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知的障害者のきょうだい②--兄バカと綴った生徒--

兄バカと障害者

 「妹は重度の知的障害を持っており、小さな頃から世間から言われなき差別、偏見を受けて育ってきた。家族の中でも我慢しなければならないことが多かった」
「介護疲れで自分の母が亡くなり、重度の知的障害を持つ叔父が死ねばいいのにと思った」 
 あまりに赤裸々な内容にためらいつつも、私は先のネット掲示板を生徒に示し、作文を課題に出すことにした。この掲示板は障害者の父母による「あらくさの会」が、きょうだいに知的障害を持つ人の本音を理解してほしい との意図で作られたものだった。「あらくさの会」に電話で問い合わせ、授業で用いることの了解を得た上で、 掲示板の書き込みを編集した冊子を生徒に配布し、夏休みの課題とした。270 人の高校一 年生全員から作文を集めた。生徒たちの作文は実にさまざまだった。そのいくつかを抜粋して紹介したい。

 【僕たちは、ʻ障害ʼの意味をちゃんと知っています。そしてそれは冗談半分で言ってはいけないことだとも分 かっています。しかし日常生活では普通にʻショウガイみたいなことすんなよʼとか、ʻおまえ、ショウガイかʼ とか言います。僕も言ったことがあります。しかも、それでみんな簡単に笑ってしまうのです。なぜ(僕も 含めて)周りの友達はʻショウガイʼと、簡単に言えるのでしょうか?それは多分、冊子『障害者を考える』を読んで、障害のある親類を持つ人が、どれだけ大変か「わかりました」。障害を持った人が周りにいないの に、「わかりました」というのは
失礼かもしれませんが、やはり大変なんだと改めて認識しました】
                      生徒Aの作文授業冊子『知的障害者のきょうだい』

 このように知的障害者を家族にもつ人の声に衝撃を受け、自分自身や社会の偏見を省みる感想が多くみられ た。そして『兄バカと障害者』と題して、次の作文を提出した生徒がいた。

 【僕が 5 歳の時、弟が生まれました。兄弟がとても欲しかった当時の僕はとてもうれしくて、親バカならぬ ʻ兄バカʼになってしまいました。
 弟が 3 歳の時、弟は単語を言うだけで会話ができません。当時、小学校低学年で自分より小さい子を知らない僕は、「まだ 3 歳だし、発育が遅いんだな」くらいにしか思っていませんでした。弟が小学生の時、3 歳の時とほぼ変わっていません。変わったといえば単語のバリエーションが増えたくらい。中学生の僕はさすがに勘づいていましたが、親には、はっきりと言わず親も特に何も言いませんで した。翌年、僕はなんとなく親の机を探っていると弟の診断書が出てきました。そして前から思っていたこ とが遂に確信になりました。弟は障害を持っていたのです。     
    なので、この政経の夏休み課題を受け取ったとき、我が目を疑いました。まさしく自分の弟のことではな いかと。この掲示板の数々の書き込みを見て、共感するとともに、やっぱり将来のことを不安に感じます。今、弟 は小学 4 年生で普通の学校に障害児学級に通い、同学年の普通の子からも親しくしてもらっています。今でこそうまくいっていますが、何年かして大きくなると、世間の風当たりが冷たくなります。例をあげるな ら、電車で時々見かけるうるさくて周りからにらまれる知的障害者。不謹慎ながら、そういうのを見ると、 ʻああ、弟もああなるのかなʼと思います。もっと大きくなったら、親も世話が大変だし、もし親が亡くなったらどうなるのか──不安は尽きません。書き込みを見て驚いたのは結婚問題。身内に障害者がいるだけでこんなに難しくなるとは・・・世間は残酷です。
    いろいろ将来の不安が出てきましたが、一つだけ言えることは僕と弟は兄弟なんだということです。弟が 障害者だろうが、それに対する世間の目が冷たかろうが、そのせいで僕が独身になろうが、親が亡くなろうが、僕と弟は兄弟で、僕は弟と一生付き合わなければいけないのです。 いまだに僕は弟と遊ぶことがあります。高 1 と小4がやっているとは思えない幼稚なじゃれあいですが、 それでもやっている僕はʻ兄バカʼなのでしょう。将来の僕には、どうかʻいい兄バカʼになって頑張って欲しい と思います】
             生徒Bの作文『兄バカと障害者』授業冊子『知的障害者のきょうだい』

 この授業を決意した時から、家族や親戚など身近に障害を持った生徒がいる可能性は十分に想定していた。 この課題を出す際に、授業の意図ときょうだいに障害を持つ友人と私との会話を話した。けれども、当事者である彼がこの課題にどれほど衝撃を受けたのか、想像もできない。将来への不安を感じさせて、どこまで私は“責任”をとれるのか?本当にここまで向き合わせて良いのか?自問自答した。 
 私は「当事者でない人に知的障害者のことを分かるとは思わない」と言われた言葉に向き合うことを決意したんだ。当事者にとっても、生徒全員にとっても、必ず意義ある授業をしようと決意を新たにした。このような生徒たちの作文を編集して、授業冊子『知的障害者のきょうだい』を作成。そして、2 時限にわたる授業と対話集会を行うことにした。

