見出し画像

【牧水の恋の歌②】「白鳥」

白鳥は哀しからずや空のあを海の青にも染まず漂よふ 若山牧水

 牧水の作品でもっとも有名な一首だが、そもそも恋の歌として詠まれたということは、あまり知られていないのではないだろうか。小枝子との距離が近くなりつつも、いまひとつ進展しない……そんな時期に、牧水は悲しいという語を連発して歌を詠んだ。その一群に原型を持つ一首である。

 もちろん、歌は、さまざまな解釈と鑑賞ができる。この一首の場合は、恋の歌として詠まれたにもかかわらず、それ以上の広がりや普遍性を持って読まれてきたことが魅力でもある。空の青にも、海の青にも染まることなく漂う白鳥の姿に、自分自身の孤独を重ねるひとも多いだろう。

 「哀しからずや」という問いかけは、作者自身の哀しみの投影だと読むこともできる。鳥が哀しいはずもなく、そんなふうに感じるのは作者が哀しいからなのだ、と。

 さらに牧水の恋にひきつけて鑑賞をするならば、この白鳥を、小枝子と読むこともできるのではないだろうか。恋の醍醐味の一つは、互いの心が化学反応を起こし、その影響によって自分が今までとは違う色合いになってゆくことだろう。しかし、かなり親しくなっても小枝子は、一定の距離をとり、男女の関係になることも許してくれなかった。これには事情があったのだが、理由を知らない牧水は悶々と悩むばかり。

 決してこの恋の色に染まろうとしない小枝子への渾身の問いとして見るとき「哀しからずや」は、いっそうの艶と愁いを帯びて迫ってくる。

「書香」令和元年8月号掲載   書 榎倉香邨

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?