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ママリを運営するコネヒト株式会社の取締役CTOを退任します。これまでの8年間について

はじめに

こんにちは。@tatsushimです。本日プレスリリースにて公開させていただきました通り、23歳で起業したコネヒト株式会社の取締役CTOを退任して、30歳という節目で新しいチャレンジをする意思決定をしました。

次のチャレンジについて、現時点で具体的なことはまだ決まっていないのですが、また0→1に挑戦したいと思っています。そのときにはこちらでご報告させてください。

この投稿では起業する前から今日までの8年間の経験を振り返りたいと思っています。

起業する前

起業する前は、様々なベンチャーで貴重な経験をさせていただきました。不遜だった私に機会をくださった皆様には本当に感謝してもしきれません。
ここにすべては書ききれないのですが、1つの大きな経験は、先日1200億円の企業価値で上場承認されたSansanでインターンという形で「Eight」というアプリの0→1の立ち上げを経験できたことです。
市ヶ谷のワンフロアのオフィスの中で、塩見さん(Sansan共同創業者, 取締役)、宍倉さん(現Sansan VPoE)と3人で3つの机を突き合わせてEight島をつくって、朝から晩までEightの仕事をしていました。塩見さんがディレクションで、宍倉さんがエンジニアリング。私の仕事は「2人がやらないこと全部」でした。今も使われている8card.netというドメインを取得する(今後はeight.comとか取得してもらいたい)ところから、社内外で用いるpptなどの資料の作成、Rubyのテストコードを書くところまでなんでもやっていました。今やNo.1の名刺アプリとなったアプリの立ち上げを経験させていただいたことが、今の自分の糧になっているのは間違いありません。

起業という選択

そんな素晴らしい経験をさせてもらったあと、自分でもプロダクトをつくりたいと思っていました。
当時大学院に所属していた私は、学部で就職した友人の話を聞いてると「たぶん大企業に就職しても怠けるなー」と感じていました。
理由は、少人数で熱量を持ってものづくりに取り組むことを経験していたので、大企業に入っても雰囲気に合わなそうと思ってしまったのが本音です。
(´-`).。oO(某社に入った友人が入社3ヶ月経っても名刺の渡し方の研修してるって言ってたから・・・)
私は元々怠け者です。そんな自分でもオーナーシップを持って成長できるのは、起業なのかなとぼんやりと思いはじめていました。

共同創業者という存在

そんな中、共同創業者である大湯に出会います。
彼と起業という選択を選んだことは8年間で最良の意思決定の1つでした。
起業の1年前くらいに、学部の同級生に「面白い人いない?」と聞いたら引き合わせてくれたのが初対面だったのですが、その後彼はアメリカに留学していたのですぐに戻ってしまい、学生時代はほとんど絡みがありませんでした。
彼が帰国した後、2度目に会ったときにサービスのディスカッションをしたのがキッカケで起業するに至りましたが、振り返ってみるとそのタイミングまではほぼ付き合いがないままの起業でした。これは一般的には共同創業者が後で喧嘩分かれしやすい、いわゆる起業のバッドプラクティスです。
しかし、8年間一緒に会社を経営してきましたが幸い喧嘩したことは一度もない(と勝手に思ってる)し、意見が一致していることがほとんどでした。
仮に意見が違っても冷静にディスカッションして、プロコンを出して判断し、その上で50:50で悩んだときも「決めだよね」という共通認識を持って意思決定を行い、次のステップに納得感を持って自然と進むことができる相手です。
尊敬できる共同創業者と一緒にプロダクトを創ることができたのは、とても有り難いことでした。
ポール・グレアムが「THE 18 MISTAKES THAT KILL STARTUPS)」の中で、共同創業者を持つことで「 "I can't let my friends down." ( 訳: 友人をがっかりさせるわけにはいかない)という力が作用する。この力は1人で創業した場合には得られない」という内容が書かれています。
振り返ってみると、自分にとってはとても納得感がある言葉で、彼のおかげで「一緒に人生をかけている相手が頑張っているのに、自分も頑張らないわけにはいかない」という健全なモチベーションを持つことができました。