□1 限目「2つのみかんを3人で分けるには? きょうだいという立場」

 「2つのみかんを3人で分けるには? 50 通りの方法を考えてください」        授業の冒頭でみかんの実物を2つ持った私は、この発問を生徒に行った。この唐突な質問に対する生徒たちの答えは実にさまざまだった。
 「2つをそれぞれ 3 等分して分ける」「中身、中身、皮で分ける」「ミカンでケーキを焼き、3人で食べ る」「ミキサーでジュースにして、3人で分ける」「種をまき、10 年後に実ったみかんを3人で分ける」「3 人で話し合い、お腹をすかした人にあげる」「何もせず、みかんの美しさを3人で楽しむ」などなど。        
    こうした様々な答えを出させ、次に私は「では、どれが正解なんだろう?」と問うた。そしてこう言った。「どれも答えとして間違っておらず、どれも正解だ。何通りもの正解がある。しかし、現実に存在するのは、ここにある2つのみかんだけ。何通りもの分け方の中でどの方法を用いるのか?それは考え、議論して 決めるしかないだろう。私たちの⺠主主義の社会は様々な答え、意見を持つ人々の議論によって成り立ってい る。答えは一つではない、いつくもある。だからこそ、議論し考えることの大切さを授業で学んで欲しい」普段とは違う、重い問題を皆で考え、生徒からの自由な意見を引き出すために考えた発問であった。

 この発問から始まった授業では、授業冊子『知的障害者のきょうだい』で生徒たちの作文を読み進みながら、様々な質問を投げかけ、時に映像を見せる形で進めた。1 限目の目標は「知的障害者をきょうだいに持つ立場」を考えさせることである。「親友がこの課題をʻガイジの作文ʼと言っているのを腹立たしく思った」との意見であったり、「ʻガイジʼと いう言葉を口にしていた自分を省みる」意見。「きちんと教えることによって障害者について正しい認識を持 った大人になっていくと思う」といった意見の後で、「何か特別な授業を繰り返しても何の意味もないと思う。 ほとんどの生徒には障害者なんて頭がおかしいばかな人間という概念しかない」という意見も紹介するなど、 知的障害者に対する意見や認識にそれぞれ違いがあることを示した。

 


『アルプスの少女ハイジ』

 こうした意見を紹介しながら、私は「ʻガイジʼという言葉を口にしたことがない人はいるか?」と質問し、手を挙げた生徒に、「どうして言ってはならないのか?」を問うた。彼らの言葉を聞いた上で、私はこんな話を した。「私は中学生だった君たちが、ʻガイジʼと平然と口にすることに強い違和感を覚えて、この授業を思い立っ た。数年前に、君たちのある生徒がʻアルプスの少女ガイジʼと笑いを狙って口にしたのを鮮明に覚えている。 けれども、私はʻガイジʼと口にするなと言いたいから、この授業をしているわけではない」
   私は、この授業を行う 2 週間前に、障害者団体(NPO法人メインストリーム協会)を訪ねていた。私がどうしても気がかりだったのは、当事者の方がこの授業をどのように感じられるのか?ということだった。私は、「生徒の発したアルプスの少女 ガイジという発言について、どう感じますか?」と質問した。 
 身体障害を持つその方は「笑えますね。面白いとおもいます。ʻクララは立ったʼって言葉が添えられたらもっと面白い。だけど、その言葉を誰が発しているのかですよね。下半身付随の私がその言葉を言えば、笑え るだろうけど、健常者が障害者がいない所で言うのは、ʻ幼いʼと思いますね」と言われた。

 私は生徒たちにこの会話を紹介した。そして、こう問いかけた。
 「単にʻガイジと口にしないことʼだけをもって、ʻ正しいʼ認識なのだろうか?きょうだいが社会の偏見と板挟みになり苦しみながら、障害者を疎ましく感じる気持ちはʻ正しくないʼ認識だと言えるだろうか?例えば、結婚したいと思った相手に、障害を持ったきょうだいがいると言われたら、君はどうするだろうか?」
 そう問いかけた上で、ある映画の 1 シーンを見せた。それは『愛する時に話すこと』という韓国映画。精神の病を持つ兄がいる男性と、父の遺した多額の借金を抱えた女性、それぞれ事情を抱えた 2 人のラブストーリ ーを描いた映画である。そのことを女性に伝える場面の 20 分を抜粋して見せた。映画はフィクションである が、「障害者の家族を持つ人の重みとは何か?」を感じ考えさせるには、これが最適だと考えた。この映画 は、読売テレビのディレクター堀川雅子さんが教えてくださった。


韓国映画「愛する時に話すこと」

https://www.youtube.com/watch?v=7a5OCprXz9g

 この映画を見せた後で、先の作文『兄バカと障害者』を紹介した。「言えることは、僕と弟は兄弟なんだと 言うことです。弟が障害者だろうが、それに対する世間の目が冷たかろうが、そのせいで僕が独身になろうが、 親が亡くなろうが、僕と弟は兄弟で、僕は弟と一生付き合わなければいけないのです。・・・将来の僕には、 どうかʻいい兄バカʼになって頑張って欲しいと思います」
 級友の中に「知的障害者のきょうだい」がいる。将来の自分に対して、ʻいい兄バカʼになって欲しいと書い た級友がいる。当事者としての真摯な言葉に教室は静まり返った。「私たちは知的障害者とどのように接し、 どんな社会を築いていくべきなのか?それを皆で考えたい」そう言って、1 限目の授業を終えた。


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