ていたらくマガジンズ__2_

碧空戦士アマガサ 第1話「天気雨を止める者」 Part5/完(Re)

[] [目次] []

【これまでのあらすじ】
 白銀の戦士へと変身したアマガサは、怪人<雨狐>たちと激戦を繰り広げ、これに勝利した。しかし、トドメの一撃が雨狐を滅ぼそうとしたまさにその時、新たに出現した二人の雨狐<イナリ>と<羽音>がそれを阻害した。
 イナリは、すべての雨狐を倒せばイナリと戦えるというゲームを持ちかける。アマガサはそれを一蹴し殴りかかるが、イナリの圧倒的な力によって行動不能となってしまった。晴香もまた、強化された天気雨により行動不能になり──彼らに、100体の黒い人型<アマヤドリ>と、復活した暴徒たちが襲いかかった。

- 5 -

 ──焦げ臭い。

 徐々にはっきりとしてゆく意識の中、晴香が最初に感じたのはそんな言葉だった。次いで感じたのは顔に当たる地面の硬さ、そして──タキの声。

「──ねさん! 姐さん!」

「っ……」

 晴香は意識を取り戻す。

「姐さんってば!」

 瞼を開ける。

 そこではタキが、暴徒をバーベルのように持ち上げていた。

「……!?」

 晴香は飛び起きて、辺りを見回す。

 そこは、先程晴香が観光客を助けた軒下だ。側で車が横転しており、どうやら焦げ臭いのはこれが原因らしい。

 軒を見上げると、縁からカーテンのように結界が張られ、黒い人型──アマヤドリとかいう怪人たちの侵入を防いでいた。しかし生身の人間たる暴徒たちはブロックできないらしく、そちらはタキが応戦している。

「よっと! よかった、正気っスね!」

 タキは声を上げながら、バーベルのように持ち上げていた暴徒を軒下へと放り投げた。晴香は立ち上がり、青アザだらけのタキに問いかける。

「……どのくらい寝ていた?」

「たぶん、5分くらいっス……うおっ!?」

 タキの話を遮って、暴徒が鉄パイプを持って殴りかかってきた。タキはそれを腕で受け止め──晴香の前蹴りが暴徒を吹き飛ばす。

「ひぃー、痛ってぇ……あ、気をつけてください。また来ますよ」

「あん?」

 タキの言う通り、天気雨の中に再び投げ出された暴徒は、ダメージなどないかのように起き上がり、鉄パイプを手に再びこちらへと突っ込んできた。タキはその攻撃を往なし、胸ぐらを掴んで軒下へと引き込む。

 途端に、その暴徒は糸が切れたように崩れ落ちた。

「なるほど。雨を遮断するのか」

「です。アマガサさんのアドバイスで」

 軒下に転がる人は、すでに30人ほど。皆気を失っているようだ。

「……アマガサは?」

 晴香に問いかけると、タキは広場の中央付近の人だかりを指さした。

「向こうで戦ってます。僕らをここに連れ込んだあと、"アマヤドリは任せろ"って言っ──」

 ギンッ!

 タキの言葉を遮るように、広場の中心付近から剣戟音が響いてきた。殴りかかってきた暴徒に応戦しながら、晴香はそちらへと視線をやり──人だかりの間から見えたその姿に、目を見開いた。

「……おいおい、鎧はどうした」

 アマガサ──天野湊斗は、変身していなかった。彼は扇子の付喪神・リュウモンを手に、素面のままアマヤドリたちと戦っている。

 先程イナリに斬られた胸元だけでなく、全身が血まみれで、足元もおぼつかない。辛うじて敵の攻撃を防御し、反撃しているようではあるが──アマヤドリの数は、先程イナリが召喚したときからさほど減っているようには見えなかった。

「あいつ……!」

 助太刀しようと駆けだした晴香であったが──

『オマワリさん! ストップ!』

「あだっ!?」

 突然眼前に落ちてきたカラカサと激突し、その足を止めた。打った鼻先を抑えつつ、晴香はその九十九神を睨む。

「てめぇ……」

『ご、ごめん……』

 そいつは見れば見るほど、ホラー漫画に出てくる"からかさお化け"の造形だった。番傘の表面に、横向きの亀裂が2本。片方は目玉、もう片方は口。持ち手の部分は子供の脚になっていて、足元には下駄を履いている。

