01✒︎『たたみかた』僕らの読後感/コピーライター・志賀章人さん


■『たたみかた』を読んでみて

「もう一度、考えることをはじめませんか?」

『たたみかた』は、そう語りかけている本だと思う。

考えるって、しんどい。「脳に汗をかく」なんていうけれど、マラソンを走るような忍耐力がいる。ぼくはそれに耐えきれず、いつも途中であきらめてしまう。100mも走らないうちに、歩きはじめてしまうのだ。

そうして、考えることから逃げ続けたまま、ぼくは大人になってしまった。口ぐせは、なんとなく。なんでも「なんとなく」で済ませてきたせいで、思考力は自分のだぶついたお腹のように衰えてしまっている。

幸か不幸か、考えることを他人まかせにできる社会である。「難しいことは頭のいい人たちに任せておけばいい」と言いながら、自分はソシャゲの単純作業に打ちこむ。ここで求められる思考はとてもシンプルだ。ぼくはただ「1+1=2」みたいに答えが分かりきった単純思考を積み重ねていけばいい。

一方で、考えることから逃げなかった大人もいる。たまに彼らと会っても、もはや共通言語が存在しない。話についていけないのだ。悔しくなるのは、同世代にたくさんの知の巨人がいること。政治について。経済について。福島について。なんとなくすら分からない大きな世界の問題について、自分の考えを述べている大人たちがいる。

いつの間に差がついたのか。考えることをしてこなかった自分に微かな劣等感をおぼえる。ぼくは、ついに大人になりそこねてしまった。でも、まぁ、しかたがない。彼らと自分は別世界に生きているのだ。ぼくはただ、なんとなく生きていければそれでいい。それでいいんだ、と、あきらめてしまう瞬間が30代にはある。

少なくとも、30代になったぼくはそう思っていた。しかし。

「だいじょうぶ、私も同じだから。
 だから一緒に、もう一度、
 考えることをはじめてみませんか? 」

『たたみかた』という本は、あきらめかけていたぼくに、そう語りかけてくれているように思ったのだ。

✒︎

『たたみかた』を読み終えたとき、ぼくの頭はほんのり熱を帯びていた。

ふだん使わない脳みそを使ったせいで、節々で筋肉疲労を起こしたのだろうか。「共感」やら「気になる」やら「知識」やらの洪水が押しよせ、頭の中がそこかしこでかき乱された直後の、なんだかよく分からないモヤモヤが頭いっぱいに充満していた。まるで、川の奥底を掘り返して、モヤモヤと沈殿していた土やらゴミやら微生物やらが浮かびあがってきたように。でも、それは放っておくと、あっという間に元どおり。何事もなかったかのような穏やかな川面に戻ってしまう。

この本をどうあつかえばいいのか。読んだあとにどうしたらいいのか。ぼくにはわからなかった。このまま、ほかの本と同じように、読み終えた瞬間から穏やかに忘れていってしまうのだろうか。

それだけはいやだ、と思った。

■心に残った話、言葉

5月23日、久しぶりに三根さんたちに会えることになった。そこで、『たたみかた』の中でいちばん印象に残った言葉を胸に抱いて持っていくことにした。それについて、ひとつでも会話のキャッチボールをしてみよう。

『たたみかた』に掘り起こしてもらった「モヤモヤとした何か」を、そのまま地面に着地させてしまうのではなく。どうにか掴んで、自分のものにしよう。ぼくにとっての考えることの一歩は、そこからはじめられるような気がしたのだ。

「言葉の限界がここにはあって、永井さんの感じたショックや感動を、私は決して分かち合うことはできない。」

ぼくが持って行ったのはこの言葉。その文意は『たたみかた』を読んでほしいのだが、「人間として、ソマリアを救わなければいけないと思った」という活動家の動機が語られている。

人間として──誰にでも意味はわかるし、納得もできるだろう。しかし、実感が持てない。その言葉を心の底から理解するには、言葉に紐づけるべき自分の体験が足りない。そんな、インタビューアーの三根さんの気持ちなら、心の底から理解できた気がしたのだ。

言葉の限界。この問題に対して、ぼくたちはどう向き合っていけばいいのだろう。ぼくは、本に対する理解は、自分の体験のあとについてくるものだと思っている。体験として知っていることを、本によって言語化してもらうことで確認する。そうすることで体得して定着する。それが本を理解するということだ。逆に、背伸びをして読んだ本の中に、どれだけいいことが書いてあっても、分かったような気にはなるが、結局は分からないまま、すぐに忘れていってしまう。

そのとき、ふと、自分の今に結びついた気がした。ぼくは今、仲間と新しい会社を立ちあげようとしている。旅先で、その場で読めるトラベルガイドをつくる会社だ。いわゆるガイドブックにあるような情報ではなく、その土地に根付いた物語を書いていきたいと思っている。そこでぼくがやりたいことは、体験と本にある言葉の距離を近づけることなのかもしれない。その場で体得して定着して理解できるような。そうか、そういうことなのかもしれない。

ぼくは、この極めて個人的な感想を三根さんにぶつけた。少し困らせてしまったかもしれない。でも、なにが言いたいのか分からないようなぼくの話を、三根さんは黙って聞いてくれた。

そして、三根さんはこう言った。「自分が書いた本については一言一句覚えているんですけど、たしかに、書いてあることを忘れてしまう本もありますよね。でも、何か一言でも胸に残り続ける言葉があったりするなら、それが私にとって出会ってよかった本になります」と。

そうか、と思った。ぼくにとって『たたみかた』は出会えてよかった本だ、と思った。

ぼくは三根さんと話がしたくて、『たたみかた』にあるたくさんの文字の中から、最も心に残った文章を抜き出した。そして、(じつはプリントアウトしてまで)胸に抱きしめて、三根さんに会うまでの数週間を過ごした。その一言一句を覚えていなくとも、そこに書いてあることや、それについてぼくが考えたことは頭と心に残っていた。

考えることをひとつ、はじめられたのかもしれない。そんな気がした創刊号。次号は、どんなきっかけをもたらしてくれるのか。ぼくは、この「30代のための新しい社会文芸誌」が「ぼくのための新しい社会文芸誌」に思えてならない。

✒︎

志賀章人さん、ありがとうございました。志賀さんの書くコピー、文章は本当に温かいなぁと思います。

志賀さんは、オーディオのトラベルガイドを楽しむことができるスマホアプリ『ON THE TRIP』(5ヶ国語対応)をカットオーバーしたばかり!
あらゆる旅先を博物館化する、その理念のもと、日本中をぐるぐると巡っています。羨ましいなぁ。(編集長・三根かよこより)

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『たたみかた』僕らの読後感

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