見出し画像

彼岸が見える此岸 「マゾ」ではないマゾ

この文章は特に消えたいとか消したいみたいなことを日常的に感じている(た)人に向けてのもの

※関連のプレイリスト

此岸用

彼岸用



1週間前タリーズでタバコを拾った。
スタッフの人に届けたとしてもどうせ捨てられるだけだろうと思った。
もったいなくてそのまま手提げカバンの奥に沈ませた。
大学生活の始め高校の合唱部時代の先輩と会った時のことを思い出した。
先輩の飲み会で飲み過ぎて田んぼにゲボを吐いた失敗談を聞いて、
「どうして健康を壊してまで酒を飲むん?自分はぜったい酒飲まんよ」なんて返していた。

もちろんお酒だけではなかった。
タバコは害悪、吸うやつはアホだと思っていた。
ましてや喘息持ちだった。それに自然な自然•健康信仰があった。
だから吸うわけがないと思っていた。

いつのまにか吸い終わっていた。
ひろゆきがタバコを吸うと定年後くらいに死ぬ確率が上がるから年金が節約できて経済的だ、などと切り抜きで言っていたことを思い出した。

別に早く死んでもいいなって思う。
長く生きる意味は特別なかったし、見つかる予定も特別ない。
そういう生きるとか死ぬだとか昔大事にしていたようなことはどうでもよくなってきた。
幸福と不幸と同じように強制されてはいけないだけだ。
でもたぶん苦しいのを避けていくことばかりが決まっている。
それは死なない理由と同じ。
死や生は浮遊しているし死は取り憑いてくるが心中を自然に考えるほどではない。
心の揺れ動きは大きいが保たれている。
取り憑きを眺める余裕は残したまま少しは下半身は動いてくれる。


生命医科学系だった大学を逃げるようにして卒業したことも関係しているように思う。
生物学は好きだったが、医学の意味が実感しきれなかった。
長く生きるよりも短くても幸せに生きるための社会制度のほうが優先度が高いと思っていた。
でも大学時代は(医療の方がお金のある人を対象とする分儲かるからか、)医学が重要視され生物学が軽視されたカリキュラムを受けていた。
そこには美も理も生き物もなかった。
結局自分にとって医学は受ける価値があるが提供したり追求したりするほどのものにはならなかった。

それにわたしはわたしを殺したかった。
変わるとは自分を殺すこと。
言葉のレベルを超えて身体のレベルで変化すること。
言葉の変化と身体の変化を平行させること。
それが学ぶことだとどこかで齧ったようなことを信じていた。
でもほんとうは理由もなくわたしを変性させ危機に陥れるようなものをできる限り摂取したかっただけなのかも知れない。


たばこと葉巻とを吸い比べる。
このタバコは甘い。あの葉巻は苦い。
顔を覆い過ぎない程度の間隔をあけて、人差し指と中指の間に挟む。
慣れてないからかたまに床にこぼしてしまう。
肺に入れるのと口で吸うのが違うらしい。
確かにそうかも知れない。
映画を見ながら登場人物の吸い方を真似する。
5本目を吸い終わるあたりで登場人物の心情がわかるような気がしてくる。
映画のなかの夜明け前の薄明かりの中縮こまりながらひとり吸う時間に痛々しい瘡蓋を見る。

最近水分をうまくとれなかった。
水を飲もうとすると胸につっかえた。
脱水か便秘か胃の炎症か逆流性食道炎なのかわからなかった。
どうやってこれまで飲み込んでいたのかわからなくなった。
たまに歩き方がわからなくなると言っていたメンヘラ気味の人を思い出した。

ただゲップが止まらなかった。
神経症的にカフェイン、アルコール、冷たいものを控え、自分が作ったものしか食べれなかった。
そんなだから外出先でゆっくりできる場所を探すのに困った。
ノンカフェインを出しているお店、ゲップを出しても気にならないお店があまりにも少なかった。見つけたらそこはファミリー向け、主婦(夫というより)と赤ちゃん向けのお店だった。
ドトールのルイボスティーが有り難かった。


男性ホルモン的身体をもった生き物は気づけないことばかりだ。
精通だけだ。
なにかどろっとしたものが出てきた瞬間よりも臭いが取れないことが嫌だった。
あの臭いは田舎にだけ咲く花と土と糞と尿が混ざった臭いに似ていると思う。昔から鼻は詰まっているがよく利いた。いやカメムシの臭いだろうか。臭いの分類はうまくない。

でもやはり女性ホルモン的身体ほどは自分の身体を意識できない。毎月血が出る訳でもなければ目線を意識しながらする化粧などの美容のあれこれもそこまでする必要がない。
その分タバコは男性ホルモン的身体であっても適度な違和感を与えてくれる。違和感こそ安心をくれる。


そういえば整形に臨んでいる時の感覚が気になっている。ヒアルロン酸を注射する時や顎を削る時はどんな感じなのだろう。
音は?振動は?皮膚が延ばされる感じは?
人からの目線が気になって仕方がなくて自分で自分の身体を認めたくて、際限ない沼に落ちる時の脳で起こる音楽はどんな感じだろう。
なせだか不規則で速い電子音のイメージを持ってしまう。

それにしても女性的なことばかりが気になる。
男性ホルモン的身体では理解できないとか思っているからだろう。
もはや女性的なことが気になる男性視点自体をなにか濃く煮詰めてもいいのでは?みたいな気分になってくる。
特殊で一般的な異常な気持ち悪さがおそらくあるだろう。
抽出する価値はおそらくある。
それが自分にできるせいぜいのところだろう。

何にしろどんな普通の暮らしみたいなものも一つの許された狂いで、その狂いの様式に沿って幸せだとか不幸せだとか妄想を膨らませ作られた妄想に自ら囚われる。
囚われていることを自覚した生命体は囚われから逃れることを望む。
しかし囚われから逃れることは決してできない。
逃れられるようなものは囚われではない。
囚われから逃げることを諦め、囚われから逃れる術を決断的にも暗示的にも探す意味がないことに気づいた生命体は囚われることをマゾ的に楽しむ術を考えるほかない。


何かを壊すことや逃げることを考えることが多く、後ろから見つめてくる目線ばかり持っている私には特に、マゾ的な処世術を取り入れていかないと生活が成り立たない。

社会が垂れ流す言葉の原理的な(そう、それは数学的に決まっているのだ)不完全さ、矛盾、根拠のなさに幻滅するのでもどうしようもない暴力に目を瞑るのではなく言葉を組み替えて福笑いを楽しむような。
ひとしきり満足したらまた自分を殺し始めることができる。
おそかれはやかれリベラル(村)だったり学術的なホモソーシャルな閉鎖空間から抜け出してもっと身体を汚す必要を強く感じている。

ただそのように自分を殺すためにこそ生きるための福笑いを楽しんだほうがいいし楽しむほかない。
でも本当はただ生きるとか死ぬとかどうでもよくって楽しそうな顔をしている時間をもっと増やしたいだけなのかも知れない。

泥遊びとも福笑いともいうべきマゾ的な生き方を『perfect days』の平山に感じた。
彼は(ダンスではなく)踊るホームレスの姿をまばたきの間に生活の裂け目に捉えることができる。
彼は彼岸に限りなく近い此岸で戯れている。
生きるとは傷つけ合うことであり傷への慈愛と戯れを覚えていくのが老いなのではないか。

なお、傷を受けた時にただ無思考に肯定することを勧めたいわけではない。
傷を肯定よりも面白がると考えたほうが(特に作家になりたい人には)合う。


P.S.
ニーチェは超人を赤子として表現したような記憶がある。
原理的に理不尽なようにできている世の中を組み替えて遊ぶのが赤子であり超人でありマゾ的な生き方なのだろう。
ニーチェの肯定の哲学は一般的な「サド」でも「マゾ」でもなく、ジル•ドゥルーズのいうサドでもなくマゾ的な生き方だろう。
私たちに生きているうちにせいぜいできるのはこの世界から消えたり壊すようなサド的な生き方を徹底することではなく、苦痛と戯れたり苦痛を悦楽に変えることではないだろうか。

中学生の頃ドSだと呼ばれていたことを思い出す。
それからSっ気が自分の本質のような気がしている。
これまで人間関係が持つ粘り気をどれだけ嫌ってきたのだろう?
これまでどれだけの人間関係、コミュニティの意味を疑ってきたのだろう?
それでいて自発的に壊すこともせずに環境が崩れることによって関係が霧散していくのをどれだけ眺めてきたのだろう?

なお、まだ囚われていることを自覚していない人はもう少し傷ついて欲しい。もう少し精神的に死んで欲しい。たとえば男性ホルモン的生命体は一度くらい服や美容に狂ってみるみたいなことから。

そんなことを思いながら普段はあまり過激なことを表に出さずに、娯楽の形でおすすめの映画を教えたりする。
過激なことは過激というだけで見られにくくなる。
内容を見るに至る人は本当に少ない。
ここまで読んでくれた人には本当に感謝申し上げたい。

なお、上で書いたことの限界は、傷のもつ害的な側面ばかりが目についてしまうことのどうしようもなさにある。
おそらく、どうしようもなさを感じるからこそ平山に憧れたり、心が揺さぶられる。

また、社会的には傷を癒すための平和論、謝罪論が構築される必要があるように思う。
神話的なものが不必要に神経症的に解体される世の中で、どのように神話を維持したり弁護したりするか。(する必要があるかも含め)



参考
映画
 『PERFECT DAYS』
 『熱のあとに』

 幸田文『木』
 千葉雅也『動きすぎてはいけない』『勉強の哲学』
 千葉雅也、大澤真幸『ブルシット•ジョブと現代思想』
 金原ひとみ『アンソーシャル ディスタンス』
 柄谷行人『内省と遡行』
 東浩紀『存在論的、郵便的』
音楽
 『Hôtel Costes』シリーズ
 カネコアヤノ『祝日』
 それと改めてプレイリスト


また、続きとしても読めます

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?