 カラカサは重力を無視して晴香の目の高さに浮かび、声をあげた。

『軒下から出ちゃだめ! 他のニンゲンみたいになるよ!?』

「つってもお前、あいつ助けねーと!」

 言いながら晴香は眼前のカラカサを押すが、そいつは頑として動かない。その感覚は、磁石の同じ極同士を近づけたときの感覚に似ていた。

 晴香とカラカサが押し問答をする間にも、天野湊斗はふらつきながら怪人たちと戦っている。晴香はそちらを指さして、カラカサに問いを投げつけた。

「そもそもなんであいつ素面なんだよ!? さっきの強そうな鎧はどうした!?」

『そ、それは……』

 カラカサはなにやら言い澱み、振り切るように言葉を続ける。

『ど、どうだっていいだろ別に! 湊斗なら大丈夫──わっ!?』

 言い合いの最中、暴徒のひとりが突っ込んできて、カラカサが声を上げた。晴香は冷静に敵の腕を取り、軒下へと投げ込む。

「キリがねぇな、畜生」

 軒下に眠るサラリーマンの数はかなりの数になる。それでも尚、広場では多くのサラリーマンが暴れており──その一部は、天野湊斗にも危害を加えている。

『と、とにかく、アマヤドリくらいならひとりで──』

 言いながら、カラカサが振り返った──その時だった。

 暴徒が振り下ろした角材が、天野湊斗の頭を打ち付けた。

『湊斗!?』

 カラカサの悲鳴。ぐらりと、その身体が傾ぎ──かろうじて、踏みとどまる。角材の暴徒のさらなる一撃を、天野湊斗は辛うじて躱した。その足元はおぼつかない。

「……チッ!」

 晴香は舌打ちし、結界から飛び出した。

『あ! お、おいっ!?』

「うるせぇ!」

 晴香は怒鳴り返し、手近な暴徒の鳩尾に拳を叩き込む。そして踊るように背後に回り込むと、スーツの上着を剥ぎ取った。

「雨を浴びなきゃいいんだろ!?」

 そしてそれを両手で掲げ、雨避けにして走り出した。ズグン、ズグンというあの感覚は、ないわけではないが──幾分かマシだ。

 天野湊斗を狙っていたアマヤドリたちは、晴香の存在に気付くのが遅れた。押し寄せてくるのは暴徒のみ。それ蹴りだけで倒しながら、晴香は角材の暴徒へと肉薄し──飛び蹴りを放つ!

「ゥオリャァッ!」

「えっ!? お、オマワリさん!?」

 天野湊斗がぎょっとして声を上げた。晴香は傘代わりの上着から片手を離すと、その手で天野湊斗の襟首を掴む。そして踵を返し──走り出す。

「ボロボロじゃねぇか! 無理すんな!」

 目指すは軒下。先程まで自分の居た場所であり、カラカサの結界がある場所だ。

「どあっ!? ちょ、ちょちょ待って待って、俺まだ戦わないと」

「るせぇ、時間がねぇんだ急げ!」

 片手を離した影響で、先程よりも晴香が浴びる雨は増えている。暴れる天野湊斗の首根を引っ張りながら、晴香は怒鳴り──そこへ、限界が訪れた。

 ──ズグン。

 3度目の"あの"感覚が彼女を襲った。視界が赤く染まり、足が止まる。

 脳内に響くのは肉が裂け潰れ骨が砕け──ああもう言わんこっちゃない!──泣き叫び怒り銃声──こいつらは俺に任せて!──剣戟炸裂音爆発音摩擦音悲鳴泣き声怒号──あなたが戦う必要なんてない!──

「っ……ぐぐ……ああああッ!」

 意識を塗り潰そうとするノイズに混じり、天野湊斗の言葉が聞こえて──

 ……晴香は、キレた。

「ぐだぐだうるせぇ!」

 そして天野湊斗の首根を全力で引っ張り、軒先へ向かって──投げる!

「はっ!?」

 その両足が地面から離れ、浮遊感が天野湊斗を襲う。驚きの声をあげつつも、彼は猫のように身を捻って軒下に着地した。そこにビシッと指を突きつけ、晴香は叫ぶ。

「むしろそっちは一般市民だろ! お前が引っ込んでろ!」

「えええ!?」

『め、滅茶苦茶だ……!』

 天野湊斗とカラカサが口々にリアクションする中、晴香は背後から襲いきた暴徒の一撃を躱し、掌底を叩き込む!

