ていたらくマガジンズ__16_

碧空戦士アマガサ プロローグ

- プロローグ -

『雨と傘』

 ケース04”底なしの水溜り”の現場映像より、重要参考人となりうる人物を特定した。(中略)、その所持品にちなみ、対象を"アマガサ"と呼称することとし、調査を継続する。
  ──超常事件対策特殊機動部隊"時雨"活動日報より抜粋

 天気雨が降っている。

 青い空と白い雲を滲ませながら、真昼の日差しを受けてキラキラと煌めく、土砂降りの天気雨。それは晴香の髪を、視界を、全身を濡らす。

 怪人が嗤っている。

 目の前で天気雨を浴びている、顔と狐面が一体化した、人型の異形。それが手にした血塗れの刀が、天気雨の下で妖しく輝いている。

「……?」

 晴香は眉根を寄せ、自分の身体を見下ろした。右肩から袈裟懸けにバッサリと裂かれたそこからは、夥しい量の血が吹き出していた。

「……──痛てぇ」

 ようやく浮かんだその言葉と共に、晴香は水溜りに倒れ伏した。

 ゴボッ。

 晴香の耳に、水音が聞こえた。その視界が水に覆われる。ゆっくりと落ちていく感覚が晴香を襲う。

 沈んでいる。ほんの2センチ程の水溜りに。沈んでいく。

 それは比喩ではなかった。水溜りは、まるで湖のように晴香の全身を飲み込んだ。明滅する意識の中、晴香は周囲で同様に沈んでいる人々の顔を幻視した。濁った瞳がこちらを見返している。生きているのか、死んでいるのかはわからない。

 ──"底なしの水溜り"

 晴香は、自らの追っていた事件の名を想起した。物理的にありえない深さの水溜りに人々が沈む事件──

 ゴボッと血が混じった泡を吐きながら、晴香は水面に視線を移した。見えるのは、抜けるような青い空。溢れる血が、それを赤く塗りつぶしていく。

 不思議なことに身体が浮かび上がる気配はない。まるで、錨で水中に固定されているかのようだ。

 ピシャリ、ピシャリ。

 晴香の耳に届くのは足音。赤と青の水面に映るのは、刀を持った怪人だ。陽の光を反射して銀色に輝く刃が、晴香に向かって突き立てられ──

 その時、銃声が響いた。

 遅れて怪人の身体が爆ぜて、吹き飛ぶ。

 同時に、晴香の身体に急激な浮力が働いた。耳元でゴウと水が鳴り、気付けば晴香は水面に──元いた公園の地面に横たわっていた。

「げほっ……がっ……」

 晴香は飲み込んでしまった水を吐き出し、咳き込む。その傍に、ひとりの男が歩み出た。晴香はそれを見上げ──目を見開く。

「……"アマガサ"……?」

 白い雨合羽を着て、番傘を携えた青年。晴香の追う事件の重要参考人──調査呼称"アマガサ"。彼は晴香を一瞥すると、柔らかく微笑んで口を開いた。

「安心して。この雨は俺が止める」

 そして"アマガサ"は、立ち上がった怪人へと視線を移し──"なにか"に呼びかける。

「行くよ、カラカサ!」『おう!』

 彼は手にした番傘を天に掲げ、高らかに叫んだ。

「変身!」

 晴香の視界が、白い光に包まれる。

 それは希望の光のように思えた。

(本編へ続く)

第1話

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