ていたらくマガジンズ__55_

ユリ (アマガサ半刻小説)

キャラクター:湊斗とカラカサ、他オリジナル

『これ、ほら、昔湊斗が読んでた本に載っていた……なんだっけあの伝説の剣。台座にザックリと刺さって誰にも抜けなかったやつ』

「……エクスカリバー?」

『そうそうそれ! えくすかりばーみたいじゃない?』

「えらく可愛らしいエクスカリバーだね」

 オイラを手に持ったまま、湊斗は笑いながらそのエクスカリバー──お墓の前に突き刺さった一本の傘の前に、座り込んだ。それは、よく女の人が持っているような、フリフリしていて、畳むと真ん中が膨らんでいる傘だ。

 白黒のシンプルな色使いの、なんの変哲もない、ただの傘──それがお墓の線香立てを貫いて、石突の根元まで突き立っていること以外は。

『……あなたも、九十九神?』

 オイラたちの会話を聞いて、その傘が声を発した。やっぱり九十九神だったらしい。オイラは湊斗の手元から飛び降りると、妖怪モードになってその傘に歩み寄った。

『こんばんわ! オイラはカラカサ。こっちは湊斗! 君は?』

『ゆ、ユリ』

『はじめまして、ユリ!』

『あなたたちは……どうしてここに?』

 オイラがいることで若干マシにはなったけど、まだまだ警戒しているみたいだ。

 オイラは下駄を鳴らしてさらに近くに歩み寄る。ユリは突き刺さった状態のまま動かない。オイラみたいに変化(ヘンゲ)ができないのかもしれない。

『町で君のことが噂になってたんだ。"夜中に墓場から女の人の泣き声がする"って』

『あら、そうなの……悪いことしちゃったわね』

 ユリは申し訳なさそうな声で言った。オイラが湊斗に視線を遣ると、相棒は頷いて言葉を続けた。

「ねぇユリさん。どうして泣いていたの?」

『ええと……その……』

『大丈夫、湊斗はいいひとだよ!』

 言い淀むユリを励ますべく、オイラは明るい声で話しかける。ユリは迷った様子で、言葉を続けた。

『……ありがとう、カラカサくん』

 月の光に照らされたその墓には、”柳瀬家乃墓”と掘られている。柳瀬さん、というのがユリの持ち主の名前のようだ。

『私の持ち主は、皆実さんっていってね。彼女が赤ちゃんのときに私が引き取られて……それから何年もずっと使ってくれて。娘さんが生まれて……私はずっと、その成長を見守ってきた』

「へぇ。ずっと使ってくれたのか。すごいね」

 湊斗の相槌に、ユリははにかんだような声で同意する。

『うん。すごく、いい人だった。でもね……娘さんが、死んじゃったの』

『えっ? なんで?』

『事故……だったの。階段から落ちて……そのまま。5歳だったわ』

 寂しそうに言うユリに、湊斗は視線を落として相槌を打った。

「そっか……」

『そのころだったわ。私が、九十九神になったのは。……正直、驚いたわ』

 オイラも驚いたのでわかる。なにせ突然感情が生まれたんだもの。パニックだよね。

『それで……思わず、皆実さんの前で、喋っちゃったの』

『あちゃー。皆実さん、驚いたんじゃない?』

『ええ。驚いて……そして……勘違いをしたの』

「……その娘さんの名前が、ユリ?」

 湊斗が口を挟む。そうか、確かに……そうなるか。

『そう。私が喋ったのを見て、皆実さんはユリちゃんが私にとり憑いたって思っちゃったみたい。それからはずっと……私を娘だと思ってた』

「……その皆実さんも、亡くなったの?」

 なるほどそれが、ユリが泣いている理由か。

 ──オイラたちが納得した、その時だった。

『いいえ、彼女は生きているわ』

 ユリの言葉に、オイラと湊斗は目を見開く。

『えっ? このお墓の中にいるんじゃないの?』

『お墓にいるのはユリちゃんだけ。皆実さんは生きているわ。生きて……そして、私をここに串刺しにした』

「……カラカサ」

 湊斗がオイラを呼ぶ。その声は──つい先ほどよりも低い、臨戦態勢の声。

 風が吹く。近くの木が揺れて、月明かりがチラチラと遮られる。カサカサと葉擦れの音が響く中、ユリは言葉を続けた。

『皆実さんはね、私が本物の娘じゃないって気付いたの。気付いたの……! 私が下手くそだったから。私のせいで皆実さんは絶望したの! 絶望して、ユリちゃんのお墓に私を突き立てた!』

 急激にその感情が高まる。オイラは咄嗟にその場を飛び退いた。下駄が鳴って──

 次の瞬間、ガリガリの手が墓の後ろから伸びてきた!

