俵万智

歌人の俵万智です。息子が「お母さんの作るサラダって、まあまあ貴重だよね」と言ったので、…

俵万智

歌人の俵万智です。息子が「お母さんの作るサラダって、まあまあ貴重だよね」と言ったので、はりきって作ったのが写真のサラダです。最新歌集『未来のサイズ』上梓しました。

最近の記事

韓国ドラマに捧げる #推し短歌

 私の「推し」は韓国ドラマです。ご多分にもれず、コロナ禍で、まずは「愛の不時着」にハマりました。noteでも「愛の不時着ノート」を7回にわたって書いておりますので、よかったらそちらもぜひご覧ください。 何度でも見るドラマありあの人が元気でいるか確かめたくて  「愛の不時着」は実に七周しましたし、「梨泰院クラス」や「ヴィンチェンツォ」など三回以上見たドラマも結構あります。ストーリーは知っているのに、なぜ? と聞かれることもありますが、ストーリーを知っていてもまた見たくなるの

    • 【俵万智の一首一会 17】試される短歌

      白きマスク、白きブラウスのアグネスはカメラ越しに見つむわれの自由を 大口玲子  歌に詠まれたアグネスは、香港の民主活動家・周庭さん。歌集『自由』(2020・書肆侃侃房)の前後の作品から、雨傘運動の指導者として逮捕された時の一コマとわかる。  大きく報道されたニュースだが、アグネスの視線を、こんなふうに自分自身への問いかけとして受けとめた人は、なかなかいないだろう。自分が手にしているのは本当の自由なのか、その自由で自分は何をするのか、しないのか。  社会への関心や疑いを、

      • 【俵万智の一首一会 16】

        もし明日さびしかったらどうしよう。こんなに全部持つてゐるのに 小佐野彈  『サラダ記念日』を読んで短歌を始めたという人にはけっこう会うのだが、『チョコレート革命』を読んで……というのは小佐野彈(だん)が初めてだった。しかも中学生の時だと言うから驚いた。   チョコレート色の歌集に救はれたことをだれかに告げたき皐月(さつき)    昨年十一月に出版された第二歌集『銀河一族』(短歌研究社)の中の一首だ。『チョコレート革命』のテーマの一つは、世間の常識にとらわれない大人の恋。人を

        • 【俵万智の一首一会 15】軽やかに詠む老いの歌

          「生きてゐてくれるだけで」と子らは言へどその生きてゐるだけがたいへん 林みよ治  平成二十九年に百一歳で亡くなった林みよ治さんの歌集『詠みしわが歌』は、まことに滋味あふれる一冊だ。遺族による私家版ゆえ入手が難しいので、できる限り作品を引いて紹介したい。 ひとたびは防空壕に埋めたる九谷の皿に夏めぐりきぬ  作歌を始めたばかりの六十代の作。深く複雑な時間の流れが、大事にされた一枚の皿を通して伝わってくる。人事と自然の対比は珍しくないが、そこに九谷焼の皿という中間のような存在

        韓国ドラマに捧げる #推し短歌

          【俵万智の一首一会 14】戻れない時間を生きる

          われというひっくり返せぬ砂時計きょうはピンクのセーターを着る 清水あかね  清水あかねさんとの出会いは、三十数年前。お茶の水女子大学の教授が、学生たちに短歌の話をしてほしいと声をかけてくれた。『サラダ記念日』を出版する前のことで、妹のような女子学生たちに語りかけ、興味があるなら一緒に勉強しましょうと誘った。そうして、二人の学生が、私の所属する「心の花」に入会して作歌を続けることになった。一人は安藤美保さん、もう一人が清水あかねさんである。 やわらかきポプラの葉かげに再会し

