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タクシー小話 13 「クラブに送った女性の疑惑」

 クラブ、ライブハウス、ラブホテルがところせましと建ち並ぶ、渋谷区円山町。この地は道が狭く、夕方から夜にかけては人通りが多いため極力通りたくない。特に深夜は。
 それに柄も悪い。クスリで捕まる芸能人は大抵この地に訪れている。
 通りたくないのなら通らなければ良いのだが、お客様をお乗せし、円山町に行ってくれというなら話は別。向かわなければならない。

 お送りしたのは一目でパリピと分かる女性二人。
 夜9時頃、石ころのような粒が車体をぱつぱつ叩く雨の中、円山町のクラブに行きたいのだが目の前で停めてほしいと言ってきた。
 正直面倒ではあったが、雨が降る日は目的地の目の前で出来るだけ雨に濡れないように降りたいお客様がいることは承知で営業していた。

 3キロほど走り、円山町の入り口とも言える細い路地に入った。歩行者が傘を差して歩いている分、余計に狭く感じる。
「あそこで停めてください」
 と言われた場所は車一台が通れるような場所で、そこで停まっていれば後ろの車にも迷惑になることから更に厄介。
「これ右から降りれます?」
 到着すると女性が入りたいクラブの入口は右側だった。
 僕が担当している車両は右扉を内側から開かないようにしている。雨に濡れないように右から降りたいということだったので僕が一旦降りて、右扉を外から開けることで降りてもらうことにした。

 後ろには同じように細い道を通って来た実車中のタクシーが停まり、周りは傘を差したり、雨に濡れないように走って移動する通行人でごった返す。
 こういうごちゃごちゃしているところにいるだけで気が落ち着かない。
 女性は1000円前後の料金に5000円札を出した。
 お客様に3000円と幾ばくかの小銭を返し、すぐに運転席を開け、後部座席の右扉を開けた。
 後続は実車のタクシーと、その後ろにも2台の車が連なっていた。
 クラクションを鳴らさないだけ有難い。急いでここを出たくなる。
 客の女性二人はそそくさと降りていくと、クラブの入口へ吸い込まれるように消えていった。

後ろは詰まっている。のんびりしていられない。
 料金を仕舞うことも後回しにしてギアをドライブへ入れ、サイドブレーキを戻し、通行人に気を付けながら走り出した。
 停まっている合図としてのハザードランプを消した後、待たせてゴメンの意で再びハザードランプを点けながら円山町を抜けて行った。
 ひと段落して料金を仕舞っていなかったことを思い出し、料金台の5000円札を取ろうとすると、無い。
 慌てて車を出したことで落ちた可能性があると思い後部座席を振り返るが、無い。
 運転席の後ろに手を回したり、細かく見渡しても、無い。
 おかしい。
 路肩に停め、後ろの扉を開けて後部座席を調べてみたが、無い。

 女性二人を降ろした時を思い出してみる。
 お支払い時、5000円札を料金台に置かれた。それに対し4000円近いお釣りを返した。その後すぐに後部座席の右扉を開けに出たからまだ5000円札は仕舞わなかった。
 濡れたくない、というお客様の要望から一旦外に出て右扉を開けたがお礼は無く足早に出て行った。
 あの時にやられたのかもしれない。
 5000円札はきっとその女性が自分のもとに戻し、さらにお釣りの分まで受け取っていった。支払いをせず、お釣り分の約4000円を貰ってタクシーを利用したことになる。
 後ろのタクシー、雨の中の歩行者、雨にぬれずに降りたい女性二人。あらゆるモノに気を遣わされたことでまさか取られるまで考えたいなかった。

 外に飛んで行っただけの可能性も考えられるが、右扉を開けていた時間から考えるとその可能性は低い。たがこれは疑惑のまま。腹立つことも出来ない。


 

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