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【牧水の恋の歌④】「吾木香(われもこう)」

吾木香すすきかるかや秋くさのさびしききはみ君におくらむ 

 吾木香もススキも刈萱も、見た目のまことに地味な植物だ。愛する女性に贈るものとしては意外だし、華やかさに欠ける。しかし、だからこその不思議な抒情が感じられて、それが一首の魅力になっている。


 「さびしききはみ」すなわち最上級の寂しさを、君に贈るとは、どういうことだろうか。どうか君も、自分に負けないほどの寂しさを感じてほしいというメッセージではないかと私は思う。つまりこの秋草は、自分の心そのもの、恋する思いの束なのだ。自分をこんなにも寂しくさせているあなた。この心を見える形にしてみたら、「吾木香すすきかるかや」こんな感じだよと。それを受けとってくれないかと。


 ちなみに、今年の牧水賞受賞記念講演で、受賞者の穂村弘さんが、牧水の「かなし」や「さびし」の特異性に触れ、この歌の「さびしさ」も決してマイナスの意味ではないのではという読み方を示された。新鮮な解釈である。牧水のつかう「さびし」は、シンプルながら奥が深い。


 よく知られ、愛誦性にも富む一首だが、初出はわかっていない。歌集『別離』では、前回とりあげた「秋立ちぬわれを泣かせて泣き死なす石とつれなき人恋しけれ」の三首ほど後に置かれている。なかなか恋がうまくいかない時期の、焦燥にかられた流れのなかで読むとき、いちだんと味わい深く感じられる一首だ。

「書香」令和元年10月号掲載  書 榎倉香邨



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