最初のプロダクト(Creatty)をつくり、事業転換という決断

二人で起業後、最初につくったプロダクトは「Creatty(クリエッティ)」というサービスでした。
「オンラインポートフォリオを簡単につくれる」というサービスだったのですが、約2年半で「ママリ」にピボットします。KDDI ∞ Laboなどのアクセラレータープログラムに通り、寝る間も惜しんでつくった最初のプロダクトでしたが、ピボットのキッカケはユーザーからの声でした。

私たちは人生を掛けてプロダクトを創っていましたが、ユーザーに聞いてみると彼らにとっては「あったら嬉しい。でもなくても困らない。」プロダクトでした。私たちの熱量とのギャップを感じたことが決断の大きな要素です。

きちんと決断できてよかったのですが、当時は使ってくれているユーザーが一定数いたことと、事業を変えた経験がなかったので、不安なところもあり中々踏み切れませんでした。今振り返るともっと早く意思決定するべきだったと思います。

ママリの成長と今

その後、いくつかのサービスを創っては壊し、トライをした結果、ママリというプロダクトにピボットしました。

男性二人で立ち上げた会社が、ママ向けのプロダクトを創ることは周りから見ると違和感があったかもしれません。
私は家族が好きです。だから自分自身は、家族の入り口である、ママの一歩を支えるサービスを創ることに大きな違和感はありませんでした。
当時はスマートフォンの普及が大きく伸びているタイミングで、多くのサイトがスマホ対応を始めており、例えばスタートアップ関連の記事メディアなどはいち早くスマホ対応していて、十分に見やすいコンテンツが提供されていました。しかし、ママが望むコンテンツのほとんどがスマホ対応をしておらず、PCコンテンツがそのままスマホに表示されていました。
そこで、スマホに対応したコンテンツを提供することで、当時のユーザーのニーズに応えることができました。
さらにユーザーヒアリングをしていくと、ユーザーは知識を得ることに加えて「共感」を求めていることがわかりました。そのニーズを満たすために創ったのが今のママリのコミュニティです。現在では3人に1人のママが使う業界No.1のプロダクトとなり、ユーザー同士が支え合うあたたかいコミュニティとなっています。
さらに、先月末にはママリのムック本も出ました。

アプリの世界にとどまることなく、紙媒体やソーシャルメディアでも存在感を持つママリは、1つのプロダクトからブランドとなり、コネヒトのミッションである「人の生活になくてはならないもの」に日々近づいていると感じています。

最高の開発チーム

ここからは開発チームに触れたいと思います。
実はCreattyからママリにピボットして立ち上がるまでの間に、何人かのチームメンバーが去っていきました。
学生時代の友人から集った仲間が離れていくのは寂しかったですし、当時は「メンバーとしてだけではなく、気まずくなってもう友達としても付き合っていけないのではないか」なんてことも考えたりするくらい不安でした。
しかし、今となってはそんなことは杞憂で、去年そのメンバーの1人の結婚式に参加させてもらいました:D あのときのメンバーには会社としてのプロダクトの一歩目を支えてもらい、とても感謝しています。

その後ピボットして資金調達をするまで、Creatty時代から一緒に開発をしてくれた、現在取締役の田村さんと二人三脚でコーディングをしてきました。
「急いでユーザーの作品画像を用意する必要がある」という緊急のタイミングで、エンジニアリング以外の作業(Photoshopの愚直な作業)を田村さんが1日かけてやってくれたことが、とても印象に残っています。
手段にこだわらず、ユーザーのために行動してくれる、背中を預けられる存在でした。本当にありがとう。

