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碧空戦士アマガサ 第4話「英雄と復讐者」 Part1

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- 第2章 調査編 -

【これまでのあらすじ】
 天気雨と共に現れ、人々を傷つける怪人<雨狐>。河崎晴香はその事件の調査の中で、自称「雨狐の天敵」にして超常の戦士アマガサに変身する男・天野湊斗と遭遇する。善意から被害者の記憶を消して回る湊斗に対し、晴香は「記憶が残っている」フリをし、半ば脅し気味に調査への協力を取り付けたのだった。
 それから数日後。子供の雨狐<つたう>を秘密裏に拷問した湊斗が得た情報によると、雨狐たちは「カミサマの欠片」なるものを探しているらしい。さらに、<時雨>が把握している以外のポイントで、雨狐による事件の痕跡があることが判明。<時雨>の調査が少しずつ前進をはじめたが──?

第4話
『英雄と復讐者』

- 1 -

 自動車スクラップ工場の一角。清々しい青空と裏腹に、そこには緊迫した空気が流れていた。

 まず目につくのは、20体ほどの黒い人型のナニカ。水に濡れた粘土のような質感の、のっぺりとした黒い人型──<アマヤドリ>と称されるその雑兵怪人は、各々の獲物を構えてひとりの女を取り囲んでいる。

「……雑魚ばっかり」

 異形の者に囲まれて尚、その女は身構えることすらなく、深々とため息をついた。その足元にはアマヤドリたちと同じ色の水溜りがわだかまっている……彼女に屠られたアマヤドリの残骸である。

 その女は赤金の花魁装束を身に纏っている。顔には狐面をつけているように見えるが、それは面ではなく彼女の素の顔であり──現在は憤怒と失望がないまぜになった表情を浮かべている。

 ──怪人<雨狐>。彼女らは自身をそう呼称する。

「さっさと来なさい。でなければ──」

 恐れをなし、ジリジリと間合いを詰めるアマヤドリたちに向かい、花魁装束の雨狐<羽音(ハノン)>は冷たく言い放つ。その声に浮かぶのは呆れと、失望と、そして──苛立ち。

「──こっちから行くわ」

 刹那、羽音の姿が煙のように搔き消える!

「「!?」」

 パァンッ!

 戸惑うようにあたりを見回したアマヤドリたち──そのうちの5体ほどが、一斉に爆ぜ散った!

「あらあらあら」

 黒水の塊が崩れ落ちる。その背後でゆらりと身を起こした羽音は、呆れたように呟いた。彼女は懐から取り出した鉄扇を開き、アマヤドリたちを睥睨する。

「本当に雑魚しかいないのね。少しはやる気を出してくれない?」

「────!!」

 アマヤドリたちは慌てて振り返り、武器を構えて羽音へと突っ込んでゆく。羽音は目を細めると、悠然と歩き出した。

 まずは刀持ちのアマヤドリ。大振りの一撃を、羽音は鉄扇で受け止めた。そのまま無造作に左拳を突き出し──アマヤドリの腹が爆ぜ、消滅。

「脆い。それに──」

 呟きとともに一歩踏み込む。次の"的"たる槍持ちのアマヤドリが突き出した槍を、羽音は紙一重で回避した。カウンターで叩き込んだラリアットによって、槍兵アマヤドリの肩から上が爆ぜ消える。

「──……弱い」

 次。再びの刀持ち。振り上げられた刀を、羽音は自らの手刀で叩き折った。回転しながら、折れたる刃が宙を舞う。それをつまみとって一閃。アマヤドリの首が飛ぶ。羽音の歩みは止まらない。

 次は側面から大太刀持ち。それも2体同時。大上段からの斬撃に対し、羽音はその場で身を翻して回避し──同時に、アマヤドリたちの両腕が飛んだ。

「嗚呼、嗚呼、足りない。足りない。苛々する……!」

 彼女はブツブツと呟きながら、淡々とアマヤドリたちを屠っていく。残り3体。

「もうおしまい。どいつも、こいつも、気晴らしにもなりやしない」

 羽音は怒気を孕んだ声と共に、手にした鉄扇を振り回した。残ったアマヤドリは防御する暇すらなく、風船のごとく弾けて消滅した。アマヤドリは全滅。しかしなんの感慨も浮かばず、苛立ちが収まることはない。

「ハァ……ハァ……!」

 羽音は苛立ち紛れに荒く息を吐きながら、鉄扇をたたみ──刹那、その背後で殺気が膨れ上がる!

「──っ!?」

 ギンッ!

 羽音は咄嗟に、鉄扇を背負うように背に回して攻撃を防いだ。そして扇から即座に手を離し、転身と共に裏拳を放つ!

「おっとォッ」

 ブリッジめいて仰け反ってそれを回避したのは、血色の鎧武者であった。羽音と同じく狐面をつけている──雨狐である!