『うわっ!?』

 オイラの脚を掴もうと伸びたその手は、結局オイラの下駄にぶつかった。すぽんっと下駄が脱げて、体制を崩したオイラを湊斗が掴む。咄嗟に番傘の姿に戻ったオイラを、湊斗は銃のように墓石に向けた。

『私は抵抗したわ! それでもだめだった!』

 ヒステリックに叫ぶユリの背後から、手の主がのそりと出てくる。月明かりを反射して赤く輝く瞳が、オイラと湊斗を見据えている──!

『皆実さんはもうヒトじゃなかった! 私のせいで! 私が、へたっぴだったから!』

 出てきたのは、皺くちゃのお婆さんだ。背は曲がり、髪は灰色でボサボサで──その体は血のような赤色に染まり、額に角が生えている。それは喉が潰れたかのようなガラガラの声で、湊斗を睨みながら言葉を発した。

「ゆり……ゆりを、うばったのはおまえか」

『み、湊斗……これって!』

「鬼……!?」

『だから私は皆実さんのために生きるの! 皆実さんの罪を隠すために! 私が! 皆実さんを守る!』

 直後、ユリを中心にブワッと生暖かい風が吹いた。そして周囲の景色が、変貌する!

 白黒の、水墨画みたいな世界だ。空を大きなパゴダ傘が覆っている。湊斗は飛びすさり、老婆鬼とユリから距離をとってあたりを見回す。

「結界か……!」

『うわうわ、湊斗! 足元!』

「え? ……うわっ!?」

 湊斗の足元に転がっていたのは、腐りかけた人間の死体だ! 結界の中で殺された人だろうか。水墨画の中には、他にも人の死体が転がっている。ああもう、趣味が悪い!

『ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい──』

 ユリは半狂乱で泣き叫んでいる。その謝罪はオイラたちに向けられたものか、それとも皆実さんに向けられたものか──

「ゆりをかえせエエエエ!!」

 オイラの感傷を遮って、老婆鬼が咆哮とともに飛びかかる!

「このっ!」

 湊斗はオイラを開いて、盾のように構える。べちんと漫画のような音とともに、老婆鬼がオイラにへばりついた。うわ。なんかぬるぬるする。

『うわぁ、湊斗ちょっとこれ』

「あとで洗うから我慢!」

 湊斗は全体重を込めて、オイラにへばりついた老婆鬼を押し出した。オイラの骨がしなり、老婆鬼が放り投げられる!

 地面に叩きつけられた老婆鬼は、およそ人間とは思えない動きで立ち上がってこちらを睨みつけてくる。

「ぐぅぇあ……ゆりを……がえぜ……!」

「やるしか、ないか……」

 湊斗は決心したように呟くと、オイラを畳んで──半身に構える。

「ゆりをォォォォ!」

「邪魔ッ!」

 飛びかかってきた老婆鬼を身を翻して回避すると、湊斗は彼女のがら空きの背中に肘打ちを叩き込む!

「ガハッ!?」

『皆実さん!!?』

 悲鳴をあげるユリに向かって、オイラの先端がビタリと向けられた。

『えっ──』

『ユリ、ごめんね!』

 ガオンッ!

 オイラの言葉とともに放たれた光の弾は、ユリの声と姿を飲み込んで──柳瀬家の墓石を打ち砕く!

 そこには、ぽっかりと黒い穴が口を開けていた。そして……水墨画の世界が、振動する!

 ──────────!!!!

 悲鳴のような声が響き渡る世界で、湊斗は全力で走り始める。黒い穴が、小さくなっていき──その時!

「ゆりイイイイイ」

「っ!?」

 吹っ飛ばしたはずの老婆鬼が湊斗に飛びかかってくる! オイラは咄嗟に、叫んだ!

