポケモンを取り返し、その末で更に自分のポケモンたちが自分のコピーと戦う羽目になる辛い展開なのかな」

と思ってたんで、自分の中でサトシやポケモンを追い詰めすぎる展開の妄想をしてた事を申し訳なくなりました。
めっちゃすぐポケモンたち戻ってきてくれてびっくりした笑 良かったです。

さて。人間のエゴが描かれた作品だと聞いていたのでその点に着目して見ていた私の、超絶偏りまくったまとめに入ります。

ミュウツーが作られた経緯は正に人間のエゴそのものだと思いました。
ヒトの欲のために操作された命。作られたものであっても今生きている生き物。作中で語られたように問題提起なのだろうと思いました。

近頃話題の遺伝子操作だとか少子化問題について色々と考えました。

遺伝子操作に関しては人によって宗教上の問題や、倫理的問題から意見が別れる部分だと思いますが、
私個人としては非常にロマンのある話題だなと思っていまして。


人間というひとつの生物が短い歴史の中で自分を作っている遺伝子というものを操作する、なんてとんでもない事です。たくさんの賢い人達が良き未来のため研究してきた事だと思っていますし、遺伝子という自らの根源についての興味はとてもあります。
でもその反面、もうこれ以上は踏み込んでは行けない範囲なのではないか、という意識は強くあります。
ミュウツーが言ってた言葉もとてもそこに繋がるんじゃないかなと感じました。
自然からは逆らう形で生まれた命ですから。

まあ遺伝子操作が当たり前の世界になった時、それが自然ともなるでしょうし、価値観は毎日、毎秒変化するものだとも思っているのですが。

少子化についてですが、私は昔から

「産んでくれと頼んだ覚えはない」

という気持ちがずっとあり、
親に感謝はすれど生まれた事に対しては悲観的です。
生まれることは選べないのに、生まれた途端なぜかも分からずとにかく生きていくために世界に投げ出される。ただ生まれたっていうだけだった命が、生きがいとか意味とか死とか、考えていくことになる。子供の頃なんて一人で生きてもいけないし、世界は死ぬ事をなかなか許してはくれないし。死のうと思ってもリスクや苦痛が伴うなんて。選ぶことも出来ず、生きる為には働いて苦難を乗りこえ我慢して無理やり楽しみを見つけて…私は無責任だ!なんて思ってしまいます。念押しですが、親は大好きだよ。

そういう意味で、ミュウツーの「誰が産んでくれと頼んだ」はとても共感出来ました。
ってか、これが共感される世の中やばくない?

ミュウツーの苦悩は計り知れないものがあると思います。産まれたばかりで不安定な心と強すぎる力を持ったアンバランスないきもの。誰も教えてくれない、支えてくれない、目指す場所もない。そんなミュウツーが目にした、目に見えない絆という存在。

「なにか」をきっと感じて、ミュウツーはコピーであっても自分は自分として生きようと思ったんだな、と解釈しています。

一緒にコピーとして生まれた他のポケモン連れて行ってくれて良かったな〜と思いました。私の想像ではみんな死ぬのかと思った(ポケモンって事忘れてるやろ)。

人のエゴによって生まれた存在は無責任にも放り出され、自分自身の力で「人の為でない生き方」を見つけていかなければならない。

どの時代もこのテーマって心に響くんだな、と実感しました。
命を軽んじてはいけない。例えそれが小さくても大きくても命は命。そして生まれた命には責任を持たなければいけない。まだ産まれたばかりの赤ちゃんなミュウツーは、投げ出された世界でこれから自分自身としての一生を見つめていくんだな…。

ポケモンも人間も変わらない、命とか社会とかに振り回されて生きていく。そんな中で輝くものを抱きしめて生きていくんだなあ、と。

きっとこれは希望の物語で、生きとし生けるものに対する夢だったんだなと思いました。

自分の存在とか考えることって私は尊いものだと思う。そんな思想なくてもただ生きるだけでいいんだ!という気持ちもわかります。
でも、ただ生きるだけ、という事が辛い人にとっては、ミュウツーのように迷いながらでも前に進む姿はとても頼もしく見えました。
どうか旅だった先で幸せにね!


と、まあ結論としては、

すべての生命やその思想について考えるきっかけになったし、
ポケモンも可愛かったし、
面白くて時間はあっという間だったし!

とても素敵な作品でした。愛され続けるのも理解出来る。


あ、でも初めてちゃんと見たサトシが、

未来少年コナンか!?ってくらい壁に張り付いてたのには笑いました!

君、ポケモンと並んで戦えるよ。


また機会があれば、昔のバージョンの映画も見たいと思いました。

お疲れ様でした。ありがとうポケモン!


おみつ

2019/07/24 あめ

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