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碧空戦士アマガサ 第1話「天気雨を止める者」 Part4(Re)

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【これまでのあらすじ】
 突如現れた怪人の行使する異能により、広場は人々が殺しあう地獄と化した。正気の者を守るべく戦う晴香であったが、徐々に追い詰められ、とうとう死の危機に直面する。
 そこに現れたのは、超常事件の重要参考人、白いレインコートの男<アマガサ>であった。彼は晴香に微笑むと、手にした番傘を天に掲げ──白銀の戦士へと、変身した!

- 4 -

「任せて。この雨は、俺が止める──いくよ、カラカサ」

『任せろぃ!』

 呼びかけに応じた相棒を天に掲げ、アマガサは高らかに叫んだ。

「変身!」

 番傘の先から白い光が撃ち出され、アマガサの身体へと降り注いでいく。晴香の視界を包む白い光は天気雨に乱反射して虹となり、その身体に収束していく──

「なんだ……!?」

 晴香の問いに答えるように、その光が収まった。そこに佇むのは──白銀の鎧に身を包んだ、ひとりの戦士。

 白い鎧に、煉瓦色の胸当て。雨合羽の如き白いマントが翻る。天に掲げた真紅の傘銃──西洋のランスにも似たそれをゆっくりと引き下ろすと、彼は凛と言い放った。

「俺は傘。全ての雨を止める……番傘だ」

 アマガサの宣言が開戦の合図となった。

 周囲の怪人たちが刀を構え、一斉に飛びかかる。もっとも早く到達した一太刀を最低限の動きで回避すると、アマガサは流れるような回し蹴りを怪人の頭に叩き込む。

「あっ……!」

 晴香が思わず声をあげた。先ほどの自分の経験が頭をよぎる。水を叩いたようにぱしゃんとその首が──

「大丈夫」

 晴香の言わんとすることを察したのか、アマガサは力強く宣言した。

 敵の首が、形を保ったまま吹き飛んだ。残った身体は単なる水の塊となり、噴水が止まるかのように崩れ散る。首のほうは数メートル先の地面に落ちて、水風船が割れるように爆ぜ消えた。

「俺は、こいつらの天敵だ」

 アマガサは次なる黒い人型が振り下ろした太刀を番傘で受け止め、その顔面に掌底を打ち込んだ。パンッと音を残し、その首が消失する。

 残りの黒い人型は、アマガサを警戒するように一歩ずつ下がった。同時に響く──錫杖の音。

 シャンッ!

「! あぶねっ!」

 アマガサが飛び退いた一瞬後、それまで彼がいた場所が爆ぜた。

「……勘の良い奴だ」

 それは、烏帽子の狐男が発した声であった。その手からは薄く煙が上がっている。アマガサは空中で、手にした傘をそちらに向け──引き金をひいた。

 ドウッと重い銃声が響く。番傘の先端から光の弾が放たれ、烏帽子の狐男へと飛んでいく。狐男は身を翻してそれを回避し、再び地面に錫杖を突いた。

 シャンッ。

 澄んだ音と共に、残った三体の黒い人型が同時にアマガサを襲う。彼は着地と同時に襲いきた斬撃を、籠手と脛当てで受け止め──その名を呼んだ。

「カラカサ!」

『おうよ!』

 いつの間にやらアマガサの手を離れていたその番傘が、空中に跳ね上がる。そして、黒い人型たちへと光弾の雨を降らせた。人外たちはたたらを踏んで連携を崩す。

 アマガサは人外たちに拳や蹴りを叩き込んで距離を取った。そして落ちてきた番傘を手に取ると、厳かな声で言い放つ。

「全ての雨は──俺が止める!」

 そしてその場でターンしながら、アマガサは傘の先端から光の弾を放つ!

 ドドドゥッッッ!!!

 全ての光弾が黒い人型に着弾し、轟音と共に爆散せしめた。

「やった……!」

 晴香が声をあげる。立ち上る水蒸気が周囲を白く染める中、アマガサは雨合羽を翻して番傘を広場の中央──烏帽子の狐面の男へと言い放った。

「残るはお前だけだ。"原初の雨狐"」

「……その力」

 "原初の雨狐"と呼ばれた烏帽子の狐男は、右手に携えた錫杖を槍のように構えながら、呟く。

「妖(アヤカシ)……否、九十九神か?」

 狐面の目が細まる。そこへきて、晴香は気付いた。

「あの顔……もしかして、ただの面じゃないのか?」

 面だと思っていたそれは、怪人が視線を動かしたり喋るたびに生き物めいて動いている。その呟きに頷いたのは、アマガサだった。

「そう。さっきの黒いやつと同じく、あいつも人間じゃない」

 アマガサは銃口を烏帽子の狐男へと向けたまま、言葉を続ける。

「奴らは雨狐(アマギツネ)。あなたに大怪我を負わせた怪人だ」

「雨狐……」

 晴香がその言葉を反芻するうちに、アマガサは番傘を、烏帽子の狐男──<雨狐>は錫杖を構え、敵の隙を伺いながらゆっくりと動き始める。

 一歩、二歩、三歩。

 互いの距離を保ったまま、両者の歩調は徐々に早くなり──先に動いたのは、アマガサ!

