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手帳オフについて

 私が、手帳の種類を問わない手帳ユーザーの集まり「手帳オフ」をはじめたのは、2007年だった。ちょうど拙著『手帳進化論』(PHP研究所)を刊行した年で、初回の12月1日には、手帳メーカーや、その世界の著名なデザイナーなどを含めユーザーを中心に20名ほどの方が集まってくださった。
 で、なぜはじめたかと言えば、そういう種類の集まりが見当たらなかったからだ。
 ○○手帳の勉強会、○○手帳ユーザー倶楽部、○○手帳倶楽部など、特定の手帳に特化した団体はあっても、手帳の種類を問わない集まりというのはなかったのだ。
 いや、正確には、パソコン通信nifty-serveの時代の各種会議室はそうだったらしい。それについては、かつて、「手帳の文化史」(NTT出版Web連載)で触れた。
 このときに取材に応じてくれたのが、私の手帳オフに足繁く通ってくれたまなべさんという方だ。このまなべさんによれば、nifty時代の手帳オフも、別にまとまって討議とか勉強会をやっていたわけではないらしかった。ちなみに同氏はのちに、日本手帳の会の初代会長になる。
 ③代目の会長の人も、私の手帳オフにあししげくかよってくださっていた。まなべさんとつれだって、ドーナツを持って私の家にあそびにきたこともある。つまり、この2人をふくめて、私の手帳オフの大きな影響を受けていると言える。

『手帳辞典2018』の巻末にある、日本の手帳オフ団体の分布図。日本手帳の会やそこから分裂した手帳社中などいろいろな団体があることがわかる。これは2018年のデータ。2023年はまた様変わりしているだろう。
同じページに出ている舘神龍彦の紹介文。編集部の手による。

 私の手帳オフでは、手帳を自作してしまう方が複数集まるイベントなども何回もやった。また特定テーマ、例えばスマートフォンと手帳のつかいわけなどの勉強会もやった。
 現時点におけるいろいろな手帳オフの原型的な形がすでにいろいろ出ていたと思う。
 また、上述の手帖の会のお二人も、私の司会進行をすぐ側でずっと見ていた。その経験がこの二人のミラーニューロンに働きかけたことは想像に難くない。

 私の手帳オフはまた、いろいろな人々を輩出したことでも、他に例がない。参加者の中から著者になった方も多数いらっしゃるし、自らの手帳を作ってリリースした方もいらっしゃる。もっとも有名な例で言えば、ジブン手帳の佐久間英彰氏は、最初のバージョンの発売直前に、私の手帳オフで手帳のプレゼンをしてくださった。
 正直、手帳についてここまで作る人がいるのかと驚きを隠せなかった。その後『ジブン手帳ガイドブック』という書籍の中で対談をさせていただいた。
 以上は一例だが、手帳や文具を巡る多士済々が集う場所として、私の手帳オフが機能していたことは間違いない。たとえば、レジェンド石井さんという方も、まなべさんや③代目の会長と知り合ったのは、私の手帳オフだったりもしたのである。

2023/04/10追記
 私の手帳オフは、テレビにも取材された。おそらくNHKに登場した(手帳の種類を問わない)手帳オフとしてははじめてだったのではないか。
 その様子は、「めざせ!会社の星」(NHK教育テレビ)でも放送された。その席には、日本手帳の会の人も、手帳社中の人もいたのだった。
 また、別の記事で触れているように、「手帳音頭」のサビの部分を、参加者のみなさんで手拍子をしながら歌ったのもこの番組の中でだった。
 さらに、同時期には「日経ビジネスアソシエ」(日経BP社)にも、手帳オフの草分けとして掲載された。これらについては、別途記事や画像が用意できたら追加したい。

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