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バーカ

「こんな話できるの、結衣だけだよ」
 ランチタイムのカフェで、同期の聡美が言った。
「旦那はもちろん、友達や知り合いにも、絶対ハルの話はできないからさ」
 ──じゃあ、私はあんたにとって「友達や知り合い」ですらないってわけ?
 私はただ薄く笑って聡美の話を聞いていた。夫も子どももいるくせに、聡美は一年ほど前から「ハル」と不倫している。そして、独身の私にのろけ話をたびたび聞かせた。要は「あんたと違って私はモテる」とマウンティングしたいんだろう。自己中で浅はかな女。
「今日は結衣の家で宅飲みってことになってるから。口裏合わせ、よろしくね」
 自分の分の代金だけ置いて、聡美は店を出ていった。口止め料としておごる気すらないらしい。彼女は私をなめきっているから。
 聡美の姿が見えなくなってから、私はICレコーダーを取り出した。不倫の証拠が詰まったこれを、いつかあの女の夫に送りつけてやる。どんな修羅場になるだろうな。
「バーカ」
 私はあの女の生殺与奪の権を握っている。あいつの転落が待ち遠しくてならなかった。


 ドアを開けるなり「待ってたよ、聡美」とハルに抱きしめられた。キスしようとするハルを制し、私はスマホを取り出す。
「待って。まずは『証拠写真』撮らないと」
 酒の缶を手にハルと一緒に自撮りする。これで「女子会」の証拠写真のできあがり。
 同期の結衣が、私との会話を録音していることには気づいていた。それを夫にバラそうとしていることも。
 でも残念でした。たしかに不倫はしてるけど、ハルは女。「女子会」の写真があれば言い逃れできるし、女同士で肉体関係があるなんて誰も信じないだろう。録音を夫に聞かれても「結衣をからかっただけ」と言えばごまかせる。家でも結衣をバカにしてるからね。
 私が育休を取っている間に、私より出世した結衣。ダサくて地味な女のくせに、生意気なのよ。結衣が悔しがる顔を想像するだけで、自然と笑いがこみ上げてきた。
「なに笑ってるの? また同期のこと?」
「そう、バカな女だと思わない?」
「そんな女のことはいいからさ。早くシよ?」
 ハルは甘く囁き、私をベッドに押し倒した。


 聡美が帰るなり、私はベッドからはぎとったシーツを洗濯機に放り込んだ。
「あー。キモ」
 シャワーを浴び、聡美の痕跡すべてを消し去るよう、念入りに体を洗う。
 聡美との関係は、一年前の同窓会から始まった。昔から聡美は自分が中心でなければ気が済まない女だった。上場企業に勤め、結婚していることを自慢していたけど、私がシナリオライターをしていると聞いたとたん、彼女は不機嫌になった。ああいう女は横文字の仕事へのコンプレックスが強い。
「でも、シナリオだけじゃ生活できないから、レズ風俗で嬢やってるんだよね」
 皆に聞こえないよう囁くと、聡美はみるみる上機嫌になった。自分の方が格上だと満足したのだろう。ほんと、分かりやすい嫌な女。
 だから、言葉たくみにあの女を誘い、風俗のテクを駆使して骨抜きにしてやった。
「バカなのは同期じゃなくて、あんただよ」
 私は本棚に隠していたビデオカメラを取り出した。電気をつけたままヤったから、顔もクリアに映ってる。これを旦那に送りつけたらあの女の人生は終わり。ああ、楽しみ。ひとの不幸は蜜の味。プロが無料で抱いてやってるんだから、このくらいの報酬当然だよね。


 私はショーツから手を抜いた。濡れた指をティッシュで拭い、ヘッドホンを外す。マンションの斜め下の部屋、今日もエロかったな。
 私の趣味は盗聴だ。昔は深夜の路地裏に潜み、よその家から漏れる声を聞く程度だったけど、二年前ついに盗聴器をゲットした。
 当時住んでいたワンルームのコンセントに盗聴器を仕込み、空きが出た斜め上の部屋に引っ越した。男でも女でもいい。乱れた性生活を送る人が入居するのを期待して。
 私の次の入居者は女だった。昼間は在宅で仕事をし、夕方になると外出する。部屋に男を連れ込むこともなく、私はがっかりした。
 が、一年前から様子が変わった。月イチくらいで女が来るようになったのだ。それも不倫みたい。住人はなかなかのテクニシャンらしく、相手の女は毎回乱れまくっている。大声で名前も呼んじゃって、個人情報モロバレ。
「こんなすごいの、私だけが聞いてちゃもったいないよね。ハルさんと聡美さんも、不倫楽しんでるんだからいいよね」
 アダルト専用の音声投稿サイトを開き、私は録音したばかりのファイルをアップした。


 俺は定時に仕事を終え、急いで家に帰った。今日、妻の聡美は同期の家で宅飲み。息子は義実家に預けていて、妻も今夜は実家泊まりだ。つまり家には俺ひとり。すっげー解放感。
 普段はわざと遅くまで残業している。仕事で疲れてるのに、家事や育児を手伝わされるなんて、勘弁してほしいじゃん? でも今夜は妻子がいない自由の身。俺はコンビニで買ったビールを片手にパソコンを立ち上げた。
 子どもができてから、うちはすっかりレスになった。正直聡美にはもう女を感じない。外で処理するのも面倒だし、ここ数年は無料動画のお世話になっている。最近のお気に入りは素人が投稿する音声サイトだ。特にレズビアンもの。AVみたいにわざとらしくないし、男の声で興ざめすることがないのがいい。
「お、人妻不倫ものだって」
 投稿時間はつい五分前。俺は期待に股間を脈打たせ、その投稿を再生した。


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