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Abandoned Garden / Michael Franks

今回はシンガーソングライターMichael Franksの1995年作品「Abandoned Garden」を取り上げてみましょう。 

Producer: Matt Pierson, Gil Goldstein, Russel Ferrante, Jimmy Haslip Recorded at Bearsville Studios, Clinton, Make Believe Ballroom, Power Station, Sound on
Audio Mixer: James Ferber
Label: Warner Bros.

vo)Michael Franks   flumpet)Art Farmer   flg)Randy Brecker   ts)Michael Brecker   ss)Joshua Redman   as)David Sanborn, Andy Snitzer   fl, al-fl)Bob Mintzer   al-fl)Lawrence Feldman   tb)Keith O’Quinn   p)Eliane Elias, Russel Ferrante, Gil Goldstein, Bob James, Carla Bley   g)John Leventhal, Chuck Loeb, Jeff Mironov   b)Jimmy Haslip, Chrisian McBride, Marc Johnson, Mark Egan, Steve Swallow   cello)Diane Barere, Mark Orrin Shuman, Frederick Slotkin   woodwinds, perc)Manolo Badrena   ds, pec)Peter Erskine   ds)Chris Parker, Lewis Nash   perc)Don Alias, Bashiri Johnson   vo)Brian Mitchell   arr)Jimmy Haslip, Michael Colina, Russell Ferrante

1)This Must Be Paradise   2)Like Water, Like Wind   3)A Fool’s Errand   4)Hourglass   5)Cinema   6)Eighteen Aprils   7)Somehow Our Love Survives   8)Without Your Love   9)In the Yellow House   10)Bird of Paradise 11)Abandoned Garden

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ビッグバンド編成ではないにも関わらず合計34名という参加ミュージシャンの多さ、しかもジャズ、フュージョン・シーンの精鋭ばかり、こちらにまず目が惹かれますが充実したメンバーを贅沢に配し、曲毎のソロイストも演奏に極上のスパイスを加えるべく配合の度合いを計りながらの絶妙なプレイ、また毎曲のプロデューサーをサウンドのコンセプトにより替えるという至れり尽くせり〜綿密、微に入り細に入り、痒い所に手が届く豪華なアルバム制作に徹しています。
Franksが多大な影響を受けたBrazilが誇る偉大なシンガーソングライター、Antonio Carlos Jobimが作品の前年94年12月8日に67歳で逝去し、ミュージシャンとして、人間として心から尊敬していた彼に捧げた形になります。
因みに彼が亡くなった時にはBrazil大統領令が発され、国民は3日間喪に服したそうです。Brazil国民だけではなく世界中の多くのファン、ミュージシャンも黙祷を捧げたことでしょう。
ライナーノーツにはJobimの写真と共に”In memoriam, Antonio Carlos Jobim, with endless admiration, affection, and love”と追悼の一行が掲載されており、1曲Jobimの書いた名曲Cinemaが収録されています。 

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77年リリースの第3作目「Sleeping Gypsy」にはJobimに捧げたFranks作ボサノヴァの名曲Antonio’s Songが収録されていて、キャリアのごく初期から彼に対する敬愛の念を窺うことができます。
曲の持つムード、哀愁を帯びたメロディは元より、ここではDavid Sanbornの申し分無い「泣き」の間奏、オブリガートが輝き、この曲は歴史的名演奏の次元にまで高められました。 

