ていたらくマガジンズ__21_

碧空戦士アマガサ 第1話「天気雨を止める者」 Part2(Re)

[] [目次] []

【これまでのあらすじ】
 馴染みの焼肉屋でブリーフィングを行なっていた"時雨"メンバーの目の前で、集団食い逃げ事件が発生。犯人の追跡・確保のため奔走した晴香であったが、犯人の一部を取り逃がしてしまう。
 それを代わりに打ち倒したのは、超常事件の重要参考人にして、晴香の大怪我の原因と目される"白い雨合羽の男"──通称<アマガサ>だった。

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「すまない。助かった」

 晴香は警察手帳を掲げながら、その男<アマガサ>に話しかけた。

 茶髪の、背の高い男だ。年齢は二十過ぎくらいだろうか。纏う雰囲気は柔らかだが、それと裏腹に目つきは鋭い。映像で見たのと同じ白い雨合羽を羽織り、左手には赤い傘。近づいて見ると、それはどうやら古びた番傘のようだった。

 アマガサは晴香の顔を見て少し驚いた顔を見せたが、すぐにそれを引っ込めた。代わりに出てきたのは、少しぎこちない笑顔。

「え……警察の方……だったんですか?」

「ああ、一応な」

 相手は一連の事件の重要参考人であり、もしかすると自分に大怪我を負わせた人間かもしれない。晴香は最大限の警戒をしつつも、それを悟られぬようにっこりと微笑み──カマをかけることにした。

「ちなみに、どこかで会ったことあるっけか?」

「えっ!? い、いや、はじめましてですよ!」

「そうか、気のせいのようだ。すまない」

 ──こいつ、私のことを知っている。

 笑顔で誤魔化しながら、晴香は内心で確信した。作り笑顔のその男は少し視線を泳がせた後、取り繕うように言葉を続ける。

「そっ……それよりあの。これって正当防衛になります?」

 "これ"とは勿論、ふたりの食い逃げ犯だ。二人ともアマガサの足元に転がって、気を失っている。晴香は足元に視線を遣り、にっこり笑顔のままアマガサに答える。

「もちろん。こいつら、食い逃げの現行犯でな。……あ、あと暴行未遂か」

 言いながら、晴香は握手を求めるように右手を差し出した。

「本当に助かったよ。ありがとう」

「いやぁ、そんな大したことでは──」

 アマガサはその手を握り返し──

 その瞬間、晴香はその手に万力のごとく力を込めた。

「痛てっ……!?」

 アマガサが小さく悲鳴をあげた。晴香は笑顔を引っ込めると相手を睨みつけ……低い声で言い放った。

「公園では世話になったな」

「えっ!?」

 これも勿論カマかけだ。相変わらず晴香には当時の記憶はないし、アマガサがそこに居合わせたかも知らない。

 しかし──どうやら彼は、割と素直な性格らしい。

「お、おおお覚えて……るんですか?」

 ──ビンゴだ。

 晴香は手を握る力を強めた。アマガサはあの時公園にいて、そして晴香の怪我と、記憶の欠落を知っている──否、関わっている!

「当たり前だ。お前のせいでこっちは大変だった」

 これも勿論嘘だ。……いや、大変だったのは本当だが。

「ええっ……!?」

 ともあれ効果は絶大だったようで、アマガサはなんとか逃げようと手をよじり、その視線はキョロキョロと落ち着かない。

 そんなアマガサの右手を握ったまま、晴香は冷たく言い放った。

「お前は重要参考人だ。本部まで来てもらいたいのだが」

「そ、それは……──」

 その瞬間、アマガサの右手が抵抗をやめ──刹那、晴香の視界の端に、殺気。

「っ!?」

 晴香は咄嗟に屈み込む。頭上を掠めたのは──アマガサの、左脚!

「それは、困る!」

 手を握られたまま繰り出されたハイキックは、その不自然な姿勢ゆえ大した威力はなかったが──反動で晴香の拘束を外すには十分だった。

「っ……こいつ!」

 晴香は慌ててアマガサに掴みかかるが、彼はひらりとそれを回避する。

「ごめんねオマワリさん、俺急いでるから!」

 彼はそう言うと踵を返し、レインコートを翻して駆け出した。が──同時に晴香が、叫ぶ。

「タキ!」

「ほいさ!」

 晴香の指示で飛び出したのは、物陰に隠れていたタキだった。そしてその大きな身体で、アマガサを抱きとめる!

