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トレンチコートとモッズコート Act1.岩窟族の隠れ里(あとがき)

ナレーション:
 シトリとトゥは荒事専門のよろず屋で、トレンチコートのサムライと、モッズコートの格闘家のコンビだ。サムライのほうがシトリ、武道家のほうがトゥ。彼らはいつも同じバーにいて、依頼がくるまで酒を飲んでいる。
  その日は妙に寒い日だった。街には雪が降り積もり、空気は鋭く澄んでいて、北風が道行く者を容赦なく凍らせていた。

(彼らの隣にはダウンジャケットを着たメガネの冴えない男が座っていて、電子タバコを吹かしている。退屈をしたトゥがその機械じみたタバコに興味を抱き、話しかける)

トゥ:なぁあんた、それってどういう仕組みなんだ? うまいのか?

メガネ:液体を温めて水蒸気にして吸うんだ。味は鉄観音。トゥにもわかるように平たく言うと、まぁ、烏龍茶だな

T:ウーロン茶をキメてハイになんのか? すげーな……それはそうとアンタ、なんで俺の名を知ってんだ? あんた誰?

メ:作者さ

T:作者?

作:そう。君たちを作った作者。

(トゥは隣にいるシトリを小突いて起こし、ヤベー奴がいると身振りで説明する。そんな様子をちらりと見て、作者と名乗ったメガネの男は微笑み、話を続ける)

作:君たちを作ったのは、そうだな……本当の意味の気まぐれだった。魂の便秘を改善するために無理矢理にでもなにかを作ろうとした、その賜物だ。ある種のストレス解消とも言える。

T:おっさん便秘なのか。
S:クアド、この店に下剤あったか?
Q:シトリ、たぶんそう言うことじゃない。

作:初めは、ただただ「モッズコートとトレンチコート」という言葉があり、すぐに荒事専門のよろず屋バディという設定を思いついた。ちょうど君たちの物語を書き始めた日がめちゃくちゃ寒い日だったので、舞台設定もとても寒い日ということにした。そこで起きるわけのわからんハプニングを考えようとして……このバーが爆破されるのは困る、盗賊が駆け込んでくるのも困る、美女が転がり込んでくるのはありがちだ……としばし悩んで……そんな時、クアド、肩に雪を積もらせたムキムキマッチョマンがどこからともなくやってきた。僕は勝利を確信した。世界が広がっていくのを知覚した。

S:すごいなクアド。大絶賛だぞ。
Q:ここまで褒められると照れるな。

(シトリとクアドのやりとりを一瞥しつつ、トゥはキールを飲むと作者に話しかける)

T:えーとつまりあれか、おっさんはカミサマかなんかで、俺たちのやることなすこと全部考えて作ったってことか?

(作者は頭を振る)

作:そうとも言えるし、そうでないとも言える。僕は今回、脳みそではなく脊髄が、指先が動くままに、物語を書こうと思った。そのために、君たちの基本的な設定だけを考えて、あとは君たちが動くに任せた。

S:基本的な設定?

作:そう。例えばシトリ、君はトレンチコートを着たサムライで、音速の抜刀術が得意だ。バーではいつも寝こけており、その眼前にカリラのストレートが置かれている。猫が好きだが猫には嫌われがち。

(フロア掃除をしていたサンがその言葉を聞いて駆け寄ってきた)

Sun:え、え、マジで!? シトリ猫好きなの!?
Shitori:サン、お前が出てくると"S"が二人になってややこしい。

T:へー! 当たり当たり! じゃあ俺は?

