これが私の

中野区在住、36歳、女性、会社員の方の体験談「共感させてくれないドラマ」第①話

タクシーに乗ると、たまに嫌になるくらい話掛けてくる運転手に当たるときがある。

それが、話す気分のときや時間に余裕があるのならば良いのだけど、
眠くてしょうがないときや、仕事をしているときは困りもんだ。
この間はちょっと変わった喋り掛けてくるタクシー運転手に出会った。
私は基本、タクシー運転手との会話を楽しめるのだけど、その時はボーとしたかったので、正直メンドクサかった。
でも、よくよく考えてみると面白い気もする。

その時のお話。

終電間際、疲れが出たその日は最後の乗り換えをせず、タクシーで帰ることにした。
ちょっとした贅沢だ。

私「あの~、中野駅までお願いします」
運「はーい!中野駅ですね?道はどうします?」
私「お任せします」
運「はい、お任せください」

嫌な運転手にも当たったことがあるから、第一声は気にしてしまう。
今回の運転手は子供のように元気に返事をするおじちゃん。
なんだろう、この感覚。運転手に嫌な思いをすることもなく、終電間際の鬱屈した人間で満員の中央線に乗ることもない、ゆっくりと帰れる。
タクシーが走り出すと、身体中の力が抜けた。

私「・・・。」
運「お客様~、青梅街道からで宜しいですかね?」
私「はい、それでお願いします」
運「いつもは青梅街道から?」
私「あ~、そうですね、はい」
運「それで、中野通りを右で?」
私「はい、」
運「そのまま、中野駅まで行きますね」
私「はい、あ、行きたいように行ってもらって良いですよ」
運「そうですか、じゃあ、早稲田通りから行くコースもありますが」

おまかせなってない。
全ての通りを聞いてくる。安心感でいっぱいだった心のタンクは少し減ったが特に気にはしていない。
確かにコースがいくつもあるわけだから、おまかせと言えどその中から選ぶのは投げやり過ぎた。
逆に「青梅街道を行って中野通り右折してください」と指定したほうが運転手もよかったはず、と今になって思う。
それすらも、メンドクサイのがその時だった。

運「今日は金曜日ですね~、お客様はこんな時間までお仕事だったんですか?」
私「あ、はい、そうですね」
運「あら~、残業も大変でしょ、この時期だと雨も降ったり止んだりで天気にも左右されるし」
私「はい~」
運「僕もね~、タクシーやる前は残業続きの仕事してたんですよ。最初は週に二日くらい残業したくらいで『残業し過ぎ』って言われるくらい無かったんだけどさ~、それがいつの間にか週三、四、と増えて毎晩ですよ、それからは終電で帰るのも億劫だったから帰りはいつもタクシーだったねぇ、それがきっかけでタクシー運転手になったんだけど」
私「へぇ~、」

最初からゆっくりするつもりだったはずが、運転手さんの話を聞く羽目になっている。やってしまった、行き先確認をしている流れからこうなってしまった。
はい、はい、と返事をしているうちに、聞いていなくても話が進んでいく。
ただ、「僕もね~」と運転手さんは話してくれるが、残業と言っても今日は一時間ほど残業しただけで、その後は会社で唯一仲の良い同僚と飲みに行っただけだった。ただ、酔いとともに一週間の疲れが出たため早めに帰ることになったが、運転手さんの言うような「残業で疲れ果てた」という感じではない。というか、週三も四も残業することは少なくとも私はない。
運転手さんは共感して話してくれるが、私の中では申し訳なさというか自己嫌悪が少し沸き立つ。それを紛らわせるために、話しかける。

私「それじゃあ、運転手さんはこの仕事を始めてから長いんですか?」
運「うん、長いというか~5年くらいだね~」
私「ということは、少し失礼ですが、もうたってからこの仕事を?」

私の感覚的にはもう60代のおじちゃんといった感じに見える。

運「そうだね~、といっても若い頃にも一度、東京でタクシー運転手をしたことがあったからねぇ、全くのゼロからでは無かったですよ」
私「そうですか~」
運「ちなみに、お客様は5年前はどうされていましたか?」
私「わたしは、今と変わらない仕事ですね、10年前に転職してからずっと」
運「そうですか~、転職は良いですよね、気持ちが変わるし、人生の歩くレールを変えた感じで」
私「はい、私ほんと転職して良かったと思ってるんですよ」
運「それはいいねぇ、俺もね~転職は4,5回してるけど、その都度やっぱりいいもんだと思うよ」
私「結構いろいろお仕事経験されてるんですね」

疲れがあり、めんどくささはあったが、穏やかなおじちゃんとの会話はなんとなく楽しくなってきた。

運「一回目の転職はねぇ、クビになったのよ」
私「え?どうしてですか?」
運「まだその時代、上司が完全に強い立場なんだけどさ、俺はどうしても許せない上司がいて、そいつが俺の同僚をバカにするのよ」
私「はい」
運「その理由が、同僚はちょっとした障害を持ってて、それでも日常生活には支障はないんだけど、普通の人よりは変わってるのね。それをバカにするところにムカついてたんだけどさ、ついにはその同僚のやった仕事の手柄を自分のモノにして、同僚に濡れ衣を着せるようなことをしたんだよ」
私「はい」
運「その真実を知っているのは同僚だけで、とても苦しんでたから、俺もう頭来て、仕事中それを問い詰めてみたのよ、それでも、周りはそれを知らないから俺がおかしく見えるんだけど、それを上手いこと利用しようとする上司にムカついて殴りかかってねぇ、もうボコボコにしちゃったよ」
私「それでクビに?」
運「そう、周りは真実を知らないし何も言えないから、結局悪者は俺になったんだよね」
私「ドラマみたいですねぇ」
運「いや、そうなんだよ、しかもその後ね、実は言えずにその上司のことを良く思っていなかった連中が一斉に連絡してきてさ、みんな言えなかったけどその上司には辟易していたらしくて」
私「へー!」
運「なんだか嬉しかったね~」
私「それが一回目の転職のきっかけですか?」
運「そうだねぇ~」

思わぬところにドラマを見つけた。
障害を持った同僚をバカにし、濡れ衣を着せた皆が逆らえない上司に殴りかかりクビになった。でも実はみんなが同じ思いで上司を嫌っていたことでヒーローになった。オモシロすぎる。
そして私は、正反対で転職前の会社では楽しくやれたし、揉めた訳でもなく別れ方も悪くない。ステップアップで転職した。
共通の転職話として話してくれたが、内容が違い過ぎる。
それを聞いたからか二回目の転職が気になった。

私「それで二回目の転職はどういう経緯で?」
運「それがねぇ~、とても苦しかったね」
私「どういうことですか?」
運「一回目の会社を辞めたあと、一年ぐらい個人事業でやってたの。そしたら前の会社で味方になってくれた奴らが会社辞めるから一緒にやりたいって言ってきて」
私「へ~」
運「それで前の会社の仲間と5人で会社を立ち上げたんだよね。それが30手前くらいかな」
私「それもまたドラマっぽいですね」
運「これも、そうなんだよ。また思い出すと悲しくなる話なんだけど、結局会社が倒産しちゃってさ」
私「え」
運「5年ぐらい順調に進んでたんだけど、創業仲間の一人がお金を持って逃げてさ。それも一回でごっそりではなく、細かく2年くらいお金を引かれてたんだよ、信頼してたやつに。それでしれ~っと居なくなってからその裏切りに気付いてね。頭がキレるやつだったから頼りにしてたんだけど、そこを上手く突かれたよね」
私「また壮絶ですね」
運「正直、財務上は問題は無かったんだよ。その時もその後も。でもその裏切りによって創業仲間と揉めるようになってさ、そこから急激に仲が悪くなって続かなくなって、じゃあ解散しようかと。」
私「悲しい別れですね」
運「そうでもしないと、仲間を嫌いになってたかもしれないから」
私「・・・」

だんだんと、運転手が見せてくれるドラマに入り込んでいく。
酔いと疲れこそあったが、それでもまだ聞きたい。そう思わせる人生を歩んでいるタクシー運転手だ。

運「その後に、ちょっとタクシー運転手をやってたんだよね」
私「そうだったんですね」
運「その時は、親の最後も近かったから、仕事一本って感じでもなかったね~」
私「介護とかですか?」
運「妹家族が実家にいたから介護まではしてなかったんだけど、それでもいろいろあったね~」

親の話となるとまさしく今の私と同じ状況だ。この話でいくと運転手さんも35,6歳だと思う。私の年代だ。
いつの間にか酔いと疲れは消え、背もたれから離れた身体にシートベルトの引きを感じていた。

続く


(フィクションです)


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~東京の道図鑑~
第一京浜(国道15号)
東京都中央区の日本橋から神奈川県川崎市を経て、神奈川県横浜市神奈川区の青木通交差点へ至る一般国道である。「第一京浜」としては新橋が起点となる(日本橋から新橋までは中央通り)。昔の東海道を引き継ぐ延長15kmの国道で、新橋から品川まではJR山手線に沿った8車線の、品川から多摩川までは京浜急行本線に沿った4~8車線の道路になっている。「一国(いちこく)」などとよばれることもある。
(Wikipedia情報)
第一京浜は国道15号だが、平行する第二京浜は国道1号となる。
さらに、第一京浜は「イチコク」と呼ばれ、第二京浜は「ニコク」と呼ばれる。イチとニが混ざり過ぎて最初は分かりづらくなる。
国道15号線 = 第一京浜(国道) = 一国(第一京浜の国道)
国道1号線  = 第二京浜(国道) = 二国(第二京浜の国道)=コクイチ(国道1号を省略して読むが一国と被る)
とにかくややこしい。
(ヨナシロ情報)

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