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ムドラー

ムドラー→

ムドラーとは、ヨーガの言葉で、手の印(結びの型)のことです。手以外にも、身体の姿勢などでも使われるそうです。私は自分の運命から、消極的な心が肥大化していました。その心の反応から生まれる行動、思考、意識は、自然の流れを堰き止め、病を生みます。だから、自分の行動、思考、意識を結び、反応しないことが大切だと考え、その理論を姿勢としてまとめ上げようとしました。それがこのムドラーです。誰かのヒントになれば幸いだと思い、個人的な理論ですが、Web上に公開しました。どうか優しい目で見ていてください。

反応しないことのトレーニングとして、瞑想があります。私は18歳の時にヴィパッサナー瞑想に参加しました。森に囲まれたエネルギーの高い土地で、10日間聖なる沈黙を守り、瞑想、菜食、睡眠だけを行います。そこで、心を少し浄化できたと感じたのですが、日常に戻ると心が引き戻されていくのを感じました。日常は、情報が多く様々な洗脳を与えられるため、反応の原因が多いです。ゆったり自然を鑑賞し自然と繋がる時間は少なく、お金や社会的な価値を得ることなど、巡りある欲求に急かされています。自然体ではない人間は、病に苦しみながらタフに生きており、それが美徳だと信じさせてきます。しかし、実際に生きてゆく環境はこの日常です。だから、現実的な観点と自然体の方向性とで葛藤し、両立することを目指しました。そして、瞑想を生活の中で時間を作り行うのではなく、常に行うべきだと考えるようになりました。ムドラーは、常に瞑想することをコンセプトに作られています。

積極的な心を育むためには、良い知識の実践とその習慣化や体得が必要です。しかし現代では、知識を得る機会は多いですが、それを実践し身につけることは少ないです。反応的な心の状態では、自分自身を捨て切り、知識に身を捧げることが困難だからです。ムドラーは、運命的に得ることができた良い知識の全てを、何らかの形で瞑想に組み込み、実践してゆくことをコンセプトにしています。そのため、個人的かつ発達的です。自分の来た道をまた通り易くするように、自分のために作り上げています。先人の偉人達の道をなぞるのではなく、それをヒントに個人的な道を進むことを目指しています。発達段階で乏しい部分が沢山あると思いますが、そこは見ないか、指摘をいただけると幸いです。真理、健康、芸術に興味がある人は、見ると楽しいかもしれないです。若輩者なので、どうか暖かい目で見てください。

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