 ドウッ!

 轟音と共に、傘銃から光弾が放たれる。烏帽子の雨狐は闘牛士のごとく、横回転してそれを受け流し、右手の錫杖を地に突き立てて大地に妖気を送り込む。

 そして──大地が脈動し、アマガサの足元から土の三角錐が生え出でる!

「うおっ!?」

 アマガサは僅かな兆候を察し、驚きながらも横跳びにそれを回避した。受け身をとった勢いで跳ね上がると、アマガサは空中で引き金を弾く。

 放たれた光弾は過たず烏帽子の雨狐へと向かい──その時、アマガサが叫んだ。

「行けッ!」

 アマガサの声に応えるように、その光弾は散弾となって雨狐へと降り注ぐ。しかし──烏帽子の雨狐は、動じなかった。

「……甘い」

 そいつは右手一本で錫杖を振るい、全ての光弾を軽々と捌き、弾いてゆく。そしてその最中、空いた左手を上げて無造作に振り下ろす──刹那。

 ズアッ──!

 黒い妖気の塊が爪の形となり、アマガサへと襲いかかる!

「なっ!?」

『湊斗、危ない!』

 虚を突かれたアマガサが声をあげる中、代わりに反応したのは番傘のカラカサだった。彼は自ら傘を開き、盾めいてアマガサを庇う。

 黒い爪撃は番傘によって弾かれ、背後のビルに巨大な爪痕を残した。烏帽子の雨狐は目を細め、呟く。

「……運のいいやつだ」

「あっぶねぇ……。雨がなくても色々できるのか。厄介だな」

 アマガサは再び番傘をたたみ、構える。対する烏帽子の雨狐もまた、錫杖を槍めいて構え直す。空気が焦げんばかりの緊張感の中──烏帽子の雨狐が、呟いた。

「九十九神。低級とはいえ、神がなにゆえにヒトの側につく?」

『誰が低級だ、誰が!』

 アマガサの手元で、番傘<カラカサ>が声をあげた。アマガサは「まぁまぁ」とそれを諌めると、言葉を続けた。

「色々あるんだよ。さて……」

 アマガサは懐から扇子を取り出し、開く。見事な龍の描かれたそれは、食い逃げ犯を叩きのめしたときに手にしていたものだ。

「九十九神の力、見せてやる」

 アマガサは不敵に言い放つと、その扇子をフリスビーのように投げ放った!

「行くよ、リュウモンさん!」

『任せろィ!』

 <リュウモン>と呼ばれたその扇子は、老人のような声を残し──即座に、加速する!

「ぬぅッ!?」

 ギンッ!

 烏帽子の雨狐は、咄嗟に錫杖でそれを弾いた。超自然の風を纏ったリュウモンは自らを刃と化し──空中でその身を翻し、再度雨狐に襲いかかる!

『まだまだァッ!』

 高速で飛び回るリュウモンの攻撃に完全には対応しきれず、雨狐の装束にいくつかの裂傷が走る。

「このっ……!」

 雨狐は忌々しげに呟き──その死角から、殺気!

「食らえっ!」

「チィッ……!?」

 リュウモンの攻撃の間を縫い、音もなく間合いを詰めたアマガサの蹴りが、雨狐の腹を狙う。雨狐は辛うじて腕でガードしたが、アマガサは機を逃さず、連打を繰り出す。

「貴様ッ……!」

「ハァッ!」

 前蹴り、回し蹴り、右ジャブ、肘……途切れず繰り出されるアマガサの攻撃を、雨狐は捌き続けるが──とうとうその姿勢が、崩れる!

『そこじゃァッ!』

「くっ……!」

 生まれた隙を見逃さず、リュウモンが渾身の突進を繰り出した。烏帽子の雨狐は、錫杖を掲げてそれを防ぐ。が──

『甘いわァッ!』

 ゴッ─!

 接点を中心に、緑色の竜巻が吹き出した!

「なっ──!?」

 竜巻は烏帽子の雨狐を悲鳴ごと呑み込み、瓦礫と共にビル壁に縫い付ける!