作:君はモッズコートの格闘家で、攻撃は最大の防御だと思っている。岩をも砕く拳と、類稀なる脚力が持ち味で、日本のカラテに近い戦い方をする。バーではキールを好んで飲む。気まぐれでキールロワイヤルになったりする。
 ……ちなみに君たちの名前については、マジで困ったので適当に数字をもじることにした。シトリは"ひとり"のもじり、トゥはTwoだな。

(気付けば、店内にはシトリ、トゥ、サン、クアド、そして作者だけになっている。グラスの洗浄を終えたクアドも作者の向かい側にやってきて、話に聞きいっている)

作:僕は「トレンチコートの侍とモッズコートの格闘家」というその一文で、ある程度の容姿や性格が推測できると考えた。同様に、サン(名前の由来は"3")は「銃を持ったオレンジ髪の女の子」、クアド(名前の由来は"quadruple/4倍の意")は「タンクトップのボディビルダー」。名が体を表さないため、君たちの身につけたものの固定観念を利用する思考実験を行った。うまく行っているかどうかは……まぁ、わからんな。

Q:名前で言うと、ワンだのアンだの、あの辺りは……ワンは"One"、アンは"un(フランス語で1)"、ダブは"Double"、カルテは……

作:quartetto。四重奏の意だ。敵方には、君たちと同じ数字の違う言葉を充てた。アンたちも容姿から挙動が推測しやすいような設計にしたつもりだ。

(シトリがカリラのお代わりを頼んだ。クアドはカウンター奥にボトルを取りに行く。シトリはその様子を見送って、作者に顔を向けた)

S:それで、魂の便秘とやらは改善したのか?

作:おかげさまで。効果は絶大だった。あとは文章を書くだけだ。

S:なるほど。そうするとお前はここで酒を飲んでいる場合ではないと思うのだが。

作:シトリ。やはり君は思慮深く、注意深く、疑り深い。まぁ警戒はしないでくれ、大した理由じゃないんだ。
 君は知らないことだが……スレイヤーズという作品がある。それは僕が初めて読んだライトノベル(当時はそうは呼べれていなかったが)であり、僕はその作品を読んで小説というものに触れ、そして書いてみたいと思うようになった。

S:? それがどうした

作:スレイヤーズのあとがきはね、主人公と作者が会話をするんだ。時には作者がボコボコにされたりする。そのやりとりが本当に本当に好きだったんだが──いつしか、それも忘れてしまっていた。

S:小説やらコミックで作者が絡んでくると萎えるな、たしかに
Sun:えー、私好きだけどな

作:気持ちはわかるし、シトリ、君はそういう奴だ。そういう風に設計した。ちなみにサンはそういうのが嫌いじゃないというか、気にしないタイプ。トゥは字が読めない。それを気にしてはいるものの、特に改善をする気が──

T:うるせぇ

(作者の言葉を遮って、トゥは作者の左脇腹を殴った。作者はくの字に折れ曲り、椅子から崩れ落ちた)

作:ゴフッ……そう、こういうのだ。僕はこういうのがやってみたかった。この作品は実験作であり、ストレス解消のための単発作品のつもりだった。しかし、君たちが自由に動き、考え、物語がドライブし、前後編で終わらせるつもりが4パートにまで膨れていく様子を見るうちに、愛着が湧いた。同時に、僕も好きにやろうと思った。だから、ここにきた。

(作者はよろよろと立ち上がり、ダウンジャケットのポケットから数枚の銀貨を取り出すと、カウンターに置いた)

作:スレイヤーズ16巻が発売されて、僕はその初期衝動を思い出した。この文章はその賜物だ。またくるよ、ごちそうさま。

(作者は依然としてふらつきつつも店を出る。4人はその姿を目で追いつつ、お互いに顔を見合わせる。店の外、作者が歩みさる姿を、アンとダブが"夜色の裂け目"からのぞいている)

アン:なんで私の出番ないのよ!?
ダブ:まぁ、脇役だしね……?
アン:だってなんかまだこれから立ちはだかりそうな感じで終わったじゃない!?

(彼女たちの主張が冬の街に流れ、消えていく。そんな様子を背景に、幕がおりる。カーテンが降りきったあと、作者の声だけが舞台に響く)

作者:さて、そういうわけで、『トレンチコートとモッズコート』Act1と、そのあとがきをお届けしました。楽しんでいただけたなら幸いです。
 本作を読んでくれた方、改めてありがとうございます。シトリとトゥの物語は気が向いたらまた続きを書きます。それまではどうぞ、しばしお待ちください。

(少しの余韻の後、舞台が暗転し、演目は終了した)


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