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統計検定1級 統計応用 社会科学の対策で役に立った書籍・資料

統計検定1級の統計応用は人文科学・社会科学・理工学・医薬生物学の4つからの選択となるが、このうち社会科学では経済(特に計量経済学)や保険・金融などの分野で用いられる統計の理解を問う問題を中心に出題される。

社会科学については、理工や人文科学と比べると受験者が少なくWeb 上で対策情報もやや見つけにくく思えたので、自分が学習するうえで役に立った参考資料を紹介する(なお、執筆時点で筆者の合否は未定です → 無事受かってました!)。

出題範囲

詳細は公式ページを参照のこと。
https://www.toukei-kentei.jp/exam/grade1/

応用4分野共通する事項として標本調査法・実験計画法・重回帰分析・多変量解析・確率過程・時系列解析などがあるが、この中でも特に重回帰分析・時系列解析・標本調査法の比重が高めである。

加えて、社会科学特有の内容として、計量モデル分析・パネル分析などの計量経済学で学習する内容や、経済指数の理解を問われる内容も出題される。

よく出題される分野

以下の内容は、その中でも出題頻度が高く、事前に重点的な対策しておくことが望ましい事項である:

  • 線形回帰・自己回帰(AR)時系列モデル

  • 層別抽出法

  • 経済指数

そのほか、数理統計と共通する事項として確率分布の理解を問われることも多い。
また、行列演算についての理解が求められることもある(やや高度なので、数学に自信のある人以外は捨て問にしても良いかもしれない)。

一般的な事項の把握

対策のための参考書籍として、まずは公式テキストである以下を挙げる。

  • 日本統計学会 編、増訂版 日本統計学会公式認定 統計検定1級対応 統計学(東京図書、2023)

ただし、既に試験対策をされたことのある方であればご存じだと思うが、応用分野の解説は記述が非常に簡潔で、ワード紹介程度に留まるケースも多い。

したがって、一度出題範囲の概要をさらっと確認するために目を通したうえで、あとから優先度をつけつつ順に個別に行間を埋めていくのが良いだろう。

過去問題集

実務教育出版から過去問集が出ている。
本記事執筆時点で最新版は以下である:

  • 日本統計学会 編、日本統計学会公式認定 統計検定1級 公式問題集[2019~2022年](実務教育出版、2023)

出版社 HP や Amazon 等 EC サイトを確認すれば、2012年まで遡って入手できる。

ただし、闇雲に問題数をこなすよりかは、少なくとも最初のうちは比較的直近の問題数年分を時間をかけて解き、わからなかった問題についてはその周辺事項・背景含めてしっかり調べる学習方法を取る方が理解が進み応用力がつくだろう。

確率・統計の基本事項

基本的な統計量や確率分布の種類・性質については、数理統計と共通する。上記に挙げた公式テキストの第1~2章の内容は数理統計の対策も兼ねて理解しておくのがよい。

また、統計的仮説検定の知識が問われる問題が出題されることもある。

この辺りの内容についてはネット上を探せばいくらでも情報が見つかるはずなのでここでは特に触れない。

一冊だけ紹介すると、以下は統計の考え方・手法について図と具体例を交えながら丁寧に解説されており、試験対策関係なく参考になる。

  • 毛塚 和宏、社会科学のための統計学入門 実例からていねいに学ぶ(KS専門書、講談社、2022)

重点分野の学習

以下、前述した重点的に学習することが好ましい分野についての参考書籍・資料を紹介する。

線形回帰〜計量経済学一般(時系列を除く)

以下に挙げるような計量経済学のテキストは、基本的な回帰分析や計量経済学のモデルの扱い方に慣れるうえで役に立つ。

  • 山本 勲、実証分析のための計量経済学(中央経済社、2015)

  • 田中 隆一、計量経済学の第一歩 -- 実証分析のススメ(有斐閣、2015)

