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シーズンズ・オブ・ロマンス/スティーヴ・キューン

ピアニスト、スティーヴ・キューンの1995年録音作品『シーズンズ・オブ・ロマンス』を取り上げましょう。

録音:1995年4月12, 13日
スタジオ:サウンド・オン・サウンド・スタジオ、ニューヨーク
エンジニア:ジョー・バーバリア
プロデューサー:ラルフ・サイモン
エグゼクティブ・プロデューサー:シビル・R・ゴールデン
レーベル:ポストカーズ

(p)スティーヴ・キューン  (tp)トム・ハレル  (ts)ボブ・ミンツァー  (b)ジョージ・ムラーツ  (ds)アル・フォスター

(1)シックス・ガン  (2)ロマンス  (3)ヴィジョンズ・オブ・ガウディ  (4)ゼア・イズ・ノー・グレーター・ラヴ  (5)ザ・ポーンブローカー  (6)リメンバー  (7)クロチルド  (8)グッド・モーニング・ハートエイク  (9)ルッキング・バック

シーズンズ・オブ・ロマンス/スティーヴ・キューン

 1938年3月生まれのスティーヴ・キューンは、50年代末から生地ニューヨークで演奏活動を始めました。モダンジャズが大きく動き始める時期に音楽シーンに身を投じた訳です。
ケニー・ドーハム・バンドやジョン・コルトレーン・カルテット初代ピアニストを皮切りに多くのミュージシャンと共演を重ね、同世代の気の合うミュージシャン、スティーヴ・スワロー、ピート・ラ・ロカから成るピアノトリオで演奏活動を行います。
ラ・ロカの65年5月録音リーダー作『バスラ』はこのトリオにテナーサックスの名手ジョー・ヘンダーソンを迎えた作品、進取の気性を踏まえつつ、エキゾチックなフレーヴァーを振り撒いた、ブルーノート・レーベルからリリースの傑作アルバムです
キューンはスワローと現在も演奏活動を継続しています。

バスラ/ピート・ラ・ロカ

 以降キューンはコンスタントにリーダー作をリリースします。ピアノトリオの作品が多く、本人のプレイも初期〜中期のどちらかと言えば”こうあらねばならぬ”の力技、若しくは独りよがりになりがちの、言わばパーカッシヴなスタイルから、徐々に力が抜けた自然体を感じさせる演奏へと変わっていきます。
 彼のタイム感〜1拍に対する概念も変化し、オントップと言うよりも前のめりと表現した方が適切であったリズムの捉え方が、見事なレイドバックを聴かせ、キース・ジャレットと比較し得る拍の長さ、音符のたっぷり感を取得し、演奏を俯瞰しつつ引用フレーズやジョークフレーズを挿入する、余裕と遊び心のある独自のピアノスタイルを築き上げます。
 ピアノタッチもより脱力感を提示し、柔らかくかつブリリアント、当初の打鍵はややヒステリックで、ピアノの音色が割れ気味にさえ感じるほどの強烈さでしたが、次第に、本当に徐々に、豊かな倍音をごく自然にリリカルに鳴らします。ピアノフォルテ88鍵を隈無く確実に自分のものにした者だけが表現出来る世界を手にしました。

 キューンのピアノを操る能力は始めの段階から長けていました。マサチューセッツ州ニュートンで育った関係でしょう、ボストン在住の名ピアノ教師、マーガレット・チャロフに5歳から師事します。
因みに彼女の門弟にはキース・ジャレット、チック・コリア、ハービー・ハンコック、ジョージ・シアリング、ケニー・ワーナー、マルグリュー・ミラー、トシコ・アキヨシら錚々たるそうそうたるピアニストが存在します。

 10代でキューンはボストンのジャズクラブに出入りし、チェット・ベイカー、コールマン・ホーキンス、ヴィック・ディッケンソン、チャロフの息子で名バリトンサックス奏者サージ・チャロフらと共演します。
ユダヤ系ミュージシャンに良く見られる学習能力の高さから、吸取り紙の如くテクニック、ノウハウ、音楽理論を吸収し、初期段階からジャズプレイヤーとしての力量を習得しました。
背の高い体躯、腕の長さから打鍵のストロークを得られ、手のひらの大きなプレイヤー特有のコードワークを駆使しての大胆なプレイを聴かせます。

スティーヴ・キューン

 彼が在籍したバンドの中でドラマー、ボブ・モーゼスが率いたクインテットが印象に残ります。
テナーサックス奏者にデイヴ・リーブマン、コルネット奏者は我らが日野皓正、スティーヴ・キューン、スティーヴ・スワローから成るレギュラーグループ、車一台で米国内のツアーも行った模様です。
 クインテットの作品としては79年8月録音『デヴォーション』が挙げられます。
いずれもが素晴らしいモーゼス、スワローのオリジナルに加え、デューク・エリントン作の名バラード、ヘヴンがスパイスとなリ、同世代のメンバーによる互いの音楽性、人間性を敬愛する間柄から生まれた緻密にして大胆な演奏の数々、70年代に制作されたジャズ作品の中で知られざる名盤の一枚と認識しています。

デヴォーション/ボブ・モーゼス

 ところでジャズアルバムの仕上がりは制作レーベルのカラー、プロデューサーの趣味嗜好に大きく左右されます。ブルーノート、ヴァーヴ、インパルス、コンテンポラリー、CTI……モダンジャズを作り上げたと言って過言ではないこれらのレーベルは自社作品の方向性、テイスト、所属ミュージシャンの活かし方を熟知していました。
キューンの作品はECMや日本のVenusと言ったレーベルからリリースされた際に、恰も統一された如くのある種のムードを感じます。表出するキューンの強い個性もさる事ながら、プロデューサーのテイストやレーベルのカラーに刺激されながら、パーソナリティの表現を巧みに行なった結果でしょう。

 本作は当時の新興レーベル、ポストカーズにより制作され、キューンの新たな側面を披露しました。他の作品には聴かれない彼の魅力に満ち溢れています。
 まずはミュージシャンの人選、ベーシストにジョージ・ムラーツ、ドラマーにアル・フォスター、この二人の抜群のコンビネーションにテナーサックス奏者ボブ・ミンツァー、トランペッターにトム・ハレル、計9曲収録中3曲がピアノトリオ、3曲ミンツァー・フィーチャー、3曲ハレル・フィーチャーの構成です。
収録曲をしっかりと三分割した個性の分散化と、敢えてトランペット、テナーの2管編成を回避したプロダクションにバランス感の良さを感じます。
スタンダードナンバー、キューンのオリジナル、キューンの盟友ベーシスト、名作曲家スティーヴ・スワローの楽曲、ブラジルが産んだ才能豊かなシンガーでギタリスト、コンポーザーのドリ・カイミのナンバー、クインシー・ジョーンズの隠れた名バラード、参加ホーン奏者のオリジナル、バランス感の取れた選曲に細やかなケアを感じます。

 93年10月録音ピアニスト、アラン・パスカの作品『ミラグロ』は同じくポストカーズからリリースの名作、リーダーの音楽性が醸し出す違いはもちろんありますが、レーベルのカラー、プロデューサーの個性ほか作品全体をカヴァーするきめ細やかさ、人間味を感じさせる暖かさ、音楽を愛でるめでる愛情の深さに共通点を見出す事が出来るのです。

ミラグロ/アラン・パスカ

 ポストカーズはレーベルとして93年から97年まで活動し、良質のアルバムを17作品発表します(後にリリースされた作品を含む)。
良い作品制作とレーベル運営のバランスは何処いずこでも難しいもので、ポストカーズは残念ながら99年にアルカディア・レーベルに売却される形で幕を閉じます。

 それでは収録曲について触れて行きましょう。
 1曲目はミンツァーのナンバー、シックス・ガン、ミンツァーはこの曲を「ランフォーユアライフ〜Runferyerlife」と言うタイトルで自分の作品や参加するイエロージャケッツ、セッション等で事ある毎に取り上げています。
リズムチェンジのコード進行を用いていますが、キーは通常のB♭ではなくFです。
テーマはピアノとテナーがユニゾンで演奏しているのに加え、テンポを通常よりもグッと落として演奏しているので、もはや違う曲に聴こえます。
通常この曲のテーマ終わり部分にヴァンプが設けられるのですが、テンポの関係でしょう、使われていません。
 オープニングに相応しいブライトなスイングナンバー、裏拍のアクセント、シンコペーションを活かしたスペーシーなテーマは、セロニアス・モンクのオリジナル、エヴィデンスをイメージさせます。
ベースとドラムはテーマ〜ソロの1コーラス目、基本的にサビ以外を2ビートでプレイ、オーソドックスな手法でアプローチします。
キューンのソロもトラディショナルな手法を用い、モンクのテイストを感じさせながら2コーラス目に入る際トリッキーなフレージングでハッとさせられます。

 その後ミンツァーのソロへ、キューンのバッキング1コーラス目は在籍したコルトレーン・カルテットからの影響、ソロイストの後ろで一切バッキングせずに2コーラス目から登場します。
 ミンツァーのコアを感じさせる音色にはハスキーな成分が豊富に含まれます。適度なダークさも持ちながらブライトな成分とのブレンド感が素晴らしいと思います。
この頃のミンツアーのセッティングは楽器本体がアメリカン・セルマー・マークⅥ、マウスピースがフレディ・グレゴリーのメタル、モデルはマークⅡでしょう、恐らく7☆か7☆☆のオープニング、リードがリコの3.5。
グレゴリーは既に逝去し、そのクオリティの素晴らしさゆえ、彼の制作したマウスピースは大変な価格で販売されています。同様にデイヴ・ガーデラ・マウスピース、製作した本人と筆頭ユーザーのマイケル・ブレッカーが既にこの世にいないため、クオリティ同様に稀少性から信じられない値段で取引されています。

 実は私もグレゴリーに直接マウスピースを注文したことがあります。メジャーのマウスピース会社とは異なり、楽器店やネットでの販売を行わず、個人でのやり取りのみで入手可能なためです。口コミによる信用度が大切になりますが、ミンツァーがグレゴリーのハードラバーを使い始めた事で知名度がグッと上がりました。
ミンツァーはここ何年間かラファエル・ナヴァロのハードラバー・マウスピースを使っていましたが、ごく最近またグレゴリーに戻ったと言う話を聞きました。

 グレゴリーはロシア人、フランスのセルマー社でマウスピースを製作していました。独立してロンドンに住みながらマウスピース製作やリフェイスを行い、その後物価が安く治安の良いスペインに移住しました。
 注文の際メールで本人とやり取りをするのですが、ちゃんと仕事をしているのか心配になる位に筆マメと言うか、メールマメで、写メを添付して「こんな材質のこんな色のマウスピースがある」とか、自分が作ったリガチャーの紹介や「注文が立て込んでいて時間がかかりそうだ」という割にはメールがしじゅう来ていた覚えがあります。
 マウスピースの代金支払いについて、当時既にペイパル等の便利な送金システムがありましたが、グレゴリーは頑なに銀行振込に拘ってこだわっていて、しかもスペインの片田舎の信用組合のような口座への送金を求めます。東京でも1, 2か所しか取引きしている銀行が無く、さらに少しでも記入内容が曖昧だったり、間違いがあると直ぐに弾かれてしまいます。
グレゴリーに「ペイパルで送金は出来ないのか」と尋ねると、「そうだ、出来ない。指定した銀行口座に振り込んでくれ。日本人だったらサダオ・ワタナベ知っているだろ?彼でさえそこに振り込んでくれた」とい言うのです。確かにサダオさんも一時期グレゴリーを使っていました。
2回目にグレゴリーに注文し送金した後、メールマメの彼からぷっつりと音沙汰が無くなりました。こちらから何度かメールしても梨の礫なしのつぶてです。
「一体どうしたのだろう、まさか詐欺ではないだろうが、何かトラブルがあったに違いない。」と考えていると、数ヶ月経過してからロンドンに住むグレゴリーの代理人という人物からメールが来ました。
大変丁寧な内容の文章で、しばらく前にフレディ・グレゴリーは癌で亡くなった。注文を受けたけれど、マウスピースをもう作れる状態ではないので、生真面目な彼は生前代理人である私に返金を依頼し、今クライアントに返金先を確認しているところだと言うではありませんか。彼は最後まで注文を受けたマウスピースの事を気に掛けていたそうです。代理人は「あなたの演奏はユーチューブで見させて貰った」と、下調べまで万全です。
 「フレディは大変にタフで器用な職人、マウスピースを製作する機械まで自分で作り上げ、寝るまも惜しんでマウスピース制作に勤しんでいた。そんなタフガイも最期は癌には勝てなかった」と教えてくれました。
職人の律儀さ、丁寧さを国を超えて知ることが出来ました。そして返金にはその代理人とはまた別の送金担当者が存在した模様で、同様にスペインの片田舎の信用組合から何度かやり取りをして、無事にキャッシュバックしてもらえました。もちろん手数料は向こうもち、支払った金額がしっかりと戻って来ました。

フレディ・グレゴリー・マウスピース

 閑話休題、ミンツァーはソロ3コーラスを、スインギーに、ファンキーに、知的センスをスパイスにプレイします。フォスターのカラーリングが寄り添いながら、ミンツァーのフレージングをより確固たるものに仕立てようとする意思を感じます。
その後ムラーツの重厚なウォーキング・ベースソロが1コーラスあります。その後ろで何やら怪しげにバッキングするキューン、抑えながらもアクティヴさを聴かせるフォスター、リズム隊の場面ごとの脚色には尋常ではない食らい付きの良さを感じます。
その後のラストテーマは2ビートに変わり、フォスターの遊び心満載のカラーリングを堪能出来ます。

ボブ・ミンツァー・プレイズ・グレゴリー・マウスピース

 2曲目ロマンスはブラジルのミュージシャン、ドリ・カイミの美しいナンバー、ピアノトリオで演奏されます。ここでは脱力感とリオデジャネイロの青い空、爽やかさが突き抜けるように押し寄せて来ます。
キューンのグルーヴのたっぷり感を表現するために選曲されたかのようです。短いテイクですがその目論見は見事に成功しました。

ドリ・カイミ

 3曲目ヴィジョンズ・オブ・ガウディはハレルのオリジナル、自身のリーダー作では89年3月録音『ヴィジョンズ』に収録されています。
ヴィジョンズに於ける同曲のヴァージョンはラテン・テイストを基本に速めのテンポ設定、デイヴ・リーブマンのソプラノサックスと2管で演奏され、ジョン・アバークロンビーのギター・シンセサイザーや、ピアノのジェームズ・ウィリアムスの多少強引な展開のプレイが収録されているために、本来が華奢でナイーヴなナンバーにも関わらず、楽曲のキャパシティを超えた、中身の詰め込み過ぎ感を拭えません。

ヴィジョンズ/トム・ハレル

 本作シーズンズ・オブ・ロマンス収録のテイクは、ゆったりしたテンポのワルツでプレイされているために前述の演奏とは寧ろ真逆で、リリカルさと色気を表現しており、曲想に良く合致しています。
ハレルのプレイもこちらの方がリラックスし、自分のペースをキープしている様に感じます。恐らくヴィジョンズではプロデューサーの意向が強すぎて、ハレルのコンセプトが押さえ込まれてしまったのでしょう。
ベース、ドラムのサポートも至ってナチュラルに、トランペットとピアノを包み込むが如く、共演者の主張を最優先し、寄り添う事に音楽表現の意義を見出していると感じます。
テーマのメロディもキューンとハレルが分かち合ってプレイしているのが楽曲の雰囲気に相応しく、断然こちらのテイクの方が音楽的です。
料理に例えるなら、同じ素材でも調理の仕方を変えるとこうも味わいが異なるのかと言う、絶好の見本となりました。

トム・ハレル

 4曲目ゼア・イズ・ノー・グレーター・ラヴはお馴染みのスタンダードナンバー。ピアノトリオ編成で、通常B♭のキーを変えてCメジャーで演奏しています。キーが全音高いゆえに多少の明るさを伴っています。
 イントロは何処かロシア民謡のテイストを感じるのですが、若かりし頃キューンは師匠であるマーガレット・チャロフから、ロシアン・スタイルのピアノ奏法を伝授されたと言うことで、何か関係があるのかと調べてみました。
ロシアン・スタイルとは演奏のスタイルではなくピアノ奏法の一つ、要約すれば如何に効率良くピアノを弾くか、鳴らすかに関するテクニックの一つでした。

 イントロ後暫しの間があって、徐におもむろにアウフタクトが演奏されます。
「それじゃあノー・グレーター・ラヴをプレイしようか、早速テープを回してくれるかな」程度の軽いノリで、特に何も決めず、キーさえも明確にせず演奏開始、もしかしたらアウフタクトのメロディでムラーツにキーを判断させたかも知れません。
テーマ後まずピアノが1コーラスソロを取り、続いてベースが2コーラス、その後ピアノが5コーラス取ります。
ここでのキューンのソロは幾多のミュージシャンに取り上げられた、言ってみれば「手垢に汚れたスタンダードナンバー」を、オーソドックスなテイストを基本に独自の解釈で演奏、随所に大胆でフレッシュなアプローチを聴かせています。左手の切れ味が特に鋭く感じます。
ムラーツのソロは小気味良いグルーヴ、8分音符の裏拍の端正にして深い位置、正確なピッチ、適切なイントネーション、ベースの名匠に相応しいプレイを披露しています。
ラストテーマ前のフォスターのソロは、なし崩し的に開始されましたが、ピアノとベースがサポートしながらタムを中心に1コーラス聴かせます。
その後明確な形ではありませんが、ラストテーマが演奏され、ラストは逆順のヴァンプが繰り返され、よくある形のエンディングでFineです。曲全体のリラックス感から何の衒いてらいもなく、スポンテニアスにプレイを楽しむ好演奏となりました。

スティーヴ・キューン

 5曲目ザ・ポーンブローカーは64年同名の米国ドラマのためにクインシー・ジョーンズが書いた美しいバラード、ミステリアスにして深淵、崇高な美しさが映える名曲です。
 タイトルの意味は質屋、ドラマの内容はナチスの強制収容所で妻子を殺されたドイツ系ユダヤ人の元大学教授、以来絶望から人間不信となって心を閉ざし、戦後ニューヨークの貧民街で質屋を営む店主となり、人との触れ合いから次第に立ち直っていく姿を描いたストーリーです。
 クインシーの書くバラードは名曲ばかりですが、この曲は極上の仕上がりです。ドラマの主人公の数奇な運命を見事に楽曲に置換した、クインシーの作曲の才能を再認識させられました。

 ミンツァーが高音域のテーマをフラジオ音を駆使して演奏しますが、彼のバラード奏でここまでの音域を多用した例は他に見当たりません。
元々音域の広いナンバーでしたが、ミンツァーの下から上までの完璧なピッチコントロール、楽器の操作性、加えて感情移入が実に見事です。
テナーサックスのフラジオ音の達人、マイケル・ブレッカーにとっては通常音域に違いありませんが、ミンツァーは普段まずこのアルティッシモの音域を用いて演奏を行わないにも関わらずの超安定感、素晴らしいです。
高音域ばかりに耳が行きがちですが、音量のダイナミクス、ほのかに隠し味の如くかけられるヴィブラートの巧みさ、ニュアンス、ベンド、グリッサンド、音色の使い分け等、楽曲の持ち味に見事に合致したプレイです。

 メロディ奏を終えてピアノソロに入る部分、2分50秒辺りでミンツァーがテナーサックスのキーをパタパタと空打ちする音が聴こえます。バラードのような音量の小さい演奏でなければ収録されない音ですが、彼がメロディを気持ち良く吹けた余韻の成せる技か、それとも逆に気になる部分があったのか、若しくは何かの合図でしょうか、興味深いところです。
 キューンのバッキングもメロディ奏を生かすべく付かず離れずのスタンスをキープしつつ、重厚にしてリリカルなサウンドを提供しますが、ムラーツ、フォスターの「何もしなさ加減」がテナーとピアノのプレイを更に浮かび上がらせているように聴こえます。
 キューンのソロの粘るが如く、舐るねぶるが如し、拍に対するレイドバック、ビハインド感はキューンの大ファンの私にとっては待ってましたと、拍手喝采する場面です。
音数が次第に増えて演奏の密度が濃厚になった良きところで、歩調を合わせてフォスターのブラシワークもアクティヴになり、ミンツァーが再登場、最初のテーマよりもやや音量大きくメロディをプレイします。
キューンのバッキングも主張がかなり強くなりますが、ドラマの主人公が悍ましいおぞましい修羅場を潜り抜けたに匹敵するであろう、この楽曲の持つエネルギーにとっては、寧ろ丁度良いくらいの加減です。

ザ・ポーンブローカー

 6曲目リメンバーはスワローのナンバー、躍動を感じるトリオのイントロからピアノがテーマメロディを演奏、引き続いてトランペットが同様にテーマをプレイします。スワローらしい美しいメロディ、撚りの効いた構成、コード進行が印象的です。
ハレルが先にソロを取ります。燻んだような抜け切らないトランペットの音色が曲想によく合っています。リズム隊は比較的傍観していますが、キューンのソロになるとフォスターの躍動感が発揮され始めます。キューンのアイデアに反応すべく的確なレスポンスを繰り出します。
その後イントロのパターンがヴァンプとしてプレイされ、ムラーツ、フォスターが空間に相応しいフィルインを繰り出します。
ラストテーマもピアノから、そしてトランペット、再びイントロのパターンでハレルがフィルインをプレイ、収束に向かいますが、ここではムラーツのベースの活躍ぶりがポイントになリ、エンディングに向かいます。

ジョージ・ムラーツ

 7曲目クロチルドはキューンのオリジナル、哀愁を抱かせるボサノヴァ・ナンバーです。テンポは比較的早めに設定されています。
ミンツァーの音量を抑えたテーマ奏はハスキーな成分が豊富で、クールさの中に色気を感じさせます。
先発はキューン、力強いタッチと左手の説得力が印象的です。続くミンツァーのソロはピアノソロと同様のムードが継続され、テーマ奏とは違った強めのテイストでプレイされます。
このテイクは比較的平坦なダイナミクスで演奏されました。好印象の楽曲なのでもう少しメリハリが付けられても良かったのでは、と感じています。

 8曲目グッド・モーニング・ハートエイクはアイリーン・ヒギンボサムが書いたスタンダードナンバー、ビリー・ホリデイの名唱が残されています。ここではピアノトリオで演奏され、キューンのバラードに対する美学を堪能する事が出来ます。
物悲しさの中にも仄かな明るさを抱かせるバラード、キューンの打鍵には曲想に相応しい優しさと同時に脱力感、明確さ、またスローテンポに対する大きなグルーヴを確認する事が出来ます。

 9曲目ルッキング・バックはキューンのオリジナル、90年10月録音同名のリーダー作に収録されています。こちらはピアノトリオによる演奏ですが、本作ではハレルがテーマを演奏しています。

ルッキング・バック/スティーヴ・キューン

 哀愁を感じさせるメロディをトランペットに任せたことでキューンは縦横無尽にメロディラインのにフィルインを挿入します。ですのでピアノトリオ時とは自ずと印象が変わり、アクティヴさが表出さてれいます。
 先発ハレルはリズムに対したっぷりとプレイし、いつものやや転びがちの8分音符よりもタイトさを感じます。ソロ自体も大変流暢さを持って行われます。
キューンのソロに入ります。1コーラス目は2ビートのグルーヴを表現し、ベース、ドラムも確実に追随します。余裕を感じさせるフレージングの数々は大きなノリを伴ってゴージャスささえも表現しています。

 その後ドラムと8小節交換が行われます。多くのジャズドラマーがソロ時に用いるフィリー・ジョー・ジョーンズのリック・フレーズ、こちらを用いないフォスターのドラミングは非フィリー・ジョー・スタイルの極みと言えましょう。言語の違いは実に新鮮に響きます。
トランペットとピアノが交互にフォスターとやり取りを行いますが、ドラムとの会話の言語が異なる以上、ソロイストのフレージングも当然違って来ます。生き生きとしたカンヴァセーションが繰り広げられ、ラストテーマを迎えます。

アル・フォスター

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