「どあっ!?」

「観念しなっさい!」

 ニヤリと笑ったタキは、そのまま両手でアマガサを締め上げる。

「あだだだだだ!?」

 悲鳴をあげるアマガサを、タキは抱きとめたまま持ち上げた。その男はじたばたと暴れるが、タキの怪力は緩まない。

「よーしタキ。そのまま離すなよ」

 晴香はポキポキと指を鳴らしながら、その男へと歩み寄る。アマガサはなおももがいていたが──その抵抗が、不意にやんだ。

「お?」

「……仕方ない」

 首を傾げた晴香の前で、アマガサは左手に携えた番傘から手を離した。その傘が重力に引かれて地面へと引き寄せられる中──アマガサは、"それ"の名を呼んだ。

「"カラカサ"!」

 番傘が地面に激突する、その瞬間──

『おうよ!』

 番傘が、喋った。

「は?」

 驚く晴香とタキの目の前で、番傘がぴょんと跳ね上がる。その表面にぎょろりと目が開き、口が開き、舌が出て──カランと持ち主の傍に着地する。

『任せろい!』

 そいつは人語を発したのち、タキをボコボコに叩きはじめた。

「いでででで!? なんだこいつ!?」

『湊斗を離せこの大男!』

 唖然とする晴香の見る前で、全身を殴られたタキの拘束が緩み、アマガサの両足が地面を踏みしめる。

「今だっ……!」

 アマガサは叫ぶと、お辞儀するように姿勢を倒し──

 タキの身体が、宙に浮いた。

「うっそぉっ!?」

 アマガサの体重移動によって、その背中越しにタキの天地が入れ替わる。そしてタキは、そのまま晴香の眼前へと投げ出された。

「どわぁああぁっ!?」

「あぶねっ!?」

 晴香は慌てて跳び退がった。タキは悲鳴とともに、背中からドスンとアスファルトに叩きつけられた。そしてその一瞬で──

「じゃあねオマワリさん! もう会いたくない!」

『おとといきやがれだ!』

 アマガサと謎の番傘は捨て台詞とともに姿を消してしまった。

「やられた……!」

 晴香は毒づき、倒れたタキを助け起こした。

「……痛ってて……すんません……」

「探すぞ、タキ。まだ遠くには行ってないはずだ」

 鼻頭を抑えたタキは、晴香の指示に「了解っす」と答えたが……すぐに足を止める。

「……いや姐さん、それどころじゃないです」

「あ?」

 先行していた晴香が振り返る。タキが指さす先には気を失った食い逃げ犯。対向車線にもう二人。辺りを見回せば、事故の音を聞きつけて野次馬も集まってきている……。

「あー……」

 晴香はしばし、自分の仕事と警察関係者としての使命を天秤にかけ……頭を抱えながら、事後処理を開始したのだった。

***

 それから、1時間ほど経って。

「いやぁ、こうも簡単にアマガサが見つかるとは!」

「いいから前向いて運転しろ」

 <時雨>の社用車の中で、晴香とタキは言い合っていた。目指す先はアマガサの現在地と目される地点。食い逃げ犯の処理をしている間、本部に居る乾が件の捜索・追跡システムでアマガサを見つけていたのだった。

『最後に検出されたのは、そのあたりでした。10分ほど前です』

「オーケー。サンキューな」

 乾の無線に礼を言いながら、晴香は辺りを見回した。

 辿り着いたのは、オフィス街の中央──様々なオフィスビルに囲まれた広場のような場所だ。時刻はちょうど昼過ぎで、車内からざっと見回しただけでも結構な数のサラリーマンが付近を歩いている。

「いやマジ凄くないっすか? 流石俺って感じ!」

「はいはいそうだな。おら、行くぞ」

 鼻にティッシュを詰めたままのタキの自画自賛を適当に受け流し、晴香は扉に手を掛け──その時だった。

 ボタッ。

 フロントガラスに、雨が落ちる。

「ん?」

「あれ、雨っすかね」

 二人が怪訝な声をあげる中、フロントガラスを叩く雨粒は瞬く間に増えていく。

「うわ、土砂降り……」

「……おい、タキ」

 声をあげるタキの声には応えず、晴香は──空を見上げていた。

 太陽が輝く、青い空を。

「天気雨……!」

『……ザッ……晴香さザザッ……無線ザッ』

 晴香が呟くのと時を同じくして、車載の無線が急激に不安定になり、乾の声が途切れる。突然の雨に慌てたように、周囲のサラリーマンたちが軒下を目指して移動を始める中──"それ"が起きた。

 天気雨によって生成されたいくつかの水溜りが、虹色に輝きだした。突然の状況にサラリーマンたちは戸惑い、あたりを見回し──そして水溜りから、黒い水柱が立ち上がった。

「なっ……なんだ、これ?」

 タキが声をあげる間にも黒い水柱は徐々に変化し……形を変える。

 それは、のっぺりとした黒い怪人だった。質感としては水に濡れた粘土に近いが、天気雨に打たれて広がる波紋は水面のそれだ。

 ノッペラボウのような顔を持ったそれは、全部で6体。中でも、その手に刀めいた武器を持つ者がいるのを見て取り、晴香は自らの胸に──先日の大怪我の跡に手を当てた。

「化け物……?」

 (続く)

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(作者註)
 本記事は、noteで連載中の小説「碧空戦士アマガサ」を加筆・修正し、再投稿したものです。初版と比べて言い回しが変わったり、2,3記事が1つに合体したりしています。再放送の詳細はこちらの記事をご覧ください。

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