ものを買うことは、身体を拡張していくことらしい

やむにやまれぬ必要性のないものを極力持ちたくない。
なおかつ、隠さないといけないような見苦しいものは、何が何でも持ちたくない。

だからわたしはミニマリストに似る。
ただし、詩(広義)を必要としており、四杯の本棚を必要としている点で、けしてミニマリストではない。

今年の一月に実家を出たわたしは、本棚以外の収納家具を買わなかった。カーテンも、洗濯機も買わなかった。
どうしてもほしいと思う時まで、どんなものも買わないことにした。

そんな日々は、ものに居場所を作ってやるという作業が、どれだけ思考の土台となってくれるかを実感することだった。

とりわけ、テーブルとロープには感動した。

両者の共通点は、3次元の空間に対して主体的に存在するすべを与えてくれることである。
机とロープが来るまで、わたしは空間に対して全く無力だった。

机がやってくるまで、3次元の空間の中に、まっすぐな平面を生み出すことができなかった。
ロープがやってくるまで、3次元の空間の中を平面的に動き回ることしかできず、高さというものを、ただ無力に見上げていた。

この感動を味わったわたしは、ますますものを買わなくなった。
今まで漫然と暮らしてきたものたちの姿がほんとうに見えてくるようになるまで、ものに飢えて生きようと思った。

そうしてわかったのは、心弱いものが飢えると、自分が飢えていることさえ忘れる、ということである。
シモーヌ・ヴェイユや鹿野武一(石原吉郎の綴ったペシミスト)の賢さ、心強さを、自分の体で思い知った
(と思えてしまうこと自体がわたしの愚かさと弱さの証左であり、そもそもこうやって自ら自分の弱みを示して自己防衛をはかること、その見苦しさを言い募るのも……この先はどこまでいっても出口がないので、黙る)

とにかく、本題に戻ると、わたしは自ら目的を持ってものに飢えていたことを忘れた。
暑くてうまく動けない、しまう場所がないから洗濯してもそのあとが困る、ペンをしまう場所がないから毎日探し回る、そんな自分の無能を、適切なものの導入によって改善できるということを忘れたのである。
無能なのが自分のいつもだと思いこんだ。自分が無能だから無能である、それだけのことだと思った。

飢えの中で何かを見つめようとする意識的な思考、主体性がない。ただ思考停止していたから、当然の結果として流されていた。
(くらげは泳がないから流される。いるかは泳ぐから一箇所にとどまることができる。)

そこに思考が戻ってきたのは、無印良品週間がきっかけである。
より正確にいうとマイバッグ でマイルがつくこと。この機会に少し「必要」の基準を緩めてみようかと思ったとき、だんだん勢いがついてきて、色々買った。

スニーカーと、マイバッグという名で売られてるトートと、ガーゼケットと、シャーペンと、リュック。
それからデルフォニックスのペンケース。
salut!のスツール(意外にも合理的で悪くないデザインのがあった)、モバイルバッテリー、木彫りのひばり(万葉であり朔太郎だもの、量産品であってもこれは詩である)。

色々買ってよくわかったのは、ものを買うということは身体を拡張することである、ということだ。
テーブルを買えば、わたしは腕が担っていた、ものを持ちささえるという機能を、ほかに預けられる。
頭の中にある作業の順序や、覚えておかねばならないことや、全部テーブルに預けられる。
ものは自分自身の延長であった。

わたしはわりあい(へんに)潔癖な方で、汚い(かもしれない)ものに触れるのがこわい。
外出中、服のすそやかばんがなるべくなににも触れないように頑張っている。

雨天など不可避のときは、あえて自分は肌を出して、服を濡らす面積を最小限にする。人間は簡単に洗えるけれど服はそうはいかないからだ。
ここまでくると、自分の延長であった服と身体の関係は逆転してみえる。
しかしたぶんそれは、まったく逆転していないのだ。
わたしは望んでこの体に生まれたわけではない。
しかしわたしが考えていることはわたしが望んで考えていることであり、
わたしが選んだ服はわたしが望んで作り上げた自分自身の像である。
そちらのほうがわたしには、自分の生身の肌よりも大事だ。
繊維にも自分の神経が走っていて、触覚、痛覚が宿っているような気がするときもある。

こういうことは服だけではなく、もの全般についてそうだったのだと、わたしは自覚した。
世の人の持ち物への執着のなさに驚いたことが時々あり、また自分の執着の強さが見苦しく思えて落ち込んだことも多々あるのだが、
自分の延長であるなら執着を離れるのが難しいのも当然か、と思える。
そうして、執着のない澄み切った人のことが、ますます不思議に思えた。

#エッセイ #随筆 #日記 #持ち物 #無印良品



わたしがあなたのお金をまだ見たことのない場所につれていきます。試してみますか?