『返ってこい!』

「がッ……!?」

 ほとんど間を開けず、脱げたままだったオイラの下駄が、老婆鬼の顎を打ち据えた。

 宙を舞うそれを湊斗がキャッチする。崩れ落ちる老婆鬼を置き去りに、湊斗とオイラは黒い穴へと飛び込んだ。

***

 翌朝。

 宿でぐったり寝て、昼頃に起きてきたオイラたちの耳に届いたのは、皆実さんの死体が、集合墓地で発見されたという報せだった。

 皆実さんは崩れた墓の下敷きになって死んでいたという。ボロボロの傘を抱いて──

『……昨夜のこと話しても、誰も信じてくんないよねぇ』

「まーほら、触らぬ神になんとやらだよ」

 そうしてオイラたちは何事もなかったみたいに宿を出て、墓地の前を横切って──湊斗は歩き始める。

『あーあ。仲良くなれると思ったんだけどなぁ』

「そしたらエクスカリバーみたいに強くなったかもね?」

『だよねー。あの白黒の結界も強そうだったし』

「惜しいことしたなぁ」

 などなどぼやきながら、オイラは旅を再開する。

 願わくば、皆実さんとユリが安らかに眠れますように。

 オイラのささやかな願いは、風とともに消えていった。

(おわり)

[本編] [目次]

 この作品はニチアサライダー風変身ヒーロー小説『碧空戦士アマガサ』のお題企画から生まれた、番外編ショートショートです。
 お題企画については以下の記事をご参照ください。
お題はまだまだ募集中。
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- 思考メモ -

お題:パゴダ傘

パッと聞いた時点で「カラカサが恋する話」ってのを考えたんだけど、そもそも九十九神って生殖の必要ないから恋というものはなさそうだよな。スケベなキャラクターとしての女好きの九十九神はいそうだけど……まぁでもそれを超えて誰かを愛する無機物神が居たら、それはそれでアツいし俺は好き。でもそれはきっとカラカサじゃないな。

パゴダ傘自体は100年以上前からあるようで、一応九十九神にもなれるんだよな。湊斗がパゴダ傘の九十九神を見つけて、仲間にしようとする話とかにするか。そんでカラカサがめっちゃ嫉妬する。役割かぶっとるやんけ湊斗貴様みたいな……いや、でも湊斗はそこまで無頓着じゃないよなぁ。二刀流でもするつもりだったの??? みたいになるしな。うーん。

九十九神をどうやって集めていたのか、カラカサとリュウモン以外に九十九神がいるのかっていうところは追々本編で触れるところではあるのだけど、まぁ九十九神にも人格がある以上基本的には接触して説得して一緒に来てもらうことになるんだよな(湊斗は旅の身の上なので)

って書いてて思いついたけど、お墓の前にエクスカリバーみたいに刺さってるパゴダ傘いいな。オチは「それでも私はここに残る」か「元の持ち主の夢を私は叶える」で、パーティ未加入でGOかな。

旅の途中、湊斗は「深夜、共同墓地から女の泣き声が聞こえる」という噂を聞きつける。宿屋を抜け出してこっそり共同墓地に言ってみると、果たしてそこにはパゴダ傘が居た。名はユリ。近づいてきた湊斗を見て警戒するユリであったが、左手に携えたカラカサがしゃべり始めて”同族”であることを悟り、打ち解ける。

どうして泣いているのかという問いに、ユリは「主人を待っている」と答える。柳瀬というその親子は、二世代にわたってユリを使ってくれていた。しかし数年前に娘が事故で死に、親のほうはそれが原因で自殺。今はこの墓で眠っているらしい。

ユリはもう一度二人に逢いたくてこの墓にやってきたのだが、もちろん会えるわけもなく、ただただここで泣いていた。

カラカサから見るとちょっとその気持ちはわかるところがあって(※本編ネタバレのためこれ以上書けないけれど)、なんとか救ってあげたいと考える。カラカサは湊斗との旅が楽しいので、一緒に来ないかと提案する。

旅という言葉を聞いてユリが思い出したのは、娘のほうの夢。遠く”いたりあ”の地に行きたいと言っていたあの子。私はそれを受け継ごう…的な。


・・・・・・・・・・と思っていたけど筆が乗ってきたので全然違う話になったよ! そんなこともあるよね!

所要時間:1時間40分 / 3440文字

Photo: Lorri Lang via Pixabay

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