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占いで「自分を知る」「願いを叶える」ため自分を切り離す、それに寄り添う

占いにおいて、答えを知ろうとする人が自分を切り離す必要性と、それに占い師としてどういう態度で挑むか、について書きました。

占いをすることの目的とは?

占いの目的はざっくりまとめると

「自分を知る」
「願いを叶える」

の二つ。どちらも、「自分」を一回切り離すことが求められる作業です。

自分を知るため、自分と自分を切り離す

「自分を知る」には、自分を客観的に見る視点を持ちます。自分を離れたところから見つめるために、自分の意識を自分自身から切り離し、距離を取る。

また社会・文化・習慣などの刷り込みで、本来の自分を見失っているなら、それも自分から切り離す。例えば「結婚はしなければいけない」とか「男女はこういう役割を持っている」などです。

願いを叶えるため、願いと自分を切り離す

よりよく「願いを叶える」には、自分の存在と願い事を切り分けます。願望は私自身とくっついて「叶わなければ私の存在意義がない!」という脅迫観念にもなりやすいのです。そのままだと叶ったとしても「また失うのでは?」と不安になる場合もあります。

願いが叶っても叶わなくても、私の存在自体にはなんの影響も受けない。でもその上で、私にとって「より良い」ものなんだから、実現を目指そう。こうやって私の存在と願望を切り離せると、よい方向へ進める。

切り離すのは怖いから、楽しく優しく切り離したい

どちらにしろ、なにかと自分を切り離す作業はちょっと怖いです。今まで自分自身だと思っていたものを「それは私じゃない」と引きはがすからです。

引きはがしの作業がなるべく楽しくなるように、もしくは優しくそれができるように。恐ろしさをなるべく和らげるための存在として、占い師である自分はその側にいられたらな、と願っています。

* * *

実際の占いの場でこういう話はあまりしないです。が、今日はたまたま人とお話していてこの話になったので、現時点での考えとしてまとめました。

サラっと書いてるけど、例えば「子供が行方不明になっていて見つけ出したい」という方に「その願いが叶わなくてもあなたはあなたですから、一回自分と切り離しましょう」なんてことはとても言えない・・・!(だから言わないんだけど)

言えないけど、究極のところはそう・・・という葛藤を抱えつつ、どのようにその場に占い師としていられるかどうか?という自問でもあります。