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旧館林市庁舎に会いに行った話

アナログにも程があるだろという感じなのですが、2016年2月に日本に一時帰国して建築見学をしたとき、わたくしは見たい建築に印を付けたgoogle地図をプリントアウトし、その紙を手にして各地を奔走しておりました。そんな風にして埼玉と群馬の建築を見て回っていたときのこと。

その日は深谷市から旧妻沼町、太田市を経由して館林市に行くという行程。自分の私的用事で実家の車を使うのは気が引けたので、深谷~館林間はすべて自転車で移動しました。わたくしはかつて自転車競技をばりばりやっていたので、このくらいの距離だったら普段着とスニーカーであっても特に問題なく移動できます。

埼玉県内でこの日見たかった物件を見終わり、利根川を渡りて群馬県にさしかかろうというところ。群馬に入ってからの道順を確認しようと、橋の上で、紙の地図をポケットから取り出しました。すると。ばさっ。ひゅー。

えっ。

この日はまあまあ風が強く、わたくしの紙の建築地図は吹き飛ばされてゆきました。急いで橋から川に飛び込み、冷たい水の上に浮かんでしわしわになってしまった地図を、泳いで奪還しました、というのはうそで、わたくしは自転車にまたがりながら橋の上で呆然とするほかありませんでした。もはや何ものも手にしていない両てのひらを眺めながら、「そんな……。」と力なくつぶやくので精一杯。

そういうわけでわたくしは突如、地図のない空間に放り込まれた格好に。太田市と館林市は記憶と野性の勘で廻るはめになってしまいました。橋の上で、めそめそしそうになりました。しかしせめて、本日最低限見たいと決めていた長谷川逸子氏のテクノプラザおおた、第一工房の群馬県立館林美術館、菊竹清訓氏の旧館林市庁舎だけは何としても見に行こう、と気持ちを奮い立たせる(太田市美術館・図書館は当時まだなかった)。

テクノプラザおおたは道路標識に載っていて、意外とあっさりたどり着けました。群馬県立館林美術館も同様。しかし問題は旧館林市庁舎。この建築が市庁舎としての役目を終えて、次に何という名称になったかは記憶にとどめていませんでした。しかも駅から少し離れた分かりにくいところに建っていた気がする。周りに何があったかとかも、覚えとらん。

ともかく、館林美術館から駅の方に急いで自転車を走らせる。そろそろ日も傾いてきた。日没までに間に合うだろうか。いや、そもそも建物を見つけることができるだろうか。この旧館林市庁舎見学は、じつはこの日の主目的でした。のみならず、この度の日本滞在全体を通しても主目的であったくらい、見たい建築でありました。それはこの旧市庁舎が、実現された数少ないメタボリズム建築であることや、写真を一目見てかっこいいと思ったからでもあるのですが、それよりも何よりもまず自分には何となく、菊竹氏のこの建築がいつ取り壊されてもおかしくないように思われたからです。(わたくしの悪い予感は同時期、むしろ出雲の方で的中してしまった。)

そのため、次回の帰国がいつになるか分からない以上、今回見逃したらもう二度と見られなくなってしまうかもしれない、という焦りがありました。そんなことはあまりに辛いので、今日、なんとしても見に行きたい。しかしどこにあるか分からない。日も徐々に暮れかかってきて、館林市街の少し心細い町並みが黄色味を帯びて広がる。本当に見つけられるだろうか。カラスがどこかで鳴いている。見つけられなかったら、かなしい。日が傾く。とにかく自転車を走らせる。

市街のどこをどうさまよって、どういう経緯で発見するに至ったのか不思議なくらい記憶がない(カラスが鳴いていたことは異様によく覚えている)のですが、気付いたら無事、わたくしは旧館林市庁舎と対面できていました。西日を浴びてクリーム色の、古びたコンクリートの外壁。それが視界に飛び込んできた瞬間、初めて実際に見る建物であるにもかかわらずなぜか、「なつかしい」という印象をまず抱きました。

建築を人にたとえるのはもしかしたら陳腐かつチープな発想なのかもしれませんが、わたくしはこのとき紛れもなく、お会いしたかった懐かしい人物にようやく会えたな、という気がしました。お目にかかれて、本当によかったです。

建物の中には入れなかったのですが外からゆっくり、そのダイナミックな形状、渡り廊下や玄関周りの意匠、窓の形、職員通用口の凝った動線などを観察しました。それらひとつひとつに感激したのですがやっぱり第一の印象は、会えてよかった、安心した、でした。そして、このような建築遺産を残しておいてくださった館林市に感謝。でした。

その後、館林駅で輪行(自転車をばらして電車に乗り込むこと)して、駅のホームの自動販売機で買った温かい珈琲牛乳を飲みながら、帰路につきました。


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旧館林市庁舎の他の写真は、以下の拙ブログにてご覧いただけます。

あと、テクノプラザおおたも。長谷川逸子氏は菊竹事務所出身なんですよね。両者の作品を同じ半日の内に見たというのも、やや不思議な縁。


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