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タクシー小話 9 「広告が生んだ気まずい空気」

「あ、これ、顔認証して広告が流れるやつですよね」
「そうそう」
「初めて乗りました、私なに流れるんだろう」
 会社員風の男女が乗って来た。運転席後ろに50代前半ほどの男性、助手席後ろには30代後半ほどの女性。女性は初めてその広告の付いたタクシーに乗ったようだった。

 タクシーの車内広告には顔認証をするタイプとしないタイプがある。
 うちの車に取り付けられた広告は認証されず、一定期間は誰が乗ろうと同じ広告が流れるようになっている。
 ウチのは違う、と伝えようと思ったが仕事の話に移ってしまい、タイミングを逃してしまった。

 嫌な予感がした。
 ずっと広告に耳を傾けてはいないため曖昧だが、確か最初の動画はローンの広告が流れていたような気がする。でも他にも流れているし、最初では無かったような気もする。
 もし、この状況でローンの広告が流れたら顔認証の末に……ということになってしまう。

 広告は乗って直ぐには流れない。
 お客様が乗って来ても実車ボタンが押されなければ起動せず、更にその後、数秒間空いてようやく開始される。
 その間に仕事の話題から互いの家族の話題へと入っていった。
 そして流れてきた。
「困ったときには〇〇銀行のカードローン」

 やはりそうだった。ローンの広告。しかも地方銀行系のため、如何わしさが滲む。
 お客様二人はは流れている広告には触れず、家族の話が続いている。続いているというより、間を埋めようと二人して会話を止めずに口が回る。
 無理もない。
 認証の末、借金の広告を宛がわれることになったのだから。

悩ましい。おそらく二人は言及できずにいる。伝えるべきだろうか。
 だがいちいち僕が「あのお、お客様、うちの車についている動画広告は顔認証しないタイプでして、放映期間中は誰が座ろうがずっと同じ広告が流れるんです……だから気にしないでください」と言うのもおかしい気がする。
 お客様同士の間を埋める会話も下降線を辿ってきた。

 ついに会話が落ち着くと、
「あはは、これ、なんかのローン流れちゃってます。そう見えたのかな」
「はははは……ああ、そういえばさあ」
 女性が苦笑いとともに広告に触れ、男性もそれに笑った。しかし広告には触れず次の話題に移り、広告の話題はそれっきりで目的地に着いた。

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