ていたらくマガジンズ__70_

碧空戦士アマガサ 第4話「英雄と復讐者」 Part5

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前回のあらすじ
 雨狐<雨垂>との激闘の末、晴香は戦闘不能、そしてアマガサこと湊斗もまた敗北に追い込まれた。そして<雨垂>は「湊斗が他の雨狐にやったこと」と叫びながら、湊斗の手足を拷問めいて斬りつけてく。
 その窮地を救ったのはソーマ、そして駆けつけたタキであった。投げ込まれた閃光弾を目眩しに辛うじて戦線を離脱した一同であったが──?

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 ──ジッ

 ノイズ。

 ──ジジジジッ

 ノイズ? いや、これは……

 ──ジジッ……

 ──ジジジジッ……ミーンミンミン……

 蝉の声。瞼を突き抜けてくる日射し。顔が暑い……。

 は閉じていた目を開いた。視界いっぱいに広がるのは、灼けつくような陽の光、抜けるような青空、巨大な入道雲、大きな虹、そして……天気雨。

「おーいおいマジかよ。雑魚すぎんだろお前ら。自信満々に殴りかかってきたくせによ」

「お父さん……!」

 気怠げで傲慢で軽薄な声が聞こえた。そして、次に聞こえたこの声は……──

「……姉……ちゃん?」

 僕は声を絞り出す。おかしい。身体が動かない。いや、身体が……

 ──痛い。

「ぐっ……あ……!?」

 思い出したように全身を激痛が襲って、僕は思わず声をあげた。起き上がることはおろか、両手足を動かすことすらできないほどの、激痛。

「! 湊斗、無事だったの!?」

 そんな僕の声に反応して、姉ちゃんが声をあげた。僕は強いて頭を動かし……視線の端に、姉ちゃんが乗る車椅子を捉えた。

 白地に金色の縁取りがされた、大人用の車椅子だ。逆光だし、そもそもこちらに背中を向けているようで、姉ちゃんの表情は伺い知れない。と──

「さて。あとはガキ二人か。……あン? お前は本当に退屈な奴だな。いいから俺にやらせろってんだ」

 軽薄な声が誰かと会話している声が、僕の思考を中断させた。続いてガシャリと鎧の音がした。金属同士が触れ合った音。甲冑が揺れたような──

 ──そうだ、思い出した。

 気を失う前の記憶が溢れてくる。狐面の怪人。降り注ぐ雨、崩落する家、真白い光、虹、天気雨、青空。そして宙を舞うあれは──父さんの腕。母さんの……脚?

「姉ちゃん……父さんと、母さんは?」

「……湊斗」

 僕が絞り出した問いに答える代わりに、姉ちゃんは僕の名前を呼んで──振り返る。逆光でその表情は見えなかった。それでも──

「大丈夫だよ、大丈夫。あんたは、私が守るから」

 震える声で彼女が遺したその言葉を、僕は──俺は一生忘れない。

「さて、試し振りといこうかァッ!」

 怪人が笑いながら刀を振り下ろすのが見えた。姉ちゃんは視線をそちらに戻す。

「姉ちゃ──」

 僕の声は、虹色の輝きに飲み込まれた。津波のように僕らに襲いきたその光を前にして、姉ちゃんはその場で動かず、両手を目一杯に広げていた。車椅子がギシリと音を立てて──

***

「──姉ちゃんッッ!」

 湊斗は叫び、飛び起きた。突き出した右手が空を掴む。その目から一粒の涙が零れ落ち──

「どわぁっ!?」

 ガタンッ! ゴンッッ

「えっ?」

 悲鳴と、なにかが倒れる音が聞こえてきて、湊斗はハッと正気に返った。腕を降ろし、音のしたほうにそろりと視線を向ける。

「痛っててて……」

 そこに居たのは、ツンツン頭の青年──ソーマだった。どうやら椅子ごと転倒して壁に頭をぶつけたらしく、頭を押さえて呻いている。

「ソーマ君? だ、大丈夫?」

「だ、大丈夫っス。ちょっとびっくりしただけなんで……」

 ソーマは言いながら、よろりと立ち上がった。それをしり目に、湊斗は周囲を見回す。見覚えのない部屋だ。簡素な救護室──学校の保健室のような。

「……ここ、どこ?」

「本部の救護室っスよ。てか湊斗さん、重傷なんスから寝ててください」

「あ、うん」

 重傷。そこへきてようやく、湊斗は全身の痛みに意識を向けた。特に肩と胸。そういえば刺されたし踏まれたんだった。

 頭をよぎるのは、復讐心と愉悦に塗りつぶされた<雨垂>の顔。

「……負けた、のか。俺は」

 湊斗は呟きつつ、身体を見下ろした。上半身、特に胸と肩を包むように、包帯がグルグル巻きにされている。多少血は滲んでいるが、清潔な包帯。薬の匂いもする。

「この包帯、ソーマくんが?」

「いや、凜さんッス。応急処置だから無理に動かないように、と伝言が」

「凜……佐倉さんか。あとでお礼言っとかないとな」

「今はちょっと買い出しとかに出てるんで、後からっスね。……水飲みます?」

「ありがと。いただくよ」

 手渡されたコップを手に取って、湊斗はこくりこくりと水を飲む。そんな様子を見ながら、ソーマがおずおずと口を開いた。

「あの、湊斗さん」

「ん?」

「寺での戦いのことなんスけど」

「……うん」

 湊斗は傷を庇いつつ、コップをサイドテーブルに置いた。そして、ソーマへと向き直り、口を開く。

「……見た、よね?」

「はい」

 頷くソーマ。その目を見つめたまま、湊斗は手探りでカラカサを探す。記憶を改竄するには彼の力が必要なのだ。

「見ました。あの……変身するんスよね?」

「あー……うん。ごめんね、隠してて」

 焦る。カラカサが、いない。そういえば起きてこっち、カラカサの声を聞いていない気がする。まさか……寺においてきた?

「ああいや、隠してたのはいいんス全然! てか、隠すのもトーゼンっていうか! わかってるんス!」

 ソーマが慌てたように声をあげた。挙動不審な湊斗の様子には気付かず、彼は捲し立てるように言葉を続ける。

「やっぱほら、変身する人ってそういうの隠すじゃないっスか! ダイオーガみたいに!」

「ん? ダイオーガ?」

 聞き慣れない言葉に、湊斗は首を傾げた。そんな反応を見てソーマは「えっ!?」と大袈裟なリアクションと共に立ち上がる。

「し、知らないんすかダイオーガ!?」

「なにそれ……? ロボットアニメかなにか?」

 ソーマは身を乗り出して言葉を続ける。普段のクールな彼とは真逆の豹変っぷりに、湊斗は思わずカラカサ探しの手を止めた。

「『神獣戦士ダイオーガ』は朝のヒーロー番組っス! 『神戦士』シリーズの作品なんスけど、まぁ2年前の作品なんで湊斗さん観てなくても仕方ないっスかねぇ……」

「は、はぁ……」

 ぽかんとした湊斗を置いてけぼりに、ソーマの口上は続く。

「え、でも、『神戦士』シリーズは知ってますよね流石に?」

「いや……知らない……」

「えええっ!? き、聞いたことないっスか、『神鳴戦士サンダース』とか『神型戦士リーゼント』とか……!」

「え、うん、全然知らない……」

「えええええ!? 10年続く大人気ヒーロードラマで、流石の晴香さんも知ってたのに……!? それにそれに、変身アイテムが喋るのとか、変身後のマントのはためく感じとか、いや確かにカラーリングはサンダースとかダイオーガとは違うけどでも格闘と銃を巧みに使い分ける安定感とスピード感のある戦い方とか神様の力を借りて戦うところとか、なんか要素要素は近しいというか絶対『神戦士』シリーズの影響があると思ってたんスけど! マジで知らないんすか!? マジっスか!?」

「ソーマ君落ち着いて、話が半分以上わかんない」

 湊斗は早口で捲し立てるソーマの肩を抑えた。……とりあえず現状、彼が変身ヒーローが大好きなことしかわからない。

 湊斗の言葉に「ああ、すみません、つい……!」と引き下がりつつ、ソーマは憧れに瞳をキラキラさせながら言葉を続けた。

「でも俺、嬉しいんス。本物の正義の味方が実在するなんて」

「正義の味方……」

「はい!」

 湊斗の呟きに、元気よく答えるソーマ。その目に浮かぶのは、純粋な憧れと、尊敬と、羨望。

 そのキラキラした視線を受け止めきれず……湊斗は視線を落とし、呟いた。

「そんなんじゃ……ないよ」

「え?」

「俺は……正義の味方なんかじゃ、ないよ」

 その瞳がまるで人形のようで、ソーマは言葉を失った。湊斗はすぐに表情を戻し、「ごめんね」と声を掛ける。

 若干気まずい沈黙が救護室を満たし……次に口を開いたのは、湊斗のほうだった。

「えっと話は変わるんだけど……さっき言ってた"喋る変身アイテム"って、カラカサのことだよね?」

「あ、はい。そうっス。あの番傘、カラカサって名前なんスね」

「うん。で、そのカラカサなんだけど……どこにいるか知らない?」

「ああ、えっとそれなら──」

 気を取り直したソーマが問いかけに答えようとした時──

「カラカサなら、ここに居るぜ」

 晴香の声が、救護室に飛び込んできた。

 ──芳醇な醤油だれの香りと共に。

「え?」

 眉を潜める湊斗。そんな彼に、さらに追い打ちのように聞こえてきたのは……

『うわああああん湊斗ォぉおお!』

 カラカサの、泣き声だった!

(つづく)

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