そんな田村さんをはじめ、チームメンバーには本当に恵まれました。
当時はサーバー, フロント, インフラと日々の開発で手一杯だったのですが、ジョインしてくれたメンバーが「島田さんがやるべき仕事してください」といって少しずつ引き剥がしてくれました。
チームメンバーの1人と先日飲みに行ったら「島田さんが新しい挑戦をするってことはやるべきことを引き剥がせたということで、キレイな形じゃないですか」と言ってくれました。(かっこよすぎません?w)
そうこうしているうちに私のコードはどんどん書き換えられ、アプリケーションのコードは健全化されていきました。(このあたりは開発ブログに書いたのでこちらをご覧ください)もはや私よりもアプリケーションのコードを理解し、プロダクトのPDCAを高速で回してくれる、頼れる開発チームとなっています。

新CTOは伊藤(以下、いとしょさん)に託しました。来週あたりになぜ彼に任せたかを会社のWantedlyブログで共有しようと思いますが、一言で言うと「バランス感を持った、信頼できる人」です。
「創業者」という肩書はよくも悪くも会社においてはとても強力です。端的に言えば、発言が通りやすい。これは新規プロジェクトの立ち上げや、横串のプロジェクト(Ex. セキュリティ)にはとても有効です。もちろん様々なCTO業務においても。
だから自分が新しいチャレンジをする際には、「創業者」という肩書を持たないメンバーにどうやってそれらを引き継ぐべきか悩みました。
いとしょさんはエンジニアに限らず、会社のチームメンバーから信頼されています。加えて、様々なコミュニティでの登壇やOSSに貢献した経験もあるエンジニアです。そんな彼であれば、みんなの意見をまとめつつ、技術視点から経営に対して必要なことをきちんと伝えてくれると思い、彼に託しました。

他にも、私が採用した仲間はみんな一騎当千のチームメンバーだと自負しています。それぞれの強みを持った一人一人に、今までたくさん助けてもらいました。私はチームメンバーのおかげで、楽しくプロダクトを開発できたし、互いに高め合う過程で成長できたと胸を張って言えます。そんなみんなに、ただただ、感謝しかないです。

最後に横断幕をプレゼントしてくれた開発部のメンバー

インターネットが好きだ

最後に、自分のモチベーションの話をしたいと思います。
私は小学生の頃、なんで?を繰り返していました。
先生に「なんで?」と何度もしつこく質問するうちに「自分で調べなさい!」と言われてしまいました。そんな私は学校の図書室や片道自転車で30分かけて図書館に行って調べたりしていました。
でも図書館に行くのがめんどくさくて「なんで?」を解決せずに終わってしまったりすることもありました。
そんな中、家に一台のパソコンが届きました。たぶんWindows98だったと思います。7つ離れた兄がいたおかげで、我が家にもパソコンが届き、インターネット回線がひかれました。
ダイアルアップでインターネットに接続した先で検索ワードを打ち込めば、(当時は)数秒で「なんで?」の結果が返ってくる世界がありました。
私の「なんで?」はインターネットに吸い込まれていきました。
インターネットのおかげで学びが加速され、知る喜びをたくさん得ることができました。
私はそんな「インターネットのおかげで自分の可能性が広がった」という体験を自分の手で創りたいと思っています。自分がコードを書くモチベーションはここにあります。私の書く1行1行のコードは、そんな体験を創ることにつながっていると信じています。だからこれまでも、次のチャレンジも、そんなプロダクトをつくっていきます。

おわりに

創業者としても、CTOとしても最高にチャレンジングな8年間でした。
ここに書けなかったこともたくさんありますし、応援したくださった、関わってくださったすべての方々に本当に感謝しています。
最後になりましたが、コネヒトは次のフェーズに移り、進化していきます。
私個人としてもこれからの変化を楽しみ、進化を続けて、社会に対してインパクトのあることを成し遂げたいと思っています。今後のアップデートなどはtwitterで発信していきたいと思うので、よかったら絡んでもらえると嬉しいです。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

次も、めっちゃ頑張るぞ!


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「スキ」ありがとうございます!twitterでもいろいろ発信してます!
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たつしむ

コネヒト株式会社 共同創業者 / 名刺アプリ「Eight」の立ち上げをしたり、起業して「ママリ」を開発してきました。 /「Pythonによるはじめての機械学習プログラミング」共著者 / 博士(工学)

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