          【俵万智の一首一会 14】戻れない時間を生きる

          【俵万智の一首一会 13】苅谷君代の奇蹟と軌跡

          さみどりの風が無色となるまでに道の段差を覚えおくなり 苅谷君代  短歌を作りはじめたころ『処女歌集の風景』というアンソロジーを手にしたのが、歌人苅谷君代との出会いだった。彼女の第一歌集『雲は未来の形して』が紹介されていた。 軒下の巣に乗り出して五羽の雛・飛び立たなけりゃ燕にならぬ ひまわりに口づけしていた黄揚羽が飛び去るわたしの十六歳も 一日を終えまたすぐに明日がくるカレンダーには苦しみがない  なんというみずみずしさだろう。雛は自動的に燕になるのではない。飛び立つ

          【俵万智の一首一会 13】苅谷君代の奇蹟と軌跡

          【俵万智の一首一会 12】がんサバイバーたちの歌集

          黒い雲と白い雲との境目にグレーではない光が見える   掲出歌が、そのまま歌集のタイトルになっている。収録されている短歌の作者は、26人のがんサバイバーだ。  雨や嵐を呼ぶ黒い雲。晴れた空に浮かぶ白い雲。一般的には黒色と白色の境目は、グレーということになる。でも空を見上げれば、雲と雲とのあいだから光が見えることがある。その光景と人生の局面とが重ね合わされた。いいことと悪いことの間にあるのは、中ぐらいのことではない。光なのだと。その光を感じることがサバイブすることなのかもしれ

          【俵万智の一首一会 12】がんサバイバーたちの歌集

          ジキルとハイドとリ・ジョンヒョク 「愛の不時着」ノート⑦

           主演がヒョンビンということで興味を持ち、ドラマ「ジキルとハイドに恋した私」を見た。製作は2015年なので、「愛の不時着」の約五年前である(以下、ネタバレあります)。  大企業ワンダーランド社の跡取り息子であるソジンは、幼いころの誘拐事件にまつわるトラウマから、解離性同一性障害(いわゆる多重人格)を発症する。もう一つの人格であるロビンは、ソジンとは正反対の性格という設定だ。  親友を助けられなかったというソジンの負い目から、ロビンは生まれた。ソジンは自分を厳しく律し、人に

          ジキルとハイドとリ・ジョンヒョク 「愛の不時着」ノート⑦

          はにかみと思いやりのずらし話法〜リ・ジョンヒョクの言葉 「愛の不時着」ノート⑥

           「愛の不時着」全編を通して、ある意味もっとも共感したというか感情移入できたセリフは、第四話の村のお姉さま(と言っておこう。私より年下だと思うけど)の言葉だ。ユン・セリと市場ではぐれてしまったことを、リ・ジョンヒョクに告げるシーン。顔色を変えて走り出す彼の背中を見ながら、彼女たちは話す。  「今彼は、サムスクを探すために走り出したのよね」 「他の女を心配する人を見て、どうして私がこんなにドキドキするわけ?」  「やだ、心臓、おとなしくしろ!」  わかる。わかりすぎる。結局、リ

          はにかみと思いやりのずらし話法〜リ・ジョンヒョクの言葉 「愛の不時着」ノート⑥

          続・二人はいつ結ばれたのか問題 「愛の不時着」ノート⑤

           前回の「二人はいつ結ばれたのか問題」について、さらにリサーチしてみた。私の周囲の反応がさまざまに興味深かったので、具体的に記しておこうと思う。  一人目は、元新聞記者の韓流ラブの友人だ。彼女はヒョンビンが兵役に行く直前のファンイベントにも参加した。席が遠めだったので、「高校野球の取材かっていうくらいの仕事用のカメラと望遠レンズを持っていったんだけど、他の人のほうがよっぽどプロ仕様なカメラを構えていて驚いた!」と、そんなエピソードを披露してくれる。  くだんの問題について

          続・二人はいつ結ばれたのか問題 「愛の不時着」ノート⑤

          二人はいつ結ばれたのか問題 「愛の不時着」ノート④

           最終回、スイスでの二人の逢瀬の様子は、それはもう、うっとりするしかない。宿泊しているコテージの窓辺には、ツーショットの写真が複数飾られていたりして、ここが定宿なのかなと思われる(いや、もしかしてセリさん、買ってしまいました?)。ほんとうに七夕の織姫と彦星のように、年に一度、二週間という時間を二人は手に入れたのだ。そうか、そんな手があったか。「スイスでの出会い」と「ピアノ」という伏線が、みごとに回収されるハッピーエンドである。  花を集めるユン・セリの腰に手を回し、口づける

