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In Out and Around / Mike Nock

今回はピアニストMike Nockのカルテット編成による1978年録音リーダー作、「In Out and Around」を取り上げてみましょう。

Recorded at Sound Ideas Studio, New York City – July, 7, 1978 Produced by Mike Nock Executive Producer: Theresa Del Pozzo All Compositions by Mike Nock Label: Timeless Records
p)Mike Nock ts)Michael Brecker b)George Mraz ds)Al Foster
1)Break Time 2)Dark Light 3)Shadows of Forgotten Love 4)The Gift 5)Hadrians Wall 6)In Out and Around

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理想的なサイドマンを擁し、全曲意欲的なオリジナルを巧みなインタープレイで演奏した素晴らしい作品です。アルバム録音78年当時はフュージョン・ブーム全盛期、このようなストレートアヘッドなアコースティック・ジャズをプレイした作品の方がむしろ珍しかったように記憶しています。George Mraz, Al Fosterら精鋭によるリズムセクションも注目に値しますが、フュージョン・サックスの担い手であるMichael Breckerの参加に耳目が奪われます。当時のシーンを賑わせていた諸作、例えばThe Brecker Brothers関係ではHeavy Metal Be-Bop, Blue Montreux Ⅰ,Ⅱ, The New York All Stars Live, Ben Sidran / Live at Montreux, Steve Khan / The Blue Man, ほかNeil Larsen / Jungle Fever, Richard Tee / Strokin’, Tom Browne / Browne Sugar, Al Foster / Mixed Roots…78年はフュージョン・アルバム大豊作、Michael参加作品も豊漁で、彼のサックス無しにはフュージョンは成り立たなかったと言っても過言ではありません。原体験した者にとっては感慨深げですが、最初に本作を聴いた時には正直余りピンと来ませんでした。全体的な演奏はひたすら端正でタイトなリズムが支配し、フロントMichaelはハイパー振りを披露してはいますが、聴く者に圧倒的なインパクトを与えるいつものぶっちぎり感は無く、何かに引っ張られ、羽交い締めにされているかの如くの抑制、ストイックさを感じ、彼の表現の最大の特徴である起承転結的ストーリー展開と結果として生じる爆発、そこに起因する爽快感が希薄な演奏と捉えていました(随所に小爆発はありますが)。明らかにいつものアプローチとは異なり、リズムセクション、特にピアノとのコンビネーション、インタープレイを徹底させています。仄暗さを伴ったユニークな曲想、美しいメロディと複雑なコード進行、FosterのPaiste Cymbal使用による乾いた音色のレガートと、Mrazの深い音色を湛えたon topでスインギーなベースとのコンビネーション、彼らの決して出しゃばらず、しかし出すところは毅然と的確にサポートしバックアップする。今は自分の耳がやっと演奏に追いついたのか〜めでたく第二次性徴を迎えたのでしょう、きっと(笑)!〜、本作が発する高次な音楽性を何とか受け入れる事が出来るようになったと思います。プレイヤー4人各々の音を各人どう受け止め、誰がどの様に絡んでいくのか、展開し変化するプロセスを楽しんで行く。個性的なオリジナルに対する柔軟なアプローチに懐の深さを覚え、同時に自分に照らし合わせ、音楽の聴き方も変わって行くのだと実感しています。

Mike Nockは40年7月、New Zealand Christchurch生まれ、 11歳でピアノを学び始め18歳の時にAustraliaで演奏活動を始めました。その後Berklee音楽院に入学、米国でも音楽活動を開始し63年から65年までYusef Lateefのバンドに参加しました。自己のフュージョン・バンドやスタジオ・ミュージシャンとしても活躍し、85年まで米国で過ごした後Australiaに戻りました。このレコーディング時には在米と言う事になります。今までに30作近いリーダー作をリリース、教育者としても精力的に現在進行形で活動しています。

CDは89年にこの黒色ジャケットでリリースされましたが(必要最小限のクレジットでは色気がありません)、78年レコードでリリース時のジャケットがこちらです。デザイン、イラスト、色合い、Nockの似顔絵、ロゴのレイアウト、メンバーの演奏写真等断然アーティスティックで、音楽の内容にもしっかりオーバーラップしています。

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Nockの音楽性として20年以上過ごした米国のテイストよりも、生まれ育ったNew Zealand〜Australia=イギリス連邦〜欧州的、クラッシックを素養としたECM的なサウンドが聴こえてきます。実際ECM Labelから1枚アルバムをリリースしています。81年録音「Ondas」、ベーシストに名手Eddie Gomez、ドラマーに欧州を代表するJon Christensen。本作収録のShadows of Forgotten Loveを、Forgotten Loveと若干タイトルを変更して再演しています。プロデューサーManfred Eicherのサジェスチョンもあるのでしょう、見事にレーベルのカラーに相応しい演奏を展開しています。ピアノトリオということもあり、Nockのより耽美的でリリカルな演奏を楽しむ事が出来る作品です。
Mike Nock / Ondas