「ああああもうイライラする! ひとりで全部できると思うな!」

 晴香は知る由もないが、それは天気雨の精神汚染によって感情が増幅されたが故の、怒りの発露による身体強化だった。

 晴香は普段よりも力強く、普段にも増して荒々しく、暴徒たちを殴り飛ばしながら、天野湊斗に向かって怒鳴る。

「大体な! お前が死んだら! こっちだって! 全滅だ! ズタボロで無理しやがって! やり方を! 考えろ!」

 晴香は、文節文節で暴徒を殴り飛ばして軒下へと放り込んでいく。

 ──彼女の心中では、いくつかの怒りが渦巻いていた。

 天野湊斗……<アマガサ>。晴香は、彼が超常事件の犯人である可能性すら考えていた。まず、その勘違いをしていたことが腹立たしい。

 そして、ひとりですべてを抱え込み、無茶な戦いを続けていた天野湊斗が、腹立たしい。

 そしてなにより──天気雨を前にして、自分がなにもできないのが腹立たしい!

「私はな! この事件を!」

 鉄パイプで殴りかかってきた暴徒を殴りつけ、武器を奪うと他の暴徒の攻撃をそれで防ぐ。

「解決しなきゃ! ならんのだ!」

 武器から両手を離し、相手の体制が崩れたところで、晴香は二人の暴徒をまとめて放り込んで──晴香は膝に手を置き、大きく息をついて、言葉を続けた。

「……そうじゃなきゃ、今まで死んだり泣いた奴らに、申し訳が立たんだろう」

「姐さん、後ろ!」

 タキの声に反応し、晴香は前に転がった。アマヤドリの刀が空を切る。晴香は受け身を取り、手近な三角コーンをそちらに投げつけた。

 ぱしゃんと怪人の身が崩れ、すぐに再生を始める。晴香はその隙にアマヤドリから距離を取り、軒下へと駆け込んだ。

「ゼェ……ハァ……だから、天野湊斗」

 そのまま倒れ込み、晴香は荒い息と共に──その名を呼ぶ。

「お前に死なれると、困るんだよ……無理をするなら……ゼェ……少しは、やり方を、考えろ……」

「オマワリさん……」

 軒下に駆け込んだ天野湊斗と晴香へ向かい、暴徒たちが突っ込んでくる。

「よいしょォッ!」

 それを止めたのは、タキだった。彼は突っ込んできた3人の暴徒の攻撃をその身で受け、抱きとめるようにまとめて掴むと──軒下へと、投げ込んだ。彼が軒下に"避難"させた人々は、すでに60人を超えている。

「僕からも頼むよ。力を貸してほしいんだ。……正直、そろそろしんどいしね」

 晴香とタキの言葉を受けて──天野湊斗は、ため息をついた。

「……わかりました。カラカサ、こっちに来て」

 彼はカーテン状の結界を張っていたカラカサを手元に呼びよせた。結界は維持されたままだが、アマヤドリたちは完全に軒下を包囲している。そのうちの一体が、結界に刀を振り下ろした。

 ギンッと鋭い音がする。それを一瞥し、天野湊斗は話し始めた。

「アマヤドリは軒下には入れませんが、刀は届きます。だから、俺は結界を張って被害者の皆さんを隔離しています」

 別の一体が、結界に攻撃。段々とその頻度が上がっていくのを見ながら、天野湊斗は言葉を続ける。

「ただ、このままだとあの結界が壊れます。だから俺は表に出て、こいつらを引きつけていました」

「お前が変身してないのは、結界のせいか?」

 口を挟んだのは、息を整えて胡座をかいた晴香だった。天野湊斗はその問いに頷く。

「そうです。こちらの妖力もそろそろ限界で──」

「オーケー。お前は今すぐ結界を解除。変身してあいつらをぶっ飛ばせ」

「は!?」

 言葉を遮って飛び出した晴香の提案に、天野湊斗が素っ頓狂な声を上げる。

「いやいや話聞いてたんですか!? 刀は届くって……」

「聞いてたに決まってんだろ。その上で言ってんだよ。な、タキ?」

「そっスね。姐さん、鉄パイプとバットどっちがいいっすか?」

「私は鉄パイプがいい」

 "時雨"の二人のそんなやり取りを、天野湊斗はぽかんとしたまま見つめている。晴香は胡座をかいたまま鉄パイプを担ぎ、その顔を見上げる。

「刀くらいはこっちで防ぐ。暴徒の相手もこっちで受け持つ。お前はさっさとあの化物を片付けろ」

「っ……でも!」

「うるせぇ! 時間がねぇんだろ! さっさとしろ!」

 なおも言い返す天野湊斗に、晴香が怒鳴った──その時。

 パキンッ──

 澄んだ音を立てて、晴香たちの目の前の結界に亀裂が走った。その亀裂は徐々に広がっていく。

「おい、さっさとしろ、天野湊斗!」

「っ……カラカサ!」

 天野湊斗は手にした番傘に呼びかける。同時に結界が消え、アマヤドリたちの刀が軒下へと入り込んで──

 ドウッ!

