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タクシー小話 14 「紅葉が嫌いな理由」

 突き抜けるような青天の下、陽の光を受けた黄金色が風に吹かれて瞬いている。冬至を前に、時節でも風情でも本格的に冬とは言えないこの時期、居所がなく、さすらうように吹いている冷たい風が衣服の中に入り込み、時折身体を震わせる。
 この時期になると都心でも至る所でその色彩を目にするが、そこでようやく様々な場所の街路樹が実は銀杏であったことを認識していた。
「紅葉綺麗ですね」
 赤坂でお乗せしたオフィスカジュアルな装いの二人の女性のうち、部下であろう一人が神宮外苑のイチョウ並木を見ながら言った。
「うん、でもわたしはあんまり好きじゃないんだよね」
「紅葉ですか?」
「うん、どっちかというと、嫌い」
「紅葉が嫌いな人初めて出会いました」
 部下の女性は驚いた反応をする。
 互いにリラックスしたトーンで話す二人に見栄は感じられない。部下は純粋に綺麗と思っていて、上司は率直にそう思っているのだろう。
「なんで嫌いなんですか?」
 部下が聞く。
「時期的に年末に向かうっていうのもあるし、枯れる前っていうのもあるし、あとは、紅葉で嫌な体験をしたり、色々重なってるからかな。昔は好きだったけどね」
「なるほど、確かに年末に向かうこの時期は最後にギア上げなきゃいけなくて少ししんどいと思うときありますもんね」
 部下は共感する場所を見つけたように歩み寄った。

「そうなんだよね、今年なんか特に、コロナであっという間に過ぎたからギア上げる準備もしてなかったし」
「確かに」
「あとやっぱりさ、枯れるのを美しがるのもなんか好きになれないんだよね」
「そう言われてみれば、まあ」
 部下は同意しえないといった様子で答えた。
「紅葉ってさ、日照時間とかの影響で葉緑素が行き届かなくなって、緑を維持すること、つまり葉っぱにとっては健康体を維持することが出来なくなった状態らしいの。それで落ちてしまう分けでしょ。イチョウとして新緑を見せてから紅葉の時期までの半年くらいは言ったら絶好調を見せているのにその姿は特に見向きもしないで、最後の最後だけ讃えるのって、私がイチョウだったら嬉しくないんだよね」
 私がイチョウだったらって、と部下は笑った。
「でも、ホントそうじゃない?人間って勝手だよなって思ってると思うよ」
「そうかもしれないですけど」
「それに、紅葉しない木とかもあって」
「そんな木あるんですか?」
「正確にはするんだけど、イチョウみたいに木全体で色づくというよりは、古くなって力尽きた葉っぱだけ枯れて、一人でに落ちていくらしい」
「へえ、それって悲しい」
「そう、悲しいんだよね」

「嫌な体験って何だったんですか?」
会話が一段落すると、少し間を置いて再び部下が聞いた。
「紅葉が嫌いになった理由?」
「はい、なんかエモい話でも…」
「いや、全然そういうんじゃないんだけど」
「じゃあどんな理由なんですか?」
「聞きたいの?」
「もうここまで来たら聞かないとスッキリしないです」
  上司は数秒ほど記憶を辿る時間を持った後、語り始めた。
「私が小学生だった頃、通学路にイチョウが植えられてる道があったの。小5の秋頃だったんだけど、まあそんなに紅葉の色合いに見向きもしないままいつもみたいにその通学路を帰ってたら、急に上から黄色い葉っぱがひらひら降ってきて」
「なにそれ」
「ちょっとビックリするでしよ。それで急だったから驚きつつも、私の周辺でしか舞い散ってなくて、なんか特別な感じがして嬉しくなったのね」
  はい、と相づちを打つ部下は笑みが混じる。
「わあ、って言いながら嬉しくて上見上げたら、イチョウの黄色い葉の集まりのなかで、何かがもさもさ揺れて、払われたイチョウの葉がまた散ってくるの」
「え、なんで」
「木の中に隠れてるからそのもさもさが何かは全然見えないんだけど、私だけにイチョウの葉が散ってるからとにかく楽しくなって、落ちてくる葉っぱを掴もうとしたり、夢中になってたら何かがランドセルにボタッて当たって落ちたの。それを見たら鳩で、しかも死んでるのか、その場でぐったりしてるの。それ見て急激に気持ち悪くなって、走って逃げた。たぶんその鳩、カラスにやられてたような気がするんだけど、その思い出があるから、未だに秋のイチョウの下を歩くのがちょっと怖い」
「変な理由」
部下は笑っていた。

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