21XX年プロポーズの旅 (3)
(承前)
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──星間バスをご利用いただき、ありがとうございます。当便は光速特急ネガイ852号、月面基地行きザザッ駆け込み乗車は他のお客様のご迷惑となりますのでおやめください!
くそ、車内放送で叱られた。
「ま、間に合った……!」
僕は息を切らし、その場に座り込んだ。黒服たちから逃げ出してから10分ほどが経つ。僕はリカコを抱えたまま全力で走り回っていたのだ。
星間バスに乗るときに蹴り落としたので、追っ手は乗っていないはずだ。月面までは2時間ほど……少し休憩できそうだ。
「で……なにやったの?」
リカコは僕を見下ろし、少し怒ったような声音で聞いてきた。
「あーと……」
困った。かなり困った。このままでは、僕の完璧なプロポーズ大作戦が失敗してしまう。
今回のプロポーズ大作戦には、2つの目標がある。
ひとつは月面で日食を見ること。日食時、溢れた太陽の光がまるでダイヤモンドのように輝き、あたかも指輪のように見える瞬間があるという。ダイヤモンドリングと呼ばれるこの現象は、一部の地球通の者しか知らない自然現象だ。僕はネットでそれを見て、プロポーズするならこの瞬間しかない、と思ったのだ。
もうひとつは、彼女にプロポーズを悟られないこと。変に意識させてしまってはよくない。彼女に最高の思い出を作ってもらいたい。僕はそのために、サプライズプロポーズを成功させねばならない! そのために月面テラス席のあるレストランも予約しているのだ。
「だんまりですか。話せないなら私、帰るけど?」
「あわわわごごごめん! 話す! 話すよ!」
思い返してる間に、リカコはめちゃめちゃ不機嫌な顔になっていた。畜生、地球人どもめ……と心中で毒づいた、その時だった。
──お客様にお知らせ致します。本機体は安全確認のため、一時停車致します。ご迷惑をおかけしますが──
車内アナウンスが鳴り響き──同時に、僕の背後の扉がいきなり開いた。
既に車両は成層圏を突破している。車内の空気が一気に放出され、僕とリカコは宇宙空間に放り出されそうになる。
「どあーっ!?」「キャアッ!?」
悲鳴ごと吸い出されかけた僕らの体は、ドン、と見えない壁にぶつかって止まった。安全用の保護膜だ。
「失礼。人がいるとは思わなかった」
絡まった脚を解いていると、声が降ってきた。見上げたそこにいたのは──白銀の宇宙鎧を着た男。
「ん……お前」
そいつは僕の顔を見て目を細めた。
──やっべぇ。
僕は内心、冷や汗を垂らす。
胸元に"王国"の国章。白銀の宇宙鎧。右手に携えた豪奢な剣。
「ちょっと、え!? なんでこんなとこに!?」
隣でリカコが声を上げた。
無理もない──目の前のそいつは、"王国"の王子にして騎士団の最強戦士、アーサーだ!
「その顔! お前か、ムーンフォースリン──」
「あああ皆まで言うなァッ!」
指輪の存在は絶対秘密!
その思いだけで繰り出した僕の蹴りは、奇跡的にアーサーの脚を捉えた。アーサーが呻き膝をついた隙に、僕らは逃げ出した。
「ちょっとちょっと!? とんだ大物じゃないの!」
「まさかアーサーが出てくるなんて……!」
「待て盗人!」
アーサーはすぐに追いかけてきた。
「盗人?」「まぁ……うん」
僕がリカコの言葉に曖昧な返事をかえすと──リカコは笑った。
「なぁんだ、要は"仕事"でヘマしたってことね?」
「へ?」
いやヘマはしてないけど──なにやら勘違いしたまま、リカコは納得した表情を浮かべている。
「アーサーが出てくるなんてとんでもないモン盗んだのね! すごいじゃないテツ!」
「あ、えー。まぁね。へへ」
盗んだのは本当なので素直に喜ぶことにした。リカコはそんな僕を見て微笑むと、急停止してアーサーに向き直った。
「り、リカコ!?」
「そうとわかれば話は簡単ね」
慌てて立ち止まった僕の腕を、リカコは強く握った。
「分け前半分寄越しなさいよ、"オクト"!」
僕をコードネームで呼び、彼女は僕を引き寄せ、抱きしめた。心臓が跳ねる。ドギマギする僕に、彼女はウインクをひとつ。
「"オクト&レオン"、レッツゴー!」
キャハ! と笑いながら、リカコ──怪盗レオンは星間バスの窓を蹴り砕き、宇宙空間へと身を投げ出した。
(続く)
続き
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