 銃口から放たれた光弾が、正面にいたアマヤドリたちを消し飛ばした。

 追撃を警戒したのか、アマヤドリたちがそこから距離を取る。彼は軒下から一歩踏み出すと──天気雨を浴びながら、傘を空に向ける。

「……変身!」

 傘先から白い光が放たれ、天野湊斗に降り注ぐ。その光が晴れ──そこに、白銀の戦士が佇んでいた。彼は肩で息をしながら、手にした番傘を構える。

 晴香は鉄パイプを杖として、立ち上がった。

「よっこらしょ……そうだ、天野湊斗。お前、忘れんなよ?」

「え?」

「記憶消しても無駄だからな。私は公園の件を覚えてる。……逃げようとしても無駄だぞ。地の果てまで追い詰めてやる」

『うわぁ、怖……』

 それはもちろんハッタリであったが、天野湊斗はそれを知らない。案の定、白銀の戦士の手元で、カラカサがため息をつく。

「それが嫌なら、私らに協力しろ。この事件を解決するために、とにかくお前の力が必要だ。それに……」

 晴香はそこで言葉を切り、真剣な眼差しで、白銀の戦士に問いかける。

「──あの怪人たちの"ゲーム"に勝つには、今のままじゃダメなんだろ?」

「…………!」

 白銀の戦士の身体が、少しだけ揺れた。

 アマヤドリのひとりが一歩踏み込んだ。白銀の戦士は即座に反応し、光弾でそれを射殺する。

 再び訪れた硬直状態の中──白銀の戦士は、晴香に顔を向けて口を開いた。

「……衣食住の保証はしてもらえます?」

『ちょっ……湊斗!?』

「急に切実な悩みがでたな。構わんぞ」

 カラカサが声を上げる中、晴香が笑った。白銀の戦士は肩を竦め──怪人たちに銃を向けたまま、懐に手を入れる。

「とりあえず、協力はします。が……まずはここを切り抜けるのが先決です」

 そして取り出したのは、扇子の九十九神<リュウモン>。彼はそれを晴香へと投げて寄越すと、扇子に向かって呼びかけた。

「リュウモンさん。護衛よろしく」

『しゃーないな。よかろう』

 リュウモンの声に続き、晴香とタキを緑色の風が包んだ。

「風の結界です。少しくらいならダメージを防げるはず」

「なるほど。サンキュー」

 気楽に笑う晴香に向かい、アマガサは問いかけた。

「……最後にひとつ、教えてください。えーっと」

「晴香だ。河崎晴香。こっちはタキ」

 晴香の自己紹介に「なるほど、晴香さん」と繰り返すと、彼は問いを投げかけた。

「<アマガサ>ってなんですか?」

「あー……」

 背中越しのその問いに、晴香はしばし言葉を選び……答えた。

「あれだ、コードネーム。お前のな」

「なるほど。いいっすね、<アマガサ>」

「だろ?」

 そんなやり取りの最中、アマヤドリたちが同時に刀を構える。

 ──はじまる。

 晴香たちは直感し、それぞれの獲物を構える。

「……行くぞ、アマガサ」

「……行きましょう、晴香さん、タキさん」

 二人の言葉が合図であったかのように、アマヤドリたちが一斉に地を蹴る。

 ドウッと銃声が響き、光弾が炸裂する。その間を縫って軒下へと押し寄せたアマヤドリが、刀を突き出してくる。晴香はそれを鉄パイプで打け止めて──アマヤドリの背後に、光弾が炸裂した。

「ナイス」

「……しばらく、頼みます!」

 アマガサは傘銃を構え、敵を次々に射殺しながら──自分に言い聞かせるように、宣言した。

「俺はアマガサ。すべての雨を止める──番傘だ!」

(第1話終わり。第2話「オイラの憂鬱」に続く)

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