「ぐあっ……!?」

『どうじゃ!』

 リュウモンが声をあげる中、アマガサは手にした番傘を天に向け、相棒へと呼びかける!

「行くよ、カラカサ!」

『妖力解放!』

 番傘の先端から、白い光が溢れ出す。そして広場に注ぐ天気雨が、虹色に輝き始めた。虹の光は帯となり、壁に埋もれた烏帽子の雨狐に巻き付き、拘束する。

「ぬゥっ……!?」

「トドメだ、"原初の雨狐"」

 アマガサは銃口を──その先端に膨大な妖気を蓄えた番傘を、烏帽子の雨狐に向けた。

 そして、決断的に言い放つ。

「この雨を、終わらせる!」

『出力全開!』

 ドゥッッッ!!

 カラカサの声と共に放出された膨大なエネルギーは、周囲の天気雨を蒸発させながら、烏帽子の雨狐を消滅させんと迸り──

 ──射線上に現れた二つの影によって、光の奔流は断ち切られた。

「なっ──!?」

 アマガサが驚愕の声をあげる。裂け割れた光の奔流は明後日の方向へと飛び去り、消滅する。

「派手にやられたなァ、<紫陽花>よ」

 もうもうと立ち込める煙の奥から聞こえた声は、アマガサの全力の攻撃などなかったかのような、悠然とした口調だった。

「っ……新手か……!」

 アマガサが身構える中、煙が晴れてゆく。そして姿を現したのは──二体の雨狐だった。

 片や、血のように赤き鎧武者。

 片や、鮮やかな赤金の花魁。

 それらはアマガサのことなど歯牙にもかけず、地に伏した烏帽子の雨狐へと呼びかける。

「おーい、生きてるか、<紫陽花>?」

 烏帽子の雨狐──<紫陽花>と呼ばれたその者の頭を、鎧武者は刀の鞘でコンコンと叩く。その様を見て花魁はカラカラと笑った。

「やめたげなよ王様、結構ぼろぼろだよ?」

「<イナリ>……様……? <羽音(ハノン)>様も……何故……?」

 満身創痍の紫陽花は、二人の雨狐へと問いかけながら身を起こす。花魁──羽音(ハノン)と呼ばれた雨狐は、その様を見て「あらあらあら」と声をあげた。

「下手に動かない方がいいわよ、紫陽花ちゃん」

「今おめーに死なれると困るからな。それに──」

 イナリはぶっきらぼうにそこまで言うと、言葉を切る。そして、そこへきてようやく、アマガサへと注意を向けた。

「面白そうな奴が出てきたからな」

 そしてイナリは腕を組み、武器を構えたアマガサへと問いかけた。

「九十九神を従え、妙な力で変化(ヘンゲ)する、"原初"を知る男……面白ぇじゃねぇか。お前、名は?」

「……天野、湊斗(ミナト)」

 アマガサはそう答えると、手にした傘銃を構え、言葉を続けた。

「全ての雨を止める──お前たちの、天敵だ!」

 アマガサはそう吼えて、引き金を弾いた。番傘の先端から光弾が立て続けに放たれ、三体の雨狐へと襲いかかり──

 刹那、それらは炸裂することなく、消滅した。

「っ!?」

「上等だ、アマノミナト」

 狼狽えるアマガサを、イナリが嘲笑う。そいつはいつの間にか刀を抜いていた。

「斬り裂いた……!?」

 アマガサの言葉を聞き流し、イナリは獰猛な笑みと共に口を開く。

「てめェの戦、受けて立とう。ただし……今のてめェじゃ、退屈が過ぎる。だからよ」

 イナリは言葉を切って振り返る。そして右手の刀を構えると、なにもない空間を横一線に斬り裂き──刹那。

 バヂバヂバヂバヂヂヂヂヂ!!!!

 雷光が迸り、猛烈な光がアマガサを染める。溢れ出す暴風のごときエネルギーが、アマガサを、そしてその戦いを見守っていた晴香を襲う。

「な、なんだ……!?」

 先に"それ"に気付き、声を上げたのは──晴香のほうだった。

 イナリの背後、斬撃によって生じた謎の裂け目から、色が溢れ出してくる。それは水を入れすぎた絵の具のように空間に浸透し、侵食し、瞬く間に風景を滲ませてゆく。

「っ……あれは……!」

 その光景を見て、アマガサもまた声を上げた。いつしか雷光は鳴りを潜め、滲んだ風景だけが残されて──少しの間を置いて、まるでカメラのピントが合うかの如く、"それら"の姿が結像した。

