「デッサン習ってるおじさん」のマガジンはじめます

デッサンを習い始めて1ヶ月が経った。

僕の場合は絵が上手くなりたいというよりも、五感を使った身体的な感性をアップデートしたいと思って始めた、けれど実際にはもう少し手前のマニアックな技法のインプットから、汎用性の高い(ように思える)ある考え方まで、思いがけず学びの範囲が広がっている。

まだ始まったばかりではあるけれど、考えたことをできるだけ言葉にしていきたいので、現時点で一度振り返ってみようと思った。

社会人、とりわけビジネスマンがデッサンや絵画教室に通いアートを学ぶというのは、最近ではちょっと流行りのことらしい。(本当かどうかわからないが、アメリカでMBAよりもMFA/美術学修士の方が重宝され始めているという記事もどこかで読んだ)

このnoteは、そういう領域に興味持ち、一歩足を踏み入れてみたい人にとって手がかりとなるような体験記としても読んでもらいたいし、すでにコンテンツやアートに関わる仕事や活動をしている人にとっても改めて、何か気づきになるようなことが書けたらという思いもある。

■僕のデッサン歴

実は、デッサンを習うのはこれが始めてではない。

30年の人生の中で複数に渡り、指導を受けた時期があった。

一番最初はは9歳くらいのとき。今通っているのと同じ、母が主宰の絵画教室「アトリエ5」で、油絵クラスに進む前のプログラムとして2年間ほどやった。

その次は高校1年のときで、当時僕は東京藝大に行きたかったから、受験用デッサンの入り口として学校の美術の先生に昼休みなどに石膏デッサンの指導を受けていた。

小学生のときは毎週の宿題のような感覚で正直やらされ気分もあって、大して真剣にやっていなかったと思うし(当時のスケッチブックを見れば分かる)、高校生のときは美術の先生の教え方がイヤだったのと、受験用デッサンという存在そのものに絶望してしまい、結局そこでもたいして上達しなかったと思っている。

なのに、いま、かつてないほど真剣にデッサンの基礎の基礎を習っている僕がいる。レッスン中に何が起きているのか。

早速、初回のレッスンから1回ずつ振り返っていく。

■初回:「直線の練習」

鉛筆の削り方から再度教えてもらった。

2B以上の濃い鉛筆は、芯が柔らかく折れやすいのであまり芯を出しすぎないように。細い線を保つには、こまめに削りながら使うこと。

スケッチブックを用意し、20cm程度の縦線と横線を、1mm間隔でひき続ける。もちろんフリーハンドで。

まっすぐな線は、手首をひねるだけでは描けない。支点(手首)と力点(鉛筆の先)の距離が短くなってしまうので、弧を描くような線になりやすいためだ。だからできるだけ大きなストロークを確保できるように、腕と肩と脇で描く。この感覚をつかむのに60分くらいかかった。と言っても思い通りの直線がひけることはほとんどなくて、マシかなと思う線の打率が上がったくらいの成果だけれど。

途中、過集中で酸欠っぽくなり、吐きそうになった。水をもらい、飴ちゃんをなめて落ち着く。

いやぁ身体というものは、自分が思った以上に制御できていないものだということ。そして集中力(の持続力)が結構落ちているのを痛感する。

だからこそ、自由な表現のためには、まっすぐ線をひきたいと思ったときにひけるだけの身体と心をコントロールする「技術」が必要になるのだろうとも思った。白い紙を渡されて「さあ描きたいように」と言われても今の僕にはできないらしいということだ。描きたい線を描きたければ、それ相応の技術が必要なのだ。

頭ではわかっていたその事実を突きつけられて、初日はあっという間に時間がすぎた。ぐったりして帰宅。その日はいつになくよく眠れた。

2018/1/10

次回は > 2回目:「紙コップ」

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tatsufico watanabe

編集者。東京藝大修士課程←LITALICO9年(子育てメディア「コノビー」編集長←発達障害児支援←障害者就労支援)←SFC。これからの時代の遊びと芸術と感受性について考えています。TOKYO PLAY所属。『ことな』(2009)発行人。八朔好き。

デッサン習ってるおじさん

30歳になって、デッサンを習い始めたあるおじさんのノート。
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