特に、前者の山本勲「実証分析の〜」は、数式による説明は最低限に抑えて平易に現実問題への適用方法・モデルの解釈の仕方を解説していることに加えて、切断回帰・打ち切り回帰(トービットモデル・ヘーキットモデル)やパネル分析(固定効果・変量効果モデル)といった出題範囲に含まれるものの分野外の人にはあまり聞き馴染みのない手法についても解説がなされており、おすすめである。

ただし、上記だけでは数式・計算の面で不足するので、以下も併せてお薦めする:

  • 山本 拓、計量経済学 第2版(新経済学ライブラリ 12、 新世社、2022)

こちらの書籍は行列を使わずに回帰分析を中心とした計量経済学の標準的な手法を丁寧に解説している。

なお、線形回帰に関連して行列を用いた問題も時折出題されるほか、行列表記を理解しておくと見通しが良くなるケースも存在する。
数学に自信のある人には、ややレベルは高いが以下をお薦めする。

  • 佐和 隆光、回帰分析(新装版、朝倉書店、2020)

時系列分析(特に自己回帰)

時系列分析では自己回帰・移動平均モデル(ARMA、ARIMA モデル)が有名だが、試験では自己回帰モデルが出やすい。
いずれにせよ、基本的な線形回帰モデルの延長線上にとらえることができるので、上記に挙げた回帰分析周りと合わせて学習を進めるとよいだろう。

とはいえ、時系列特有の性質・考え方もあるので、それらを解説した書籍をいくつか紹介する。

  • 馬場 真哉、時系列分析と状態空間モデルの基礎: RとStanで学ぶ理論と実装(プレアデス出版、2018)

通称、隼(ハヤブサ)本。前半が ARIMA モデル周辺の基本的な考え方の解説に割かれている。図も多く、R による実行方法も解説されているので、イメージも湧きやすい。
後半の状態空間モデルの話は、筆者の知る限り試験でこれまで出たことがないので、余裕がない限り(試験対策としては)手を出す必要はない。

  • 沖本 竜義、経済・ファイナンスデータの計量時系列分析 (統計ライブラリー、朝倉書店、2010)

通称、沖本本。数式面での解説が一通りなされている定番書籍。
これの少なくとも第3章までの内容を一通り手で追うことができれば、自己回帰周りの問題で困ることはだいぶ減るだろう。

ただし、沖本本でも数理的にやや突っ込んだ話は割愛されている場面もちらほら見受けられる。
そのようなケースでは、大部かつ日本語版が入手困難であるものの、以下の書籍が役に立つ:

  • J. D. Hamilton, Time Series Analysis (Princeton Univ Press, 1994)
    邦訳: J. D. ハミルトン(沖本 竜義、井上 智夫 訳)、時系列解析〈上〉定常過程編(シーエーピー出版、2006)

層別抽出法

層別抽出法がまとまった書籍を筆者は知らない。
しかし、A/Bテスト(ランダムコントロール実験)の文脈で分散抑制し統計的仮説検定の検出力を上げるための方法について論じた以下の論文に比較的詳しい解説があったので、筆者は数式を追いながら読んだ:

※追記
「標本調査法」で検索するといくつか書籍でも見つかるので、そちらを参照してみると良いかもしれない(来年また受けることになったらそうします)。

※再追記
下記の書籍(有名な東大出版の統計「赤本」のシリーズ)の第3章 標本調査法に内容・ボリューム共にちょうど良い解説があった。
しかも、執筆は統計検定にも創設時から関与されている現・滋賀大学長の竹村彰通氏である。

これはもう、こちらで学習しない手はない(なんでもっと早く気が付かなかったんだ!)。

それ以外の章も社会科学の試験対策に役立ちそうな内容が多いので(ただし、後半はどちらかというと人文科学寄り)、来年また受ける場合はこの本の行間を埋めるように学習をしようと思います。

  • 東京大学教養学部統計学教室 編、人文・社会科学の統計学(基礎統計学II、東京大学出版会、1994)

