見出し画像

KAIT工房はなぜ透明になれるのか?:超能力としての透明性をめぐって

マーク・チャンギージー『ひとの目、驚異の進化』という本を読みました.人間の目の知られざる能力を,超能力(テレパシー,透視,未来予知,霊読)に見立てて説明する本です.

どの能力についても刺激的な内容だったのですが,ここでは,特に面白かった透視能力を参考に,建築の透明性について考えていきたいと思います.後半では,透視能力を経験できる建築として,石上純也さんが設計したKAIT工房を論じます.

よろしければ,どうぞお付き合いください.

わたしたちの透視能力で何ができるか?

最初に,わたしたちの目が持っている透視能力を確かめてみましょう.非常に簡単です.人さし指を目の前に立ててみてください.人さし指の裏に隠れている風景を,欠けることなく完全に見ることができますね.これが透視能力です.

なんだ,そんなことかと思われたでしょうか?

さらに考えていくと,面白いことに気づきます.

人さし指の裏の風景を見ながら,同時に人さし指を見ることができる.ちなみに,このとき,人さし指は2つに見えているはずです.そして,わたしたちの視覚の中で,人さし指は半透明に処理されています.このことを,PhotoshopやIllustratorにおける透明度やレイヤーのようなものとして理解してみましょう.わたしたちの視覚システムには,焦点を合わせるレイヤーより前にあるレイヤーに対して、透明度をかける機能があります.

わたしたちに備わった能力として透明性があるということを考えると、コーリン・ロウが唱えた「実(Literal)の透明性」と「虚(Phenomenal)の透明性」という区別についても妄想が広がります.とは言っても,収拾がつかなくなりそうなので今回はやめておきましょう.

超能力の限界

チャンギージーによれば,こうした能力は,ジャングルのような見通しの悪い場所で生活するのに有利だっただろうとのこと.視界の範囲を犠牲にして,顔の前面に目を持っている生物はこうした環境に適応した結果というわけです.わたしたちの祖先もそうした環境で生活していたのでしょう.

ではなぜ,わたしたちは自分の超能力に気づかないのか?

それは,透視能力には限界があるからです.

その限界とは,両目の間の距離より大きい幅のものを透視することはできない,ということです.ですから,わたしたちの現在の生活環境ではこの能力を活かす機会はあまりありません.

ちなみに,眼鏡を作るのに必要となるデータとして瞳孔間距離というのがあるそうです.調べてみると,その距離の平均は男性64mm,女性62mmとのこと.わたしたちの超能力の限界は、この寸法になるわけです.

KAIT工房を透視してみよう

(画像は,https://www.kait.jp/kaitkobo/より)

建築の構造体で考えてみると,この寸法は非常に細い.最初に思い浮かべたのはSANAA「海の駅 なおしま」でしたが,この柱はφ85mmだそうです.この大きさの柱では透視することはできません.

次に思い浮かべたのが石上純也「KAIT工房」です.KAIT工房には,様々な寸法の扁平な断面の柱が散らばっています.『新建築』2008年3月号をあたってみると,全ての柱の寸法が記載されているわけではありませんが,最も太い柱で56×90mmでしょうか.これは十分に透視能力を発揮できる寸法です.他のほとんどの柱は,これより細い,というより平べったいので,KAIT工房のほぼ全ての柱が透視能力の範囲内と言っていいでしょう.

ただし,寸法に応じて,それぞれの柱を透視できる方向や範囲は決まっています.こうした柱が散らばっている様子はまさに,チャンギージーが説明したジャングルのような環境と言っていいのではないでしょうか.KAIT工房の空間の不思議な感覚は,わたしたちの祖先の生活していた環境に通じているのかも知れません.


さて、透明性をめぐる妄想を今回はこのくらいで止めておきたいと思います.長々とお付き合いいただきまして,ありがとうございました.わたしは今,石上さんの黒目と黒目の間を測ってみたいという思いに駆られています.56mm以上はあるに違いないと思っているのですが,どうでしょうか.

#建築 #読書 #石上純也 #KAIT工房 #マークチャンギージー



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?