 鎧武者はブリッジ姿勢から地を蹴り、身体を錐揉み回転させながら斬りかかる。対する羽音は落下途中の鉄扇を掴み、袈裟懸けにそれを振り上げた!

「ォらァッ!」

「フンッ……!」

 ギンッ──────!!!

 激突。閃光と見まごうばかりの火花が散り、衝撃波が迸る。足元にわだかまっていた黒水の残骸が吹き飛び、消滅する!

 両者は同時に跳び下がって間合いを取る。そして──先に口を開いたのは、鎧武者のほうだった。

「荒れてんなァ、羽音」

 鉄仮面を思わせるその口元が、邪悪で獰猛な笑みの形に歪んだ。彼の名は<イナリ>。羽音と同じく雨狐のまとめ役であり──その王である。

「……王様」

 羽音は鉄扇を構えたままだ。悠然と刀を収めるイナリを睨みつけながら、彼女は不機嫌そうに口を開く。

「喧嘩売ってんの?」

「ンなつもりはねーよ。退屈してるようだったから、遊んでみただけだ」

 羽音の怒気などどこ吹く風とばかりに、イナリは雑に言ってのけた。

 気楽に手をひらひらと振る彼を見て、怒るだけ無駄だと判断したのだろう。羽音は盛大な溜息を漏らしながら、鉄扇を仕舞う。

「……ねぇ王様」

 そして再びイナリに視線を遣り、低い声で呼びかけた。

「次は私に行かせて頂戴な。アマノミナトも、その横の売女……ニンゲンの分際で私を殴ったあの女も、他の連中も、惨たらしく殺してあげる。手脚を先端から順に捥いで、死んだ方がましってくらいに──」

「だーめだ。ゲームは順番通りにやるもんだ」

 そんな羽音の言葉を、イナリはぴしゃりと遮った。

「昨日までに紫陽花、お前ときて、今日はようやく俺の番だ」

「ッ──でも!」

「羽音」

 なおもなにか言わんとした羽音の名を、イナリが呼んだ。それだけで羽音はビクリと身を竦ませ──蛇に睨まれた蛙のように、動けなくなる。

 その様を見て、イナリは笑った。軽く震えてすらいる羽音に向かって歩み寄りながら、イナリは言葉を続けた。

「それにな、キレてんのはお前だけじゃねぇんだよ。なあ、」

 そして羽音の側までやってくると、無造作に振り返り──声を投げる。

「──<雨垂(アマダレ)>よ?」

「はい」

「……!?」

 羽音は目を見開く。イナリの視線の先、静かに返事をしたその雨狐に、今の今まで気付いていなかったのだ。

「あなた……いつの間に、そこに居たの?」

「イナリ様が仕掛けた時から、ずっと。戦いの邪魔になるかと思い、気配を消しておりました」

 その者は、羽音の問いかけに静かに応えた。群青色の着物をぴしりと着付けた、線の細い雨狐だ。腰には居合刀。そして背には、身の丈ほどもある抜き身の大太刀。

 羽音はその風貌を見て、得心したように口を開いた。

「ああ……王様の弟子の筆頭格の子ね? 確か……紫陽花ちゃんトコの<鉄砲水>の弟だったかしら」

 <鉄砲水>。その名を聞いて、<雨垂>の瞼がピクリと動いた。

「……はい。この大太刀は、兄のものです」

 その声には海よりも深い憎悪が込められていた。それを聞いたイナリは愉快そうに口を歪めて、補足するように言葉を継いだ。

「兄だけじゃなく、こないだ殺られた<水鏡>もこいつの同期でな。仇討ちするっつって聞かねーんだわ」

 そうして笑うイナリであったが、言外に"だからこれ以上口を出すな"という言葉が多分に含まれているのがありありと伝わってくる。

 羽音は大きく息を吐き、不機嫌そうに言い放った。

「……わかったわよ」

「カハハッ! 俺ァ聞き分けの良い奴は好きだぜ」

 イナリは満足げに笑いながら羽音の背をバシバシと叩く。そして、再び<雨垂>に顔を向けた。

「<雨垂>。今回は捜索はナシだ。アマノミナトたちを殺してこい」

「御意に。……羽音様、有難う御座います」

「はいはい」

 恭しく頭を下げる<雨垂>に、羽音は虫でも払うかのように手を振る。復讐に燃える怪人は踵を返し、何処かへと姿を消した。

「……それにしても、鳶が鷹を産むというか、なんというか──」

 <雨垂>が消えた方をぼんやりと見つめながら、羽音はぽそりとこぼした。そして彼の師たるイナリ──ガニ股で立ち、腕を組み、退屈そうに大きな欠伸をかますその姿を一瞥し、言葉を続けた。

「──王様の弟子なのに、どうしてあんなに礼儀正しいのかしら?」

「おいこら羽音、どういう意味だ」

「なんでもないわ。じゃ、疲れたから私は寝ぐらに戻るわね」

 イナリの言葉を適当にあしらいつつ、羽音もまた何処かへと姿を消したのだった。

(つづく)

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