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Franksの作品群はいずれも彼の音楽性やイメージがバランス良く表され、佳作揃いのラインナップですが、本作はかつて発表したどのアルバムよりも作品を貫く崇高な雰囲気と演奏のクオリティの高さが抜きん出ており、これは間違いなくJobimへのトリビュートに起因するものでしょう。
筆者自身も長年の愛聴盤ですが、今回Blogを執筆するに当り改めて聴き直し、作品の持つ芸術性の高さにとことん身の引き締まる思いを抱きました。
追悼、哀悼の念は演奏に深く作用し、オーディエンスには滲み出るが如くとつとつと語り掛けます。
ジャズミュージシャンはプレイに際しどれだけ気持ちを入れる事が出来るかが問われる作業を、日々生業としていると言えますが、ここでの演奏はまさにそのそのショーケースと言えましょう。入魂の度合いゆえに演奏のいずれもが慈愛に満ちているのです。
そもそも僕自身Franksのアルバムは第2作76年「Art of Tea」と前述の「Sleeping Gypsy」からの付き合いになります。
クロスオーバー、フュージョン真っ只中の学生時代に良く聴いたのを覚えており、当時我々の間で自分達を評した演奏形態〜ど根性フュージョン(笑)、むやみに気合の入った、汗が飛び散らしながらの自己満足的な熱い演奏(爆)、ステージングをモットーとしていたので、Franksの決してシャウトしないクールでAOR的なボーカル(クワイエット・ストーム・ムーブメントとも言うそうですが、知りませんでした)、都会的でスマートな曲作りやアレンジは言わば「真逆への憧れ」でした。
そして参加ミュージシャンMichael Brecker, David Sanborn, Joe Sample, Larry Carlton, Wilton Felder(テナーサックス奏者ではなく、エレクトリック・ベース奏者として!)たちもFranksの音楽性に合致したプレイを展開、彼らの演奏もお目当てに「自分達もこんな大人な演奏を繰り広げる日が本当にやって来るのだろうか」とも良く自問自答したものです(汗)
これら最初期の2枚からFranksは作品に対して変わらぬ一貫したスタンスで取り組み、13作目に該当する本作も基本的にいつものMichael Franksですが、ゴージャスな編成、プロデュース力、そして何と言ってもJobimへの敬愛の念から彼のベスト作の1枚と認識しています。

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 一般的にシンガーソングライターは歌詞を書き、作曲し、自ら歌唱する。本質的にそこにギター1本あれば表現方法として十分に足りてしまいます。
この自己完結的な創作行為にFranksは素晴らしい音楽仲間を必ず伴って自分の音楽を何倍、何十倍にも増幅させていますが、本作の共演者の多くはその継続的なパートナー、そしてかつてのSample, Carlton, Felderたち、そしてプロデューサーTommy LiPuma, Matt PiersonらとのコラボレーションによりFranksは稀有で充実した創作活動を続けています。 

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それでは収録曲について触れて行きましょう(収録曲のタイトルをクリックすると視聴する事が出来ます)。1曲目This Must Be Paradise、プロデュースと演奏にはRussell FerranteJimmy Haslip、ホーンセクションにBob Mintzerのフルートを配し、アレンジもFerranteが担当するYellowjackets色が強いセッションですがFranksの音楽に見事に昇華しています。
フルートやチェロによるウッドウインズ・ストリングス5重奏アンサンブルも緻密で心地よく響き、Chuck Loebのアコースティック・ギター演奏、随所に散りばめられたManolo Badrenaによるパーカッション・サウンド、Chris Parkerの柔らかく且つタイトなドラミング、そして何よりFranksの物憂げなボーカルが素晴らしい!
多少専門的な話になりますが、ジャズボーカリストは腹式呼吸を基本に、声帯から発した声を身体を響かせてパンチのあるサウンドに変換します。女性ボーカルではElla Fitzgerald然り、Carmen McRaeやSarah Vaughan、男性ではMel Torme、Tony Bennettに代表されますが、Franksはむしろ腹式呼吸を控え、胸式呼吸で囁き系の持ち味を聴かす、英語の子音がマイクロフォンに良く乗るように配慮しているが如き唱法をトレードマークとしています。
楽曲全体を通しボーカル、バンドのサウンド、アレンジ、曲想が全て有機的に絡み合い、纏まり、One & OnlyなMichael Franksワールドを構築しています! 

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2曲目Like Water, Like Windは同じメンバーによる演奏、アレンジやプロデュースのクレジットも同様です。前曲が静とすればこちらはいささか動でしょうか、兄弟のような関係の2曲ですがJobimの思いを切々と語った内容の歌詞が印象的、オーヴァーダビングも含めアクティヴなFranksの唄を、ウッドウインズ+ストリングス・セクションもボーカルをしっかりとサポートしています。
前曲ではギターソロがフィーチャーされましたがここではFerranteのピアノ・フィルインが活躍しています。
Russel Ferrante 