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それでは収録曲に触れて行きましょう。1曲目アップテンポのスイング・ナンバーBreak Time。テナー、ピアノ、ベース3者の強力なユニゾンのテーマからスタートします。まず特筆すべきは完璧な精度でのテーマ・アンサンブル、本作レコーディング自体1日で全曲を収録していますが、これだけの難易度の楽曲をこなすためには最低でも2日間は別日にリハーサルを設けていると考えられます。でも意外とこの百戦練磨のメンバーなので、当日スタジオに集まって譜面を配布され、その場で「せえのっ!」と容易く演奏したのかも知れません(汗)。本当にそうだとしたらとても嫌な事ですが(爆)。先発ソロイストはMichael、周りの音を良く聴きながらその場、瞬間で最も相応しい音の取捨選択を行い、自分自身が述べたい部分とNockの(尋常ではない)バッキングの主張との兼ね合いを瞬時に模索しつつ、素晴らしいグルーヴ、タイム間、申し分ないテナーの音色でソロを吹いています。この頃のMichaelのセッティング、既に何度か紹介していますが今一度、マウスピースはOtto Link Double Ring 6番、これはEddie Danielsから譲り受けた銘品、リードはLa Voz Medium Hard、リガチャーはSelmer Metal用、楽器本体はSelmer MarkⅥ Serial No.67853。
MrazとFosterの職人芸を通り越した芸術的なサポートがあってこそのアドリブ構築とインタープレイですが。また感じるのは、ここでの演奏のアプローチは当時のMichaelとしては異色と言えますが、当然ポテンシャルとして備わっていました。でもこの時点では本人にとって不十分極まりないと感じていたと推測しています。自分が出来ていない部分、欠けていると感じた点を自己の課題として真正面から真摯な態度で取り組んで行くのを信条としていたMicahel、自己鍛錬を怠らず、以降様々なアーティストとのレコーディングを経験して膨らませ、開花させて行ったと思います。表現の幅が経年と共にどんどん広がって行きましたから。
テーマ演奏後しばらくピアノはバッキングせずにテナートリオでの演奏、Nockスネークインして来ます。テナーのフレーズに応えたり、対旋律を提示したり、敢えて放置(多分)したりと、独創的で実に興味深いアプローチでのバッキングの連続です!1’58″あたりからの両者の絡み具合、2’10″あたりでのテナーのフリーフォーム的アプローチに対するバッキング、2’51″頃からのMichaelの盛り上がりに対する緊張感、3’40からテナーのフレーズを受け継ぎ、メロディの提示(暗示)によりテーマをインタールードとして演奏し、テナーソロが終了します。続くピアノソロではベース、ドラムが演奏を止め独奏状態になりますが、ここのサウンドはNock自身のオリジナリティに溢れたもの、しかしLennie Tristanoのテイストをどこか感じさせます。かなり唸り声が入っていますが、よく聴くとフレージングとおおよそユニゾンなので、インプロビゼーションに気持ちが入っているが故なのでしょう。ドラムがスネアロールからスネークイン、ベースも良きところで参加しますがここからの3者のグルーヴの素晴らしい事!ピアノのフレージングの独創性も佳境に入っています!ラストテーマにもごく自然に入りますが、その手前からのMrazの弾くラインの凄みは一体何でしょう?因みにアップテンポで様々なインタープレイが繰り出された、しかも途中にブレークが入る演奏なのにも関わらず、テンポが殆ど変わっていないのにも驚かされます。演奏が自然発生的であるがためでしょうが、と言う事はこれはやはり初見で演奏しているのでしょうか?(笑)
2曲目は美しいピアノタッチが印象的なイントロから始まるDark Light、ベースのラインもポイント高いです。Michaelのメロディ演奏がセクシーですが、テーマ終わりの難易度高い運指を駆使したメロディ・ラインでの、フラジオ音の確実さが流石です!ピアノソロからラインを受け継いでごく自然にテナーソロに移行しますが、こちらもMichaelの音楽性の為せる技でしょう。ベースソロが饒舌にして重厚、華麗なテクニックを聴かせます。一貫してシンバルを中心にし、皮モノのアクセント付けによるカラーリングが巧みなFosterも大健闘です。プレーヤー4人の音楽的バランスが良く調和した演奏です。
