見出し画像

Pure Getz / Stan Getz

今回も引き続きStan Getz、彼のリーダー作82年録音「Pure Getz」を取り上げたいと思います。前回取り上げた「Blue Skies」の兄弟格アルバム、そちらが静とすれば本作は動の表現と言えましょう。

Recorded: January 29 and February 5, 1982
Studio: Coast Recorders, San Francisco, California and Soundmixers, New York City
Producer: Carl Jefferson
Label: Concord Jazz
ts)Stan Getz p)Jim McNeely b)Marc Johnson ds)Billy Hart(on3, 5 & 6), Victor Lewis(on1, 2, 4 & 7)
1)On the Up and Up 2)Blood Count 3)Very Early 4)Sippin’ at Bell’s 5)I Wish I Knew 6)Come Rain or Come Shine 7)Tempus Fugit
Recorded at Coast Recorders, San Francisco, California on January 29, 1982 (tracks 3, 5 & 6)and Soundmixers, New York City on February 5, 1982 (tracks 1, 2, 4 & 7)

画像1

Stan Getzカルテット・Concordレーベル4部作の1枚、有無を言わさない出来映えにGetzのファン、いや彼の名を知る者ならば本作の素晴らしさを胸を張って言うことが許されます。膨大な数の作品をリリースしているGetz、代表作、名盤の枚数も数え切れないほどですが、その中でも本作が上位に位置するのは間違いありません。そしてこの事は彼が何度目かのピークを迎えたことの証でもあります。

Getzは自己のカルテット演奏において、ピアニストを中核としているように感じます。ドラマー、ベーシストも勿論大切ですが、比重のかかり具合としてピアノ奏者との関係がとりわけ重要であると思います。楽曲のサウンド作りやコード感、バッキング、当然アドリブソロもですが、そこからGetz自身のプレイにどれだけインスパイア、刺激を与えることが出来るかが、ピアニストに課されています。数多くのピアノ奏者がカルテットに去来しましたが、彼らの奏でるサウンドによりGetzのプレイも変化しているように聴こえます。
そしてオリジナルを書くピアノ奏者の場合、積極的にその楽曲を取り上げています。本作でも印象的な冒頭曲がピアニストJim McNeelyのオリジナルに該当し、兄弟作「Blue Skies」にも1曲アップテンポの佳曲が収録されています。
Getzは作曲やアレンジを全くと言って良いほど行わず、演奏材料としてスタンダード・ナンバーをメインとしての音楽活動、言ってみればいちテナーサックス演奏者として生涯を過ごしました。他の多くのテナー奏者がオリジナル曲やアレンジとのカップリングを演奏活動の原点としているのに対し、テナーサックス・プレイのみでジャズシーンをとことん駆け抜けたのは他にStanley Turrentine以外存在を知りません(彼の場合1曲Sugarの大ヒットがありますが)。Sonny Rollins, John Coltrane, Wayne Shorter, Joe Henderson…たちのプレイはオリジナル曲演奏とは切っても切り離せない関係を築き上げています。
Getzのスタンダード・ナンバーへのアプローチの多彩さ、レベルの高さ、表現力の豊かさは他のサックス奏者とは格が違うように思います。楽曲を書かなかったからプレイのレベルが高まり、洗練されていったのか、演奏にひたすら集中すべく敢えて作曲活動を控えていたのか、単に作曲に興味がなかっただけなのかも知れませんが、いずれにせよスタンダード・ナンバーを吹かせれば右に出る者は存在しません。でもいくらスタンダードが星の数ほどあるとは言っても、自身の演奏には時々窓を開けて空気を入れ替える、新風を巻き込む時も必要です。それがピアニストの書いたナンバーに該当するのでしょう。
これらのオリジナルに対する演奏技法、解釈、メロディの吹き方、アドリブにもGetz流の美学が貫徹され、恐らくこれ以上楽曲に相応しいプレイは考えられないと言う次元で、常に演奏されているのが驚きです。作曲者である各々のピアニストはその人数だけ作風、カラー、個性があります。Getz色にオリジナルを染めてはいますが、決して単色ではなくコンポーザーのコンセプトや主張を汲み、グラデーションを施し、深遠な美の世界を表現しています。このことは作曲者自身が最も驚いているのではないでしょうか。「自分の曲がこんなに素晴らしく仕上がるなんて!さすがStan!」の様な発言が多々あったとイメージ出来ます。
それにしてもメロディ奏に対する抜群のセンスを一体どの様に磨きをかけていったのでしょう?40, 50年代初期のプレイからを紐解き始め、段々と時代を経ながらGetzの演奏を聴き比べると、その進歩や変化の度合いを理解することが出来ます。
プレーヤーはある時突然開眼し、急成長を遂げる場合もありますが、粗方は少しづつ、着実に、段階を経て、共演者から学ぶ場合も多々ありつつ成長し続け、経験し、演奏を継続する事によりジャズミュージシャンとして成熟して行きます。Getzの絶え間のない変遷はプレーヤーとして理想的な上昇カーヴを描いていると思います。幾つかのターニングポイントがありますが、特筆すべきはBossa Novaを演奏するようになってからで、一皮剥け、垢抜けたように感じます。

以下にGetzの作品と参加ピアニストについて、主要なアルバムをざっと挙げてみました。ピアニスト作曲のナンバーが重要な作品が幾つかあります。
1949, 50年「Prezervation」Al Haig
52年「Stan Getz Plays」Duke Jordan, Jimmy Rowles
55年「West Coast Jazz」Lou Levy
55年「Stan Getz in Stockholm」Bengt Hallberg
56年「The Steamer」Lou Levy
57年「Award Winner」Lou Levy
60年「Stan Getz at Large」Jan Johansson
63年「Reflections」Gary Burton(vibraphone)
66年「The Stan Getz Quartet in Paris」Gary Burton(vibraphone)
66年「Voices」Herbie Hancock
67年「Sweet Rain」Chick Corea
68年「What the World Needs Now」Chick Corea, Herbie Hancock
69年「The Song Is You」Stanley Cowell
72年「Captain Marvel」 Chick Corea
75年「My Foolish Heart」Richie Beirach
75年「The Peacocks」Jimmy Rowles
75年「The Master」Albert Dailey
77年「Live at Montmartre」Joanne Brackeen
81年「The Dolphin」「Spring Is Here」Lou Levy
81年「Billy Highstreet Samba」Mitchel Forman
82年「Pure Getz」「 Blue Skies」Jim McNeely
83年「Poetry」Albert Dailey
86年「Voyage」Kenny Barron
91年「People Time」Kenny Barron

それでは収録曲について触れて行きましょう。1曲目Jim McNeelyのオリジナルOn the Up and Up、印象的なピアノパターンを伴ったイントロからスタート、テナーのフィルイン後テーマに入ります。リズムはサンバ、これは!素晴らしい!聴く者の心を鷲掴みにするかの名曲です!コード進行、メロディとリズムのシンコペーションの妙、独自なカラーを持つユニークなナンバー、リズムセクションの躍動感も加わりGetzの新たなる表現の呼び水となり得ます。ソロはそのGetzから、出だしのフレージングからしてサムシング・ニューを感じさせます。複雑で多くの転調を伴ったコード進行、場面展開を物ともせず、むしろ逆風に対して立ち向かうチャレンジャーとして、前人未到の高山への登頂をするかの如く果敢に演奏に挑んでいます。そして神は細部に宿るとばかりに繊細に、コードチェンジやリズムのシカケをスラローム状に通り抜けながら大胆にアドリブを行なっています。ピアノトリオとのコンビネーションも申し分ありません!続くピアノソロ、コンポーザーとしてのイメージを存分に込めながら快調に進めます。幾分力が入り過ぎたのか、リズムがラッシュする場面もありますが的確なピアノタッチでスインガー振りを聴かせます。その後のベースソロの流麗さも実に特筆すべきで、達人の領域を見せつけるが如しです。ラストテーマを迎えエンディングとなりますが、ここでは比較的シンプルな構成、壮大な楽曲だけに個人的にはもう一捻りあると、曲の解決感がより成立すると感じています。

2曲目ドラマチックまでに美しいバラードBlood Count(血球算定)はBilly Strayhornの作曲、Duke Ellington楽団の名リードアルト奏者Johnny Hodgesのために書かれた曲で、67年5月に51歳の若さで夭逝したStrayhornが入院中最後に仕上げたナンバーです。McNeelyがレコーディング時にGetzのために用意しましたが、Getz自身はEllington楽団feat. Hodgesの演奏があることは知りませんでした。Getzの伝記にはこう書かれています。「ジム・マクニーリーがそれを僕のところに持ってきたんだ…..レコードに入っているのは、ぼくがその曲を最初に吹いたテイクだよ。ときには第一印象が最良なんだ。」ファーストテイクでOKだったと言う事でしょう、1コーラステーマ演奏しているだけですが、Getz流のニュアンス、アーティキュレーション、多様なビブラートが存分に聴かれる上に、いつになく音量の強弱が大胆に施され、特にバラードでこれほどのフォルテシモ表現はGetz音楽史上ありません。楽曲の持つ哀感や切なさを感情に流されることなく実に大胆に表現しています。Getzは新境地をこのテイクで切り開きました!

3曲目Very EarlyはBill Evansのワルツナンバー、巧みなコード進行とメロディの妙が合わさった佳曲です。GetzとEvansの共演作が2枚ありますがいずれも両者あまり噛み合っていない様に感じます。白人クール・ジャズの両巨頭ですが妙な自意識が互いに働いたのか、Getzに関して例えば60年3月DusseldorfでのJ.A.T.P.コンサート時のColtraneとの共演のような横綱相撲とは相成りませんでした。
64年作品Stan Getz & Bill Evans

画像2

74年作品But Beautiful

画像3


イントロに引き続きスイートさが堪らないメロディプレイ、とことん脱力感を湛えながらメロディとその間を慈しむかのように、豊富な付帯音を伴って演奏しているのが伝わります。それにしても良い曲ですね!ソロの先発はMarc Johnson、迷いのないクリアーなメッセージを感じさせるベース・プレイはさすがBill Evans Trio在籍経験者です!Billy Hartのブラシワークも絶妙なカラーリングを聴かせています。ピアノソロは巧みなコードワークが印象的でリリカル、McNeelyは独自でバラエティに富んだサウンドが頭の中で鳴っているのでしょう、自身のオリジナルの曲想と相俟ってそのように感じさせます。Hartのシンバルが好サポートを聴かせつつGetzのソロへ、メロディを大切にしながらスタートする様は風格をも感じさせ、その後のアドリブの展開に期待感を抱かせますが、3人目のソロイストと言う事でしょう、比較的コンパクトにまとめた感がありラストテーマへ。以降はMcNeelyのアレンジと推測できますが、フェルマータから1拍づつコードを奏で、ドラマチックに、曲の終了を惜しむかのように、デリケートにエンディングを迎えます。

4曲目Sippin’ at Bell’sはMiles Davisのオリジナル、変型のブルースです。テーマ・メロディはテナーとベースのユニゾン、ドラムがサポートしますがピアノの伴奏はなされていません。こちらもベースソロからスタート、Victor Lewisが叩くハイハット・シンバルやシンバル・スタンド?のレガートが効果的です。未だピアノのバッキングは登場しませんがその後のテナーソロではベースとの絡み具合、テーマ奏がユニゾンだった事に起因するからでしょう、互いのフレーズを聴き合い反応するcall & responseが堪りません!ここぞと言うところでドラムのフィルインに導かれ、ピアノが加わりますが、良き構成です。総じて豊かなニュアンスを伴った歌うが如きソロを展開しています。続くピアノソロはGetzの提示した世界とは別なサウンドをトライしたのでしょうか、いささか力が入った感を否めません。続くドラムソロは金物のみを用いたシンプルなもの、ラストテーマへの上手いジョイントとなりました。

5曲目スタンダード・ナンバーI Wish I Knewは、Coltraneの作品60年録音「Coltrane’s Sound」収録のBody & Soul風ペダルトーンを用いた、ムーディなイントロから始まります。
Coltrane’s Sound

画像4


ここでのGetzのメロディ・プレイも実に脱力し、サウンドに身を委ねているとそのまま蕩けてしまいそうなほどです!続くソロもたっぷりとしたレイドバック感がゴージャス極まりなく、蕩け具合に更なる追い討ちをかけています。続くピアノソロはここでのリーダーの意向を汲み、挑みかかるよりも脱力の方を表現して欲しかったです。一方Johnsonのバッキング、on top振りと躍動感が半端なく、バンドを活性化させています。ベースソロもテクニカルでいて、しっかりと唄を感じさせる地に足がついたプレイです。ラストテーマのGetzはますます力の抜けたメロディ奏を聴かせてFineです。

6曲目Come Rain or Come Shine、テーマはHartのブラシが倍テンポを感じさせるグルーヴでテーマが始まります。その後ダブルタイム・フィールでテナーのソロ開始、曲の持つ切なさををBlood Countを彷彿とさせるダイナミクスを用いてブロウ、トリオも歩調を合わせて伴奏をつとめます。McNeelyのソロは表現としてややtoo muchな傾向がありますが、ここでは他の曲より抑制の効いた演奏を聴かせます。Johnsonのソロは常に肩肘張ることなくリラックスして自分の世界を築き上げています。ラストテーマはオクターヴ上げた音域で朗々と、時折シャウトを交えて華やかにプレイしています。

7曲目Bud PowellのオリジナルTempus Fugit、本作中最速のナンバーとしてバンド一丸となって迫力ある演奏を聴かせます。タイトルはラテン語で意味は「光陰矢の如し」、Powell自身の演奏は49年録音の名盤「Jazz Giant」に収録されています。こちらは鬼気迫る迫力とスピード感に満ちた演奏で、Powellの代表的なプレイの一つだと思います。
Jazz Giant / Bud Powell

画像5

本作ではオリジナルよりも幾分早いテンポ設定、Johnson, Lewisのリズムセクションは安定したドライブ感を繰り出しています。
まずは難解なリフから成るイントロ、ピアノとテナーのユニゾンで開始、テーマに入るとピアノはバッキングにまわり、テナーがメロディを演奏しますが難易度マックスのラインを完璧に吹いています。つくづくGetzは楽器が上手いプレイヤーだと再認識させられ、ラインがくっきりと浮き上がったことで曲の持つ魅力にも新たな発見があります。
ソロの先発はMcNeely、淀みないフレージングがとどまる事を知りませんが、タイム感がかなりツッコミ気味で音符に余裕がないのが気になるところです。Getzが採用するピアニストは例外なくタイムとグルーヴ感が素晴らしい筈なのですが、McNeelyに関しては異なるようです。楽曲のカラーリング、Getzのソロのバッキングには良い味を出しているのですが、彼は音楽監督的な立場でも作品に臨み、選曲やアレンジ、曲構成までGetzに助言していたように感じます。だからと言ってピアノプレイがなおざりでも良いと言う訳ではありませんが、全て込みでのStan Getz Quartet参加と言うことで、ソロに関してはある程度許容されていたと解釈すればまだ納得が行きます。
続くGetzのソロ、演奏としては高水準の内容なのですが、本作収録曲のテイクと比べると何処かよそよそしさを感じさせます。何かに拘っているかのようで、いつものスポンテニアスさが希薄に聴こえます。推測するに、少なくとも瑞々しさ湛えたファーストテイクではなく、2度目以降のテイクではないかと。例えばGetz含めたメンバーのソロが良い演奏なのだけれど、残念ながらテーマに許容範囲を超えたレベルでのミスがあり(難曲ですから然もありなん)、やむなくテイクを重ねるに至り、大熱演の直後に行われた演奏なので燃え尽き症候群的に演奏を消化してしまったと。
本テイクはメンバー全員のソロを聴くことが出来ますが、そう考えると他のソロも何処となく慎重さを感じ、破綻をきたさないようリミッターをかけた如しでの頭打ち感もあります。もしかしたらプロデューサー側のイントロ、テーマのアンサンブルのクオリティを重視した結果なのかも知れません。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?