見出し画像

クモとモモ:リチャード・ノイトラから中川エリカへ

リチャード・ノイトラの建築の特徴である、外に飛び出す柱梁のフレーム。これはスパイダー・レッグと呼ばれているらしい。それを知ったとき、中川エリカさんの設計した「桃山ハウス」を思い出した。桃山ハウスも柱と梁が外に飛び出している。

ノイトラは1892年のウィーン生まれで、中川は1983年生まれ。およそ90年の時間を飛び越えて広がった、ある種の自由連想について書いてみたい。

中川エリカ建築設計事務所ウェブサイト
http://erikanakagawa.com/)より

精神分析時代の建築家 ノイトラ

スパイダー・レッグの呼び方を知った本は、シルヴィア・レイヴィン『形態は欲望に従う:精神分析時代とリチャード・ノイトラ』だ。近代建築史ではあくまで脇役だったノイトラを、精神分析時代の主役として取り上げたのがこの本。

ウィーンにいた頃にフロイトと親交のあったノイトラは、人間の無意識に働きかける建築を目指した。アメリカ(特に彼が活躍した西海岸)では、1950年代に精神分析が大流行し、大衆化していた。彼は施主に対して精神分析医のように振る舞ったし、施主もそれを望んでいたという。

彼の著書に『Survival Through Design』がある。デザインを通して生きることを考えたノイトラにとって、精神の充実も重要な目標だったろう。

ノイトラが、そのために重視したのはムードである。そして、人間がいなくても成立する「空間」ではなく、人間が介在することで現象する「環境」をデザインしようとした。

スパイダーレッグ以外のノイトラの建築は、隅部の突きつけられたガラスだ。両者が組み合わさることで、建築の輪郭をあいまいにする効果がある。写真を見ると、環境が内部に流れ込んでくるような印象を受ける。ある施主は、この部分がいたく気に入って、自身の個室ではなくリビングで寝るようになったという。

Singleton House by Richard Neutra, 1959.
https://www.roseborn.com/)より

寝椅子と模型

ムードの重視や環境のデザインは、桃山ハウスにも感じられる姿勢だ。それは、この住宅と併せて発表された論考からも読み取れるような気がする。

 「その根底には、完結した場によって人間が予定調和的にコントロールされるのではなく、開放的で雑多な場によって、人間が発見的に生きることを応援したい、そこに建築のパワーを向けたい、という思いがある。」(中川エリカ「荒ぶる好奇心の先に」, 『新建築 住宅特集』, 2017年8月号.)

フロイトは、精神分析を行うにあたって、診察室のインテリアに気を使っていたという。なかでも重要だったのが寝椅子である。建築の設計に、精神分析的な側面があるとして、寝椅子に相当するものはあるだろうか?

中川は、巨大な模型を作り込んで設計を行うことで知られている。模型は、設計者の検討のためのものでもあるし、施主とのコミュニケーションを媒介するものでもある。そうしたあり方は、精神分析における転移に似ているように思えなくもない。

図面やパース、最近ではVRなど、そうした媒体としての役割を果たすものは色々とある。そのなかで、寝椅子という、ある意味では必要不可欠でもなく凡庸なもの考えると、模型がそれに一番近いような気がしている。

フロイトが診察に使用していた寝椅子
フロイト・ミュージアムのウェブサイト(https://www.freud.org.uk/)より

第二精神分析時代の理論とデザイン

建築史家のレイナー・バンハムは、1950年代を第二機械時代として捉えた上で、そのルーツとなる時代について『第一機械時代の理論とデザイン』を著した。その構図にならって、第二精神分析時代として現代を捉えてみたら、どういうことが考えられるだろうか?

近代主義建築は時代精神を重視する運動でもあった。現代では、一つの時代精神というものを信じるのは難しい。だとすれば、多様な側面のうちの一つとして精神分析を考えてみてもいいような気がする。フロンティアは、技術や哲学、社会だけでなく、私たちの心の中にもあるのかもしれない。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?