3曲目Shadows of Forgotten Love、かなり重いタイトルです(汗)、ピアノトリオ作「Ondas」ではForgottenが削除されたタイトル名になり、多少ヘヴィーさが緩和されました(爆)。前曲よりも幾分早いテンポですが比較的同傾向と言えるテイストで、むしろこちらの方がDark(Light)さは勝るように聴こえます。ピアノのイントロからベースも同一のパターンを継続し、テナーとピアノのユニゾンのテーマになります。始めはスネアのロールで、サビではタムを中心に、その後再びスネアのロールでカラーリングするFosterのドラミングが曲想と合致し、とても音楽的です。ラストテーマではそのカラーリングがバージョンアップし、更なる深みを表現しています。テナーソロはありませんが、メロディ奏だけで十分に存在感をアピールしています。ピアノをフィーチャーした形になりますが、実はピアノソロのバックで自在に、緻密に、大胆に、かつパーカッシヴに叩くFosterのドラミングを聴かせるためのナンバーであると感じています。曲の持つ内(うち)に秘めたエネルギーがNock自身の音楽性から離れて一人歩きし、ゆえに再演を行おうという願望を生じさせたのかも知れません。
4曲目はThe Gift、冒頭Michaelのメロウさの中にも切なさを湛えたメロディがたまらなく素敵です!息遣いまで聴こえる入魂のプレイは録音時29歳、様々な音楽を経験しメロディ表現の真髄に到達しつつあり、以降更に表現の深さを極めて行きました。Nockの伴奏も実にツボを得ています。Michael参加ピアニストHal Galper76年11月録音の作品「Reach Out!」収録、GalperとのDuoによるI’ll Never Stop Lovinng Youの歌い回し方も同様に素晴らしいです。
先発のNockのソロを、Mraz, Fosterの伴奏が的確に、確実にサポートしています。ピアノのトリルを受け継ぎベースソロ、そしてテナーと続きます。Michaelのアプローチはこの頃に良く聴かれたテイスト(例えばJoe Henライク)を発揮しています。そのままラストテーマに入り、エンディングでテナーのサブトーンが隠し味的に聴かれます。
5曲目Hadrians Wall、英国北部にある2世紀に作られたローマ帝国最北端に位置した城壁の事で、ユネスコの世界遺産にも登録され、EnglandとScotlandの境界線にも影響を与えているそうです。ケルト人の侵入を防ぐべく築城された英国版万里の長城ですね。Nockは61年にEnglandをツアーしたことがあり、その時に目の当たりにして感銘を受けたのかも知れません。耽美的なメロディとリズミックさが合わさったドラマチックなナンバー、コード進行も大変魅力的な曲です。メロディのテイストがまさにMichaelにぴったり、華麗にブロウしています。先発ピアノソロは作曲者ならではの、曲の持つムードとコード進行を上手くリンクさせて自身の唄を巧みに歌っています。続くMichaelは案の定水を得た魚状態、本作で最も”Michael Breckerらしい”歌い方の演奏を聴くことが出来ます。その後のMrazのソロもMichaelにインスパイアされたのでしょうか、実に魅力的なアドリブを築城、いや構築しています(笑)
6曲目ラストを飾るのはタイトルナンバーIn Out and Around、アップテンポでテーマのメロディとリズムセクションとが巧みにCall and Responseを行う曲想、スリリングな演奏は本作のハイライトと言えますが、目玉の演奏をラストにする手法、実は僕自身お気に入りなのです。敢えて冒頭に置かず全曲を聴き通し、オーラスに最も聴き応えのある曲が鎮座している方が、作品を鑑賞する醍醐味と感じます。評判のラーメン店で最後に残しておいた特製チャーシューを食べる感じでしょうか?(ちょっと違いますね、汗)。テーマ終わりに聴かれるピアノのフレーズに被ったテナーのフィルインが何気にカッコイイです!先発Nockのソロ、テクニカルにUpper Structure Triadを多用しつつ、スインギーにアドリブしている様は圧巻です!Mraz, Fosterのサポートも申し分無し!このリズムセクションと是非一度お手合わせしたいものです!続くMichaelはNockのテイストを確実に受け継ぎソロをスタート、自己の主張とリーダーの音楽性、曲自体が持つテイスト、共演ミュージシャンの発するサウンドを瞬時に合わせ、かき混ぜ、音のメルティングポット状態としてアドリブを展開しています。コード進行が複雑で難解な部分が手枷足枷となり、ここをクリアーすることでグルーヴ感が生ずるはずなのですが、Michaelなかなか手こずっているようにも感じます。続くMrazのベースソロ、いやいや、このテンポでしかもフロント2人の物凄い演奏の後、気持ちの切り替えがさぞかし大変だったと思いますが、さすが手練れの者、全く動じず素晴らしい演奏を聴かせます!改めて超弩級のベーシストと認識しました!その後テナーとピアノが互いをダンボの耳状態で聴きながらのソロ同時進行、いやーこちらも凄いです!ラストテーマを無事迎えFine!

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