 イナリの背後に佇む、30体ほどの雨狐が。

「雨狐の……群?」

 晴香が呟く。イナリは雨狐の群の中心で腕組みし、挑発的に首を傾げて言い放った。

「退屈しのぎだ。ゲームといこうぜ、アマノミナト」

「……なんだと?」

 アマガサの問いかけに、イナリは獰猛な笑みのまま答える。

「ルールは簡単だ。こいつらを全滅させりゃァ戦ってやる。その前に死んだらそれまで。どうだ?」

「ッ──ふざっけんな!」

 叫び、アマガサは地を蹴る。一瞬でイナリへと間合いを詰め、必殺の蹴りを放つ──しかし。

「だめだよぉ、ミナトちゃん?」

 そこに流れるような動きで割って入ったのは、花魁装束の雨狐──ハノン。手にした鉄扇でアマガサの蹴りをいとも容易く受け止めて、彼女はその細腕をゆっくりと伸ばし──

「今のまんまじゃ、すぐ死んじゃうよ?」

 そんな言葉と共に、アマガサの胸板をトンと叩いた。

 ドンッ!

「がっ……!?」

 緩慢な動きとは裏腹に、アマガサの全身を襲った衝撃はすさまじかった。アマガサは数メートルほど吹き飛ばされ、受け身すら取れない状態で晴香の眼前に叩きつけられた。

「お、おい、大丈夫か!?」

「ゲホッ……くそっ……」

「羽音の言う通りだぜ、アマノミナト」

 辛うじて起き上がったアマガサを嘲笑い、イナリは言葉を続けた。

「まァ、まずは第一関門だな……出てこい、アマヤドリども!」

 イナリが声をあげた。その声に応えるように広場中の水溜りが虹色に輝きだし、黒い水柱が立ち上がり──黒い人型を形作る。その数は先ほどの比ではなく、100体ほどの群れとなってアマガサと晴香を取り囲む。

「っ……これは……!」

 ふらつきながらも武器を構え、辺りを見回すアマガサ。その様を見て笑いながら、イナリはさらに声をあげた。

「まだ行くぜ? 紫陽花!」

「……御意に」

 ──シャンッ。

 いつの間にか回復していた紫陽花が、錫杖で地を突いた。天気雨が虹色の輝きを放ち、広場に倒れていた暴徒たちが一斉に起き上がる。

「お、おい……こいつら……!?」

 晴香が戸惑いの声をあげる。暴徒たちは錫杖に操られ、その全てがアマガサたちに狙いを定めていた。アマガサはその様を見て、呟く。

「結界が……効いていない?」

 それは、最悪の形で証明された。

 シャンッ。

「ガっ……!?」

 二度目の錫杖の音が響いたとき──晴香が呻き、崩れ落ちた。

 ズグン、ズグンと脈打つのに合わせ、彼女の視界は赤く染まり、不快な音が精神を訶み、蝕んでゆく。

「っ……オマワリさん!」

 晴香の異変に気付き、アマガサは結界を強化すべく慌てて振り返り──

「ま、そういうわけだ、せいぜい気張れや」

 いつの間にかそこに、イナリが立っていた。

「っ──!?」

 声をあげる間すら、なかった。

 イナリの刀が閃めく。

 白銀の鎧はいとも容易く斬り裂かれ、血が吹き出した。

「っッあ……」

『湊斗!?』

 カラカサが悲鳴のような声で、相棒の名を叫ぶ。

 変身が、解けた。

 胸から夥しい血を流しながら、アマガサは──天野湊斗は、膝をつく。

 イナリはその様を見下ろして、あざ割るように言い放った。

「じゃあな。退屈させんじゃねェぞ?」

 その姿が滲み──消えてゆく。

 元の位置で様子を見ていた紫陽花がそれに気付き、自らの身体を見下ろした。その身体も、滲みつつある。

「……時間切れか」

「あらあら。仕方ないわねぇ」

 紫陽花の言葉に答えたハノンも、他の雨狐の姿もまた、その姿が滲み、消えてゆく。

 湊斗は必死に顔をあげ──消えゆく雨狐へと手を伸ばす。

「待ちや……がれ……!」

 しかしその言葉は届かず──雨狐たちは滲み、消え去った。

 湊斗は血を吐き、倒れ臥す。

 アマヤドリと暴徒たちが洪水のように押し寄せるまで、さしたる時間はかからなかった。

(つづく)

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(作者註)
 本記事は、noteで連載中の小説「碧空戦士アマガサ」を加筆・修正し、再投稿したものです。初版と比べて言い回しが変わったり、2,3記事が1つに合体したりしています。特にこのあたりからはかなり言い回しやアクションが変わっています。再放送の詳細はこちらの記事をご覧ください。

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