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3曲目A Fool’s Errand、タイトルの意味は徒労、骨折り損。歌詞の内容もそうですが曲の構成、アレンジにも凝ったものを聴くことができます。
テナーサックスMichael、ピアノにEliane Elias、ベースChristian Mride、ドラムLewis Nash、加えるにRandy Brecker, Mintzer, O’Quinnのホーンセクション、こちらのアレンジはMintzer自身、大変ユニークな曲想に相応しくMichaelの間奏が実にのびのびと気持ち良さそうに響きます。
推測するに演奏の資料を前もってFranksから渡され、彼お得意の綿密な予習の元、ネタを確実に仕込みレコーディングに臨んだソロでしょう。
決してフレーズを吹き切らない、まるで体言止めの連続のようなフレージングの処理、これまでのMichaelのソロで聴いたことの無い斬新なアプローチに感動し、思わずコピーし譜面にした覚えがあります。
ミディアムスイングのリズムはMcBride, Nashには実にお手の物、心地よく響き、ボーカル、リズムのシカケ、ホーンセクション、曲想との合致感が堪らないテナーのソロ、オブリ、全てに寸分の隙のない完璧な構成の演奏で、全くタイトルの意味する徒労には終わらず(笑)、100点満点を進呈しましょう!
Michael Brecker 

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4曲目HourglassはPiersonとGoldsteinの共同プロデュース、Jeff Mironovギター、Goldsteinピアノ、Marc Johnsonベース、Peter Erskineドラム、AliasとBashiri Johnsonパーカッション、こちらもJobimの喪失感を唄った情緒的なナンバー、曲中のフェルマータ、スットプタイムが何と効果的なのでしょう!
ボーカルの感情移入がよりナチュラルに行われ、聴き手にとっても押し寄せる情感ではなく、小刻みな、遠くから次第にやって来る波動のように、FranksのJobimに対する思いが徐々に、そして深く浸透します。
ボーカルのオーバーダビングによるコーラス、ピアノとギターの交互に演奏されるメロディも哀愁を感じさせるこの上ない名曲、情感豊かに歌い上げられ、何度繰り返し聴いてもフレッシュさが失われないばかりか、ますます身体の奥に染み入るばかりです。 

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5曲目は本作白眉の演奏Cinema、Jobimの申し分無い名曲をElianeがリズム・アレンジ、PiersonがプロデュースしMichaelテナー、Elianeピアノ、McBrideベース、Nashドラム、Aliasパーカッションのメンバーでストレートに演奏されますが、ここまでトリビュートの気持ちが込められた演奏を未だかつて聴いたことがありません!
Jobinと同郷Brazilでボサノヴァに造詣の深いElianeをピアニスト選んだのはまさしく適任、と言うか彼女しかあり得ません!
Franksの本作に対する思いが彼に確実に伝わったのでしょう、イントロはMichaelのいつも以上に優しさに溢れたオブリガート的ソロから始まります。
その後バンプ部分が設けられFranksが歌い始めます。Elianeがフィルイン的に弾くラインにMichaelが反応し呼応しているのが微笑ましいです。
主題部分に入る直前のMcBrideのグリッサンドの絶妙さと言ったら!
感じるのはFranksの声質、歌い方、ムードがこの曲に見事に合致している点です。決してtoo muchに感情移入せず通常の彼らしい歌唱ですが、格別の思い入れをスパイス的に随所に感じさせます。
そしてElianeのバッキングのこれまた見事なこと!深い煌びやかさとでも表現出来るでしょうか、彼女もJobimには特別な思い入れがあるに違いありません、情感を込めつつ曲のイメージを最大限に膨らませボーカル、テナーソロに全く過不足なく的確に、ハイパーなコードワークを用いつつアプローチしています。
テナーソロにも新境地を見出す事が出来ます。膨大な量の歌伴の演奏を経験したMichael、しかしこれほどの”ウタ”を感じさせるプレイは存在しなかったでしょう。しかも優しさ、スイートネス、音色やニュアンスの素晴らしさ、曲の持つムードとFranksの歌唱との合致感を湛え、こちらも恐らく綿密な予習の賜物とはいえ、鳥肌が立つほどの感動を聴くたびに覚えます。
Aliasのパーカッションがボーカルの時には隠し味程度でしたがテナー、ピアノソロ時にしっかりと調味料として登場、それは見事なカラーリングを行っています。
この人はどんな所にも、あらゆるシーンにごく自然に登場していますがその理由、本質をここでの演奏とセンスで確認出来たように思います。
その後はあと唄、そしてアウトロでピアノが登場、Herbie Hancockのテイストを感じさせつつクリアーでリリカルなタッチでのソロを聴かせます。
フェードアウトの位置が早かったようにも感じますがあくまで主体はボーカル、この辺りでの退席が出しゃばらず丁度良かったと思います。
Eliane Elias 

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6曲目Eighteen Aprilsは4曲目のメンバー、プロデューサーと同一、そこにJoshua Redmanのソプラノサックスが加わります。
Joshuaは93年に本作と同じWarner Bros.からリーダー作をリリースしていますが、デビュー作をリリースして間もない彼を単に対外的演奏に起用したような雰囲気があります。
演奏のクオリティ、楽器の音色、ピッチ感、センス、歌い回しにどうも納得が行きません。早い話他のフロント奏者よりもレベルが下がり、演奏自体も足を引っ張られかねないように感じますが、そこは万全の体勢でのリズム隊、何が加わっても美の世界を構築し続けてはいます。
ひょっとしてこの曲はリズムセクションだけの伴奏でも良かったように思います。 

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7曲目Somehow Our Love SurvivesはJoe Sampleのナンバー、1, 2曲目と同様の布陣、ここにアルト奏者Andy Snitzerが加わりファンク色の強い演奏を聴かせます。
Snitzerは本来テナー奏者ですが、スムース・ジャズ・サックス奏者にありがちな両刀遣いぶりを披露、ファズ音の効いた音色、フュージョン正統派を感じさせるフレージング、間の取り方で曲想に相応しいソロを聴くことが出来ます。
リズム隊のグルーヴもダンサブルで、こちらにはFerrante, Haslipの参加からThe Yellowjackets的テイストを垣間見る事も出来ます。
Andy Snitzer 

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8曲目Without Your Loveはガラリと演奏者が変わります。PiersonにMichael Colinaが共同プロデュースで加わり、Mironov, John Leventhalのギター、Bob Jamesピアノ、Mark Eganベース、Erskineドラム、Alias, Johnsonのパーカッションというメンバーです。
Noa NoaというMusicalで用いられたのナンバーのようです。
アコースティック・ギターのアルペジオに導かれFranksの登場、ピアノも美しいフィルインを入れています。
本編に入りベース、ドラムが加わり曲の全貌が新たになりますが実に美しいメロディラインの曲、メロディの合間に入る各楽器のフィルインがいずれもまた、これ以上は考えられないという次元での合致度を聴かせます。
ボーカルのオーヴァーダビングもユニゾン、コーラスとの使い分けも効果的。Jamesのピアノソロ、フィルも美学に貫かれています。
Bob James 

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9曲目In the Yellow Houseはこちらも前曲と同じMusical Noa Noaからのナンバー、もう一人のボーカリストBrian Mitchellが加わり、Paul Gauguin役にMitchellVincent Van Gogh役でFranksが対話形式で語り合いつつ、コーラスも行いますが、Mitchellの方はいかにも長年Musicalを手掛けているかのような対照的な(腹式呼吸による音圧感も含めて)歌唱を聴かせます。
ここにArt Farmer(!)のフランペット(!)ソロ、Loeb, Mironovのギター、Carla Bley(!)のピアノ、Steve Swallow(!)のベース、Erskineのドラム、パーカッションで演奏されます。
プロデュースはPierson、本作中異色なナンバーですがとても印象深いテイクとなりました。
Art Farmer 

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10曲目Bird of Paradiseは同じくBrazil出身Djavanのナンバー、Franksの盟友David Sanbornのアルトサックスを迎え、Mironovギター、Goldsteinピアノ、Johnsonベース、Erskineドラム、Alias, Badrenaのパーカッションで演奏されます。
Sanbornはさすがこのスタイルのパイオニア、美しい独自の音色とメロウな歌い方、タイム感、そして脱力感とイマジネーションで風格ある演奏を聴かせます。Snitzerのプレイも良かったですが、こうして比較すると否応なく格の違いを感じさせます。
曲自体もまさしくSanbornが活躍出来るテイスト、土壌を持った佳曲です。
David Sanborn

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ラストを飾る11曲目表題曲Abandoned Garden、Pierson, Goldsteinコンビのプロデュース、Loeb, Mironovのギター、Goldsteinピアノ、Johnsonベース、Erskineドラム、Aliasパーカッションと本作の核となるミュージシャンによる演奏です。
4曲目Hourglassと同一なコンセプトでフェルマータ、ストップタイムを駆使した楽曲、Jobimにトリビュートした歌詞の内容もかなりイメージの世界に埋没した状態のようです。
本作中最も彼の逝去を嘆いたナンバー、Franks音楽性に於けるJobimの重要性を耽美的に語っています。

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