経済指数

こちらも経済指数としてまとまった書籍という形で推薦できる資料は存在しない(追記:上記の東大出版の本にも一部記述がある)。
ただし、出題範囲表や公式テキストに掲載されている内容を一通り理解して過去問を解いておけば問題ないだろう。

直近で出題されたものだと、以下が挙げられる:

  • パーシェ指数・ラスパイレス指数

  • ローレンツ曲線・ジニ係数

このうち、ラスパイレス指数・パーシェ指数については公式テキストに解説があるので確認しておくこと。
ローレンツ曲線・ジニ係数は、2019年の問2で出題された。

なお、両者ともにただ覚えておけばある程度まで回答できる類の問題は既に出題されている。
しかし、2023年の問2では、ローレンツ曲線という名前こそ出てこなかったものの、その意味するところと定式化を理解しておくと解答が有利になる問題が出題された。
このように今後も形を変えて出題される可能性はありえるので、分量もそこまで多いわけでもないので一通り押さえておいて損はないだろう。

その他のトピック

上記以外で、余裕があれば学習しておくとよさそうなトピックについていくつか書籍と共に紹介する。

切断回帰

上記で述べたように、出題範囲となる計量経済モデルのうち時系列モデルを除くものは、概要面では山本勲「実証分析のための計量経済学」、数式面では山本拓「計量経済学」が参考になる。

しかし、切断回帰(と出題表にはないものの打ち切り回帰)の数理面だけは、山本拓「計量経済学」で解説がなされていない。

こちらについては、以下の書籍が参考になった。

  • R. Breen(水落 正明 訳)、打ち切り・標本選択・切断データの回帰モデル (計量分析One Point、共立出版、2022)

切断回帰・打ち切り回帰はこれまで(少なくとも筆者の知る範囲では)直接出題されたことはないものの、考え方は押さえておくと役に立つだろう。
実際、2023年ではこのおかげで小問を1問解答することができた。

行列・線形代数

線形代数の基本事項については、固有値分解あたりまでは一度は学習経験があることが望ましい(なくてもなんとかなることも多いが)。

そのうえで、統計学や計量経済学でよく遭遇する計算・演算を押さえておきたい場合には以下が役に立つ:

  • 永田 靖、統計学のための数学入門30講 (科学のことばとしての数学、朝倉書店、2005)

それでも足りない場合は、やや too much ではあるものの以下を参照するとよいだろう:

  • D. A. ハーヴィル(伊理 正夫 監訳)、統計のための行列代数 上・下(丸善出版、2012)

統計的因果推論

統計的因果推論と呼ばれる話題のうち、明示的に試験範囲に含まれる内容のほとんどは先に掲げた計量経済学の書籍でカバーできる。しかし、「因果関係」という視点で整理し直すと役に立つ場合もあるだろう。
また、傾向スコアを用いた手法などは出題範囲として明記されていないものの、今後この辺りの話題を意識した出題があってもおかしくない。

実務に役に立つ考え方も多いので、例えば下記のような本を見ておくとよいだろう。

  • 安井 翔太(著) 株式会社ホクソエム(監修)、効果検証入門〜正しい比較のための因果推論/計量経済学の基礎(技術評論社、2020)

  • 高橋 将宜、統計的因果推論の理論と実装(Wonderful R、共立出版、2022)

オマケ: 電卓の使い方

統計応用では簿記や経理で使うような事務用電卓の持ち込みが可能であり、一部の問題は具体的な数値を用いた計算が必要になる。
対策が後手にまわりがちで、筆者も試験直前に YouTube で使い方を解説した動画を探して2倍速で見るくらいのことしかできなかったが、余裕があるうちに例えば適合度検定などを例に練習しておけばよかったなとギリギリで感じた。

おわりに

以上、来年以降統計検定1級で社会科学を選択する受験者の役に立てばと思います。



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