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碧空戦士アマガサ 第4話「英雄と復讐者」 Part2

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前回までのあらすじ
 先日晴香に思い切りぶん殴られたことで荒れ気味の羽音。彼女は逆襲のために自分に出陣させてほしいと王・イナリに進言する。しかしイナリはそれを拒否。代わりに、過去にアマガサに殺された<水鏡>、<鉄砲水>と縁の深い雨狐<雨垂>を出陣させることとなった。
 一方そのころ、晴香たちは──?

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「なんだこりゃ。隕石でも降ってきたのか?」

 抜けるような青空の下、晴香が素っ頓狂な声をあげた。『いやぁ』とその言葉に応えたのはカラカサである。

『この感じ、むしろ雹っぽくない?』

 そこは、ひとことで言うならば荒れ寺だった。しかし、ただ朽ち果てたものではない。寺の壁も天井も床も、更には手水舎、鳥居、狛犬に至るまでもが穴だらけである。

「確かに、めちゃくちゃ強力な雹……って感じだなぁ」

 カラカサの言葉に答えるように呟いたのは、晴香の横に立つ湊斗である。晴香と湊斗は境内を見回しつつ、状況を確認する。

「……カラカサ、場所は間違いなくここなんだよな?」

『うん。特に寺の中央の──おっと』

 晴香の言葉に返事をしかけたカラカサが言葉を切る。番傘の表面に浮かんでいた目と口がスイと消え、九十九神カラカサはただの番傘に戻ってしまう。

「ん、どうした──」

「晴香さーん、ニュース記事あったッスー」

 首を傾げた晴香の言葉を遮るように、後ろから声が掛かる。「ああ、なるほど……」と小さく呟きつつ、晴香は振り返った。

 スマホを手に階段を昇ってきたのは、ツンツン頭が特徴的な、目つきの悪い青年だ。晴香の部下であり<時雨>の最若手、ソーマこと雪村 宗馬である。

 九十九神たるカラカサは人間に対して警戒心が強く、今は湊斗、晴香、タキ以外の前ではずっと番傘の姿を取っているのだ。晴香が一瞥すると、湊斗は「ごめんね」と目で訴えていた。そんな様子を見て、ソーマが首を傾げる。

「……どうかしました?」

「いやなんでもない。それより、どんなニュースだ?」

「あ、はい。えーっと」

 ソーマはスマートフォンの画面に指を滑らせながら二人に並び立ち、言葉を続けた。

「タイトルは『住民の憩いの寺、一晩で倒壊』。もとは善光寺っていうお寺だったみたいッス」

「時期と、被害者は?」

「記事は2か月くらい前ッスね。怪我人はなしと書かれてます」

「2か月前か……」

 超常事件が起き始めた時期と符合する。タイミングといい、寺の異常な破損具合といい、超常事件とみて間違いないだろう。

 晴香はそこまで考えて、「それにしても……」と口を開いた。

「<ケース01>みたいな、溶けてお好み焼きのタネみたいになってるのを想像していたんだが……新規案件かよ。想定外だな」

 "お好み焼きのタネ"とは、先日湊斗と共に訪れた超常事件ケース01<溶解するビル>の現場の有様のことだ。ビルが、車が、そして恐らくは人間までもが溶解したあの地は、雨狐の妖気が色濃く残る土地でもあった。

 今日この土地──元・善光寺にやってきたのは、その調査の延長にあたる。

 あの時湊斗とカラカサがもたらした情報により、他にも雨狐の妖気が残る土地がいくつかあることが発覚したのだ。それは取りも直さず、<時雨>が感知していない超常事件の現場があることを意味していた。

 マーベラス河本の事件の事後処理などもあり数日経ってしまったが、ようやくひとつ目の現地調査に取り掛かることができたのだった。

 境内に居るのは晴香と湊斗、そしてソーマ。ちなみにタキは車を停めるのに苦労している。と──

「俺、ちょっと近くで見てきます!」

「あ、おい」

 不意にソーマが、スマホをしまって寺の本殿へと走りだす。晴香は慌てて声を投げた。

「気をつけろよ。まだ崩れるかもしれん」

「了解ッス!」

 安全靴のゴッゴッという足音を鳴らしながら、ソーマの元気良い返事が返ってきた。晴香は息をつき、呆れたように笑った。

「ソーマのやつ、やる気満々だな」

 ──お願いします! 俺も前衛で! 調査させてほしいンす!

 ──河本さんの件、あれも超常事件ッスよね!? 俺、なんもできなくて! だから名誉挽回っていうか! 汚名返上っていうか! したいんス!

 それは、1時間ほど前のことだ。出掛けようとする晴香たち前衛チームの前に立ちはだかり、ソーマはそのツンツン頭を下げたのだった。

 同じ光景を思い返していたのだろう。湊斗が小さく笑い、晴香に視線を寄越してきた。

「義理堅くていい子じゃん」

「だろ? ……まぁ、アホだけどな」

「のわーっ!?」

 がらがらがらがら。

 言った傍から、不用意に社殿に踏み込んだ衝撃で崩れた壁にソーマが悲鳴を上げている。晴香と湊斗は顔を見合わせ、呆れた様子で笑いながら、ソーマを助けに歩み出し──

 ──その時だった。

『湊斗、姐さん!』

 傘のフリをしていたカラカサが鋭く声をあげた。その瞬間、二人が臨戦態勢に入る。晴香は即座に状況判断し、ソーマに声を投げた。

「ソーマ! そこ雨防げるか!?」

「えっ!?」

「屋根は! 健在か!?」

「え、あ、はい! 大丈夫です!」

 その確認をした直後──

「心配するな。そっちのニンゲンに用はない」

 善光寺境内に、どこからともなく声が響いた。

 同時に、青空から雨滴が落ちてきた。瞬く間に強まったその雨は、五月雨めいて不安定な、しかし粒の大きな雨である。

「て、天気雨……!?」

 ソーマが驚きの声をあげる中、晴香たちはあたりを警戒し──そして境内中央の風景が、歪む。

「……アマノミナトの一味だな」

 そんな言葉と共に現れたのは、群青色の着物を身に纏う男だった。

 背は高いが、線は細い。腰の刀は勿論だが、なによりもその背に帯びた巨大な大太刀は異質である。そしてその顔には、狐の面──怪人<雨狐>である。

「うわっ!? なにこいつ!?」

 その姿を見て声をあげたのは、ソーマである。そんな彼に、晴香は大声で指示を出す。

「ソーマ! お前そこで待機! いいな!?」

「りょ、了解!」

「晴香さん、結界いくよ」

 そんな晴香の傍で、湊斗は手にした番傘を開く。そこを中心に展開された半径3メートルほどの傘状結界は、二人を天気雨の影響から守るだけでなく、簡単な攻撃であれば無効化する力を持っている。

 雨が弾けるバラバラという音が、晴香の鼓膜を揺らす。そんな中、その雨狐はスイと立ったまま、静かに名乗りを上げた。

「僕の名は<雨垂>。イナリ様の弟子だ」

 そして腰の居合刀に手を添え、腰を落とす。

「……アマノミナト、そしてその横の女。お前たちを殺しに来た」

「なかなか強気だね? これまでの奴は不意打ちばっかだったのに」

 湊斗は目を細め、言葉と共にカラカサの先端を<雨垂>に向けた。その傍では晴香が扇子の九十九神<リュウモン>を取り出しながら声をあげる。

「やいこらヒョロガリ狐男。こっちは晴香さんだ。覚えとけ」

「……こっちは<雨垂>だ、ハルカサン」

 その言葉に<雨垂>はピクリと眉をあげ、言い返した。

 そうしている間にも、天気雨はその強さを増していく。バラバラという音もまた強くなり──雹でも降っているかのような大音量となっていく。

 その音の強まりと共に、両者の緊張もまた高まる。空気が爆ぜんばかりの緊張は、とうとう臨界点に達し──

 ──直後、上空の結界が割れた。

(つづく)

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