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#1「人に前を向かせるもの」チーム弱虫ペダルと渡辺航

かつて編集長を務めていた「スポーツ×ヒューマン」HPの為に書いた文章の過去ログです。

なぜ、そこまでやれるのか?競技者を取材していくなかで、そういった問いにぶつかる事は多い。

極限まで自らを追い詰め、競技にすべてをかける姿には胸を打たれるが、伝え手の自らとの「隔たり」も突きつけられる。彼らは若いから。白黒はっきりとするスポーツの世界だから。そんなエクスキューズで自らを納得させる。でも、誤魔化せない。

1月11日放送のスポーツ×ヒューマン「君の坂道を登れ 全力で」は、アスリートではなくマンガ「弱虫ペダル」の渡辺航先生が主人公。熱い熱いその姿をご覧いただけただろうか。

漫画家がその枠を飛び越えて、実際の競技にも関わっていくこと自体は珍しいことじゃない。ボクシング漫画「はじめの一歩」の森川ジョージさんは、ボクシングジムを立ち上げチャンピオンを生み出した。「スラムダンク」の井上雄彦さんは奨学金を作って、学生のアメリカ挑戦を応援してきた。

しかし、49歳の渡辺航先生は応援するだけじゃない。自らレースに参加して若者と競う。その競技は何より過酷と言われるシクロクロス。荒れた道を走り、転倒し、泥にまみれ、自転車を担いで走る。「なぜ、そこまでやるの」界の頂点(マンガ部門)のような存在だ。

エネルギーの埋蔵量が、普通の人とはそもそも違うんだよ。そう思ってしまう事もある。しかし番組で明かされるのは、先生の原点であり原動力とも言える挫折の経験。

マンガ家への夢が閉ざされそうになった時、何気ない先輩の一言が、先生に前を向かせた。

「君、背景うまいね」

きっとその人は何の気なしに言ったのかもしれない。そんな言葉が人の一生を変える事がある。先生は番組で語る。

「自分の可能性って、けっこう自分に見えないところにあるんじゃないかって僕は思っている」

弱虫ペダル第1巻での主人公の坂道くんの名セリフを思い出す。

「もし僕に何かの可能性があるのなら」

その言葉は、若き日の先生が何度も自らに語りかけた言葉なのだろう。何か一つでも長所があるのなら、そこにしがみついでもゴールへ向かう。様々な自転車競技の過酷な部分だけミックスしたようなシクロクロス、その泥臭さに惹かれる理由も伝わってくる。

「何が人に前を向かせるのか」
それは番組を作るなかで、いつも胸にある問いだ。この困難の時代に、少しでも人を力づけるメッセージとは何か。言葉は。物語は。その答えを取材対象に探してドキュメンタリーを作る。

渡辺先生の場合、その答えはとてもシンプルだ。信じるのは「全力」。全力で何かをすることで生み出す熱を、全力で届ける。それが自分を、そして人を前に進ませる。それは描くマンガでも、インタビューでもぶれる事はない。

「恥ずかしがらずに全力を出していいんだ」
「耐えて、耐えて、耐えろ。そしたら必ず勝負の時がくる」
「立て直せよ。立て直せば絶対に新しい扉が開くから」

どれが先生の言葉で、どれがマンガのセリフかわかるだろうか。いや、全ては先生の「心の声」なのかもしれない。それを純度100%で届ける為に、先生は今もほとんど一人で背景まで丁寧に書き込む。シンプルで不器用で、でも羨ましくなるほどに真っ直ぐな道を歩んでいるように見える。

そうは言ってもね、とシニカルな疑問がよぎる事はある。やっぱり才能が無かったら、無駄な努力になるんじゃないか。成功したからこそ、言えるのではないか。

先生は、その「熱」や「全力」とは遠いところで生きてきた若者に、自らの思いを伝えようとする。自ら坂を登ることで、みっともなくも頑張り続ける姿を見せることで、何かを伝えようとする。

伝わらないかもしれない。でも、やるんだよ。その「一歩踏み出すこと」を信じる気持ちが、先生の本質なのだと伝わってくる。

クライマックスのレース。先生は会場で応援することはできなかった。しかし、仕事場からPCの画面越しに声援を送る先生は信じているかのようだ。自分の全力の声援が若者に届くことを。そして、レースはどうなるか。若者は壁を打ち破れるのか。何かが変わるのか。答えはまだ出ていない。

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