タクシー運転手がおじいちゃんをお送りした後_

タクシー運転手がおじいちゃんをお送りした後、首からかけた赤ちゃんの写真から、いろいろ想像して車内で泣いてしまった話。

僕はタクシーのエピソードを集めています。
だからといってタクシーに乗ったお客様にそれを求めてもいないし、
偶然体験したことの中で「面白い」と感覚的に思った話を書いたりしている。
世の中に受けるように、というより結局はそれを自分が楽しんでいる側面が大きい。

何時に、何処で、どんな格好をした、どんな人が乗って来たかというところから、行き先を含めてその人のストーリーを想像している。

簡単にいうと、乗ってくる人にドラマを見ている。


夜でも街に人が繰り出し、タクシー運転手は売上を上げる絶好の機会となる金曜日の夜11時頃。
都心から少し離れた町でおじいちゃんが立っていた。
正直、あまり知らない地域にお客様をお送りした後で、既に回送にもしていて乗せない選択を取ろうとした。
しかし、雨が降っている。
雨が降る中、傘もささず少しふっくらとしたおじいちゃんは温かい格好にニット帽をかぶって立っていた。70代だと思う。
これはお送りしなければ、とすぐに空車に戻し、おじいちゃんの前に近づくと手を挙げた。
やっぱりタクシーを待っていた。

「こんばんは~」と声を掛けると、優しく「ああ、どうも~」と優しく反応してくれる。
見た目も雰囲気も可愛らしいおじいちゃん。といった感じだ。
「近くて悪いのですが」と言うがそんなことは関係ない。
雨の中お役に立てるのならそれだけで嬉しい。
しかし、ある程度予想していたように近場の住宅街の細かい道は正直分からない。
おじいちゃんに案内をしてもらった。

すると「すみません、えっとですね」「クリーニングのお店のところを右で、すみません」何度もすみませんと言う。
あまり分かりやすい説明でなかったため、「クリーニング店は右手にございますか?」と詳しく認識できる質問をいくつかしていくが、その度に「すみません、ごめんなさい」と言う。
なんだか怯えているようにも見えた。確かに、一回聞いただけで分かるほどの説明ではなかったが、特にそこは気にもならなく、「全然大丈夫ですよ」と伝えても「ごめんなさい。分かりづらくてごめんなさい」と何度も言ってきた。
次第になんでこんなに「ごめんなさい」と言うのだろうと思い、背景が見えたのは、態度の悪い運転手や分かりづらいからと怒る運転手に出会い「そんなんじゃわかんないよ」「ちゃんと説明しろよ」と言われたことがあるのかもしれない。そうでもなきゃここまで怯えるような様子にはならないはずだと思った。

僕の想像ではあるが、こんな思いをしている人がいるなら、早く安心して利用できるタクシーにしなければならない。
そう焦らされる思いになるのは、他にも聞いたことがあるから。
なんとか、少しでもタクシーへの悪いイメージを払拭できたらと思い、誠心誠意対応していたが、こちらの言葉はほぼ聞かず、謝ってくるばかりだった。

そんなおじいちゃんの自宅前に到着する。
一軒家だが、家の明かりがない。もしかしたら、一人暮らしなのかもしれない。そんな憶測を持ちながらお支払いは410円。
肩から斜めにかけたカバンから小銭入れを取り出そうとしているが、手元がおぼつかない。その時間をかけてしまっていることも再び「ごめんなさい」と言う。「いえいえ、全然大丈夫です」と言っても、小銭入れをカバンから探すのに必死で聞こえていない。
そんな様子を運転席から振り返りながら見ていると、首からカードのようなものが掛けてあった。身分証明等が入っているカードが、ちょうどお腹の位置で僕に見えるように向いている。
そこには、カワイイ女の子の赤ちゃんの写真が入っていた。お孫さんの写真かな、いや結構古い写真だから娘さんかもしれない。そう思いながら小銭入れを取り出すのを待つ。しかしまだ取り出せない。その時間が、次第におじいちゃんとその写真の赤ちゃんが絡んだストーリーへと入っていく時間になる。

なかなか会えないお孫さんの写真、だとしたらお子さんがいるのだろうけど、一緒には住んでいないはず。この時間なのに家の明かりは点いてない。
唯一の楽しみがお孫さんの顔を見る事だけになったおじいちゃんの一人暮らし。
いや、娘さんの写真の可能性もある。何十年も前の娘さんが赤ちゃんのころの写真を常に持っているということは、それくらい大切に思っているのだろう。もしかしたら、ずっと会えていないのかもしれない。
家の明かりがついていないということは、今は奥さんもいない。亡くなったか愛想尽かされたか。
そんな状態で、この年になってくると、人に力を借りて生活もしていかなくてはならない。それがこのおじいちゃんにとっては人に迷惑を掛けていると自分を卑下することになり、いつしか人に謝ることが癖になってしまったのかもしれない。

そんなドラマが頭を廻ると目頭が熱くなってきた。
そこでおじいちゃんが小銭入れを取り出し、お金を出している。100円玉を1枚2枚3枚と出していくが、途中で500円玉があることに気づき同じように1枚2枚と小銭入れに戻し、500円玉を出した。
それにも「ごめんなさい」と言っている。そんなことより、僕の視界には首からかけたカワイイ赤ちゃんの写真が入っていた。

お釣りを渡し、支払いを終えると「お世話になりました」と言って降りていくがその時も「すみませんでした」と付け加える。
「いえいえ、大丈夫です、ありがとうございました」そう言ってゆっくりとした足取りで自宅へ帰っていった。
きっと誰もいない。かつて「ただいま」と言えば元気な声で「おかえり~」と返って来たであろう家に入っていく姿は寂しそうにも見える。

僕はその場を離れ、人通りもなく、暗く狭い道を抜けていくが頭の中にはさっきのおじいちゃんのドラマがもう一度再生されている。
正確には、自ら再生させていた。

ハッピーエンドが見えない話に、涙を零すところで

「.... . . . . ん、あ。」

空想じゃないか。我ながらアホらしく都心へ向かった。


ーーー

~東京の道図鑑~
晴海通り
千代田区日比谷公園の内堀通りの祝田橋交差点から、江東区東雲の湾岸道路の東雲交差点に至る道路。
日比谷公園、有楽町、数寄屋橋、銀座四丁目、三原橋(歌舞伎座前)、築地四丁目、晴海、豊洲と東京の主要商業地を通る。(道路web)
隅田川を渡る勝鬨橋は、日本で現存する数少ない可動橋(跳開橋)だが、現在は可動部はロックされ開かれない。
(船が通る際に中央が開く可動式の橋)
国の重要文化財(建造物)に指定され、日本機械学会から機械遺産に認定されている。(Wikipedia)

引用 Googleマップ


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