          二人はいつ結ばれたのか問題 「愛の不時着」ノート④

          【俵万智の一首一会⑪】果てなき最後の恋

          ただ白き光となりてわがあらむ 君のすべてを抱(いだ)かんがため 池田理代子 『ベルサイユのばら』などで知られる漫画家、池田理代子。四十七歳のとき音楽大学に入学し、その後はソプラノ歌手として舞台にも立つ。七十代を迎え、挑戦に年齢など関係ないとばかり、このほど第一歌集『寂しき骨』(集英社)が出版された。章ごとに、人生の詞書とも言うべきエッセイが寄り添い、短歌の味わいを深めている。  戦争から生還した父との確執と看取り、才能あふれる娘に夢中だった母との絆、不器用な初恋、自身の老

          【俵万智の一首一会⑪】果てなき最後の恋

          甘い焼酎と苦いソーヴィニヨンブラン 「愛の不時着」ノート ③

           第二話の冒頭、軍人のリ・ジョンヒョクが、かつてはピアノを奏でていた美しい指で、手作りの麺をこしらえる場面がある。行きがかり上かくまってしまった、まだ何者ともわからぬユン・セリのために。  ドラマには、数々の美味しそうなものが出てくるが、一つだけ食べられるとしたら、私はあの麺を望むなあ。丁寧に焼いて細く切った錦糸卵までのっていたっけ。他にも、貴重な肉を炭火で焼いてくれたり、豆を炒るところから(!)コーヒーを淹れてくれたり、熱くてセリが放り出したジャガイモを、素手で剥いてくれ

          甘い焼酎と苦いソーヴィニヨンブラン 「愛の不時着」ノート ③

          もう一つの太陽と月 「愛の不時着」ノート ②

           物語の冒頭で、ユン・セリは、財閥の後継者争いに勝利する。長兄のユン・セジュンと次兄のユン・セヒョンを差し置いてのことだった。この二人の兄は、実にわかりやすく権力志向で、なんとか父親の機嫌をとり、自分こそが後継者にふさわしいとアピールしまくる。同時に、互いの失敗をあげつらっては、兄弟であろうがライバルとして蹴落とそうとするところも、そっくりだ。  それぞれの妻も、夫の出世を強く望んでいる。自分の夫こそが後継者にふさわしいと主張し、相手を敵視している。立場や設定は、共通すると

          もう一つの太陽と月 「愛の不時着」ノート ②

          太陽と月のカップル「愛の不時着」ノート ①

           写真は「愛の不時着」のサントラ盤のジャケットだ。そもそもは、左の二人、ソ・ダンとリ・ジョンヒョクが婚約していて、右の二人、ユン・セリとク・スンジュンも婚約寸前だった。それが物語の過程で、真ん中の二人と左右の二人が、それぞれ愛し合うようになる。つまり、二組のカップルが、たすき掛けに相手をチェンジする。  主役の二人が惹かれあうのは当然の流れとして、それぞれの元カレと元カノがカップルになるというのは、ちょっとどうよ……とまったく感じさせないところが、素晴らしい。余り物がついで

          太陽と月のカップル「愛の不時着」ノート ①

          「愛の不時着」ノートはじめます

          はじめに 「愛の不時着」が素晴らしすぎて、好きすぎて、書きはじめることにしたnoteです。思いつくままですが、書くことで、なんというか気持ちの整理をしておきたいと思いました。言葉にしておかないと、心の嵐がおさまらない。コロナ禍のなか、友だちと存分に語りあえないことも要因かもしれません。  今ごろ? 今さら! って思う人もいらっしゃるかな。でもね、これは古典になるドラマですから。「万葉集」を読んで、今ごろ? って言わないのと同じです。(とはいえ現在も、Netflixの人気ド